ソノリティ〜ただひとりの君へ(12)

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ソノリティ〜ただひとりの君へ(12)



 久しぶりに晴れ上がった空を見た。ぼくの周囲には、半年前と少しも変わらない景色。季節が移ったことだけが、自分の不在の長さを実感させてくれた。
 「外」の白黒の世界に慣れた目に、街にあふれる色彩は刺激が大きい。耐えきれず、反射的にギュッと目をつぶった。そのとたん、まぶたの裏に、懐かしいサンクチュアリ・スクールの日常が蘇った。
 わずかな期間だったけど、自分が「人間」だと思っていられたひととき。任務の鬱陶しさを除けば、学校という憧れの空間に身を置けて楽しかった毎日。なにより、瀬那が一緒だった。ずっと会いたいと思っていた彼と話ができて顔も見られる。あの幸せな時間はもう戻らない。

 感傷に包まれていて、横にいる人物への注意が削がれてしまったようだ。気がつくと、斜め前を歩いていたはずの涼生の姿がない。
 だが、ぼくには返って好都合だ。ドームに入れた以上、彼女と一緒にいる理由などないのだから。
 とにかくリオだ。彼に会ってGC狩りの現状を確かめる術を得ないと。それと瀬那の件でも協力を仰ぎたい。
 自分の中の通信手段を使い、連絡を入れようとして初めて、遠巻きに不審な人間がいるのを察知した。それもひとりじゃない。どう少なく見積もっても十人はいる。
 注意を向けたとたん、足早に全員が走り寄ってくる。そして、その中でも年長と思える人物が、探るような視線でぼくに話しかけた。
「……ノアだね」
 質問じゃない。確認だ。ぼくだとひと目でわかるところをみると、おそらくラボか政府の関係者だ。
「君には拘束命令が出ている。ドームに入った以上、自由にさせておくわけにはいかない」
 一応、個人として尊重してくれるが、その丁寧さが逆に恐ろしい。
「ボス!こいつは裏切り者のアンドロイドですよ。なにを事細かに説明しているんです?有無を言わさずに引っ立てればすむ問題じゃないですか!」
 憤慨口調で、男の背後から声が上がった。ボスと呼ばれた人物は、それでも強硬手段に訴えてこない。
「乱暴に扱って壊れたら元も子もないだろう。われわれが欲しているのは、彼の中にあるデータなのだから。丁重に扱うのも仕事の内だ」
 ぼくの中のデータ。それはたぶん、瀬那とのリンクデータのことだ。
 見つかればただではすまない。即刻スクラップにされると信じていただけに、機能したまま連れて行こうとする彼らの狙いが読めない。彼らが生け捕りにしたいのは瀬那だけだとずっと思っていた。
「あとはこいつの片割れを捕獲するだけか。それさえかなえばわれわれの勝ちだ」
 だが、次に出てきた台詞は意味のつかめないものだった。勝ち負けにこだわる言いよう。いったい彼らは誰と競っているというんだろう?
「ひとつ……訊いてもいいですか」
 逃げられないと観念したぼくは、とにかく情報を集めようと考えを改める。それが得られれば、リオに伝えてなんとかできる。ぼくがダメでも彼が瀬那を救える。
「なんだね。ひとつと言わずにいくつでも」
「あなた方はどこの組織に属しているのですか?」
 政府かラボか、そのどちらかなら望みはある。でも、さっきの言い方だと、利害を異にする別の組織の可能性も否定できない。
「政府だ」
 ビンゴ!不幸中の幸いだ。それなら瀬那に近づける。
 レダに連れ去られた彼は、たぶんラボにいる。ぼくが囚われるのがラボと通じている政府なら、なんとかチャンスをつくって……。
 そこまで考えて、ふいに違和感を覚えた。
 さっきこの男はなんて言った?――確か、あとは片割れを捕獲するだけだと……。
 サーッと冷たい汗が背中に浮かんだ。
「……GCは……瀬那は、あなた方が拘束しているのではないのですか?」
「なんだと?」
「ですから……ドームに瀬那を連れ帰ったのでは?……レダを使って」
 ぼくの発したひとことに、周囲の緊張がいっきに高まる。
「レダだと?おまえのオリジナルで『ゼウス』のコアのことか?」
「……」
 リアクションが返せない。だが、否定の態度を示さなかったことで、それが正解と彼らは理解したみたいだ。
「くそっ!」
 男の口から激高の声が上がる。表情の険しさと相俟って、新たな事実が浮かび上がる。
 間違いない。政府とラボは敵対している。
「ラボでそんな真似ができるのは、あいつか。レダの父親でプロフェッサーと呼ばれる黒幕。とっくにこの国を出て行ったとばかり思っていたのだが、いったいどこに潜伏していたんだ!」
 口汚く罵りながら、携帯を取りだしなにやら連絡をし始めた。
 よし!この隙に……。
 彼らの注意が向いていないのを確かめ、内蔵の通信回路を開く。
(リオ!)
 だが、呼びかけに応える声はない。唯一の味方を見失い、さすがに途方に暮れてしまう。
「そうとなれば、ますますおまえを手放すわけにはいかない!さあ、一緒に来るんだ」
 放心状態のぼくの手に手錠がかけられる。いくらアンドロイドとはいえ、ぼくはロボットとは違う。力任せに手錠を引きちぎるなんて真似はできない。
 でも、救いはまだある。
 政府は、ぼくをすぐに破壊しようとは思っていない。彼らが欲するデータが自分の中にある限り、命までは取られずにすむ。
 あきらめない、絶対に。ぼくは瀬那をレダから取り戻す。そのために、もう一度罪を犯すことになっても構わない。
 だから、あえて抵抗はしなかった。

 押し込められた護送用の車の窓から見る空が目に痛い。ふと、瀬那が空を好きなのを思いだした。もしかしたら、同じドームのこの空を瀬那も見上げているのかもしれない。
 レダに負けたと一瞬でも思った自分が情けない。あの時、強引にでも瀬那を引き止めなかったのは、ぼくの人生でも最大の失敗だった。



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