ソノリティ〜ただひとりの君へ(13)

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ソノリティ〜ただひとりの君へ(13)



■ 6th. Movement ― 鍵

「くそっ!なぜデータがロードできない!」
 苛立ちをぶつけられ、薄くなっていた意識が覚醒へと向かいだした。
「データがあるのはわかっているんだ。ちゃんと見えているのにアクセスできないなんて、常識じゃあり得ない」
 困惑する言い方が、およそレダらしくなかった。ドームへ帰ろうと誘った時の、甘く優しい感じはどこにもない。
「シンクロはできている。なのに、リンクに進もうとすると、どうして途中でプロテクトがかかるんだ?……わからない」
 納得がいかない様子から、なんとなくだが事情がつかめた。
 オレの意識に侵入したはいいが、思いどおりにならない現状に焦れているらしい。
「……仕方がない。ここはいったん仕切り直しだ」
 あきらめを示されたと同時に、いっきに全身の感覚が戻った。
 ものすごく頭が重い。思いきり運動したあとの疲労感と同じだ。頭だけでなく体のコントロールもままならない。
 放心状態のまま、しばし気だるさに身を任せた。やがて、少しずつ頭が正常に回りだすようになった。

 それにしても、どうしてレダはリンクに失敗したんだろう?
 互いの意識の交流(クロス)、それを称してリンクという。リンクは、一方的なアクセスにすぎないシンクロとは違い、しかけられた側に嫌悪や恐怖があればそれが障壁となる。
 だが、受け手側の意識が朦朧ならば、普通、障壁は生じないはずだ。今のオレのように、失神寸前でも同様だろう。ミスの原因はほかにある。
 いつの間にかオレは、床に仰向けに倒れ込んでいた。さきほどまで上にいたレダの体がなくなったおかげで、呼吸がウソのように楽になる。
 ソロソロと体を起こし、こめかみに手をあて気合いを入れる。その時、レダの低い呟きが耳に届いた。
「そうか、キーか」
 意味がわからずレダの顔を見やる。
「肝心な部分に、人為的にロックがかけられていたとはな。……誰の仕業だ?政府か?いや、やつらにそんな真似はできない。だとすると……」
 ふいになにかが心をかすめた。正解に触れたような気がし、にわかに心が落ち着かなくなる。

 ラボの命を受けてオレに接触してきたノアが、「ゼウス」を裏切ったのはなぜだ?それにはちゃんと理由があったはず……。
 ノアの体には、アンドロイドには不必要なはずのブレインゲートが備わっていた。目に見える部分はラボの手で取り外されたというのに、なぜか機能は頸椎に残ったままだった。
 そこに埋め込まれていた記憶チップ。秘められた誰かの思い。
「犯人は、やはりあいつか」
 結論を得たレダが、冷たく燃える目で遠くをにらんだ。一足遅れでオレも答えにたどり着く。
 おそらく、レダとは異なる正しい答えに。
 鍵(キー)はノアの記憶チップだ。そいつがすべてを握っている。
 データは記憶チップが守っているに違いない。なんらかの原因でリンクが解消された時、ロックがかかるようプログラミングされているんだろう。

 いつかノアに尋ねたいと思っていた。最後まであいつに味方した人物は誰なのかと。
 そう考え続けていたからこそ、今のこのタイミングで正解を見出せたのかもしれない。
 チップの存在をレダやラボは知らない。知っているのは、ノアとオレとリオ、そしてチップを埋めた人物の四人だけだ。
「役立たずのアンドロイドめ!いったいやつは、どんな手段を使ってデータをプロテクトしているんだ?」
「よ…せよ」
 いまだに自由にならない口を叱咤し、レダに怒りをぶつける。
「ノアは……おまえの…分身なんだろう?……だったら、そんな言い方は…やめろ……!」
 必死に訴えるが、戻ったのは呆れ顔と笑いだけだった。
「まだ本気でそんなことを思っているの?」
 聞き慣れた猫なで声。本性との落差の大きさに、レダへの嫌悪がいっそう募る。
「ノアはボクのコピーなんだよ。オリジナルとレプリカは同等じゃない。そうでしょ?瀬那(せな)」
 平然とノアを見下す、その神経が信じられない。
「お父さんの言うように、人工知能のプログラミングを任せる相手を間違ったんだよ。あんなレプリカ、ラボの失敗作だ」
 失敗作……。そこまで言うなんて……!
 驚きは、同時に辛い過去をオレに思いださせた。
 ドームで暮らしていた頃、両親は影でオレを「失敗作」と呼んだ。
 ――世間では、GCを授かるのが幸運の印みたいに言われているが、それは大きな間違いだ。欲しかったわけじゃない。ましてや望んでもいなかった。息子の瀬那は失敗作だ。
 やめてくれ!
 存在を否定する父さんの言葉を思いだし、心が悲鳴を上げ始める。
 お願いだ。そんな目でオレを見ないでくれ!
 オレだってGCに生まれたかったわけじゃない。ノア……おまえならわかるだろう?オレのこの気持ちが……。
 ノアとオレは同じ境遇に生まれた。特別視されていても、結局は異質な存在に過ぎない。オレは、両親からいらない子どもだと思われている。ノアも、兄と慕っていた相手から不要と切り捨てられた。心から受け入れてくれる人など誰もいない。
 だからわかり合える。オレたちは互いの理解者だ。そう考えたからこそ、ともにドームを捨てた。同等だという考えが、オレにノアを選ばせた。
 でも、現実はどうだ?
 「外」に出てから半年、オレはいまだに自分の体がコントロールできず落ち込んでばかりいる。犯した罪への後悔も拭いきれないままだ。
 それに比べてノアは、コミュニティに溶け込み、有能な人物として力を発揮している。
 ちっとも同等じゃない。オレはノアのお荷物になっているだけじゃないか。
 ノアに対する引け目と、あいつから最愛の兄を奪ってしまった後悔。ふたつの重荷のせいで、いつしか普通に接することができなくなった。理由がわからず、あいつもさぞかし困っただろう。ノアの心情を思うと辛くなる。

 ――どうしよう。会いたい。
 急激に思いがあふれた。
 会って謝りたい。ちゃんと自分の気持ちを説明したい。そして、今でも同等だと確かめたい。もう、遅いのだろうか?

「あーあ。悔しいけどやられちゃったって感じだな。レプリカひとりの仕業だとしたら、ちょっとばかり侮りすぎたってことか。でも、アドバンテージならまだボクにある。君がこの手の中にいる限り誰もボクに手出しできない。政府だって敵じゃないさ」
 レダは、プロテクトをノアのしたことと決め付けている。
 間違いは正さない。誤解してくれていた方が助かる。だけど……。
 ふと疑問を覚えた。
 もしかしたら、ラボと政府は敵対しているのだろうか?同じ考えの下に動いているんじゃないとでも?
 ……マズい。もしそれが本当なら、オレの拉致に気づいた政府はきっとノアを狙う。今までのように静観したままではいないだろう。そしてたぶん、ノアはオレを追ってドームへ戻ろうとする。あいつの情の深さは十分承知だ。たとえ義務感からだとしても、このまま自分だけ安全圏に身を置くはずがない。
 どうしたらいい?とにかく無事だけでも知らせられないだろうか?でも……手段がない。
 ピアスを失ったことを、今さらながら悔やんだ。あれがオレにとってのリスクでも、ノアと通じ合うための唯一のツールだったことには違いないのだ。
 失意から肩を落とし、それでもなんとか立ち上がろうと腿に手をつく。とその時、手が思わぬものを感じた。――そうだ、コレがあった。
 場所を特定されないようにと、「外」に出て以来電源を切っている携帯が、上着の左ポケットに入ったままだ。上着は砂塵避けのマントの形なので、着たことのないレダたちにはポケットの存在がわからなかったのだろう。逆のポケットに薬の小瓶も残されていた。
 携帯の動力は光。ノアと同じだ。スイッチを入れさえすれば、きっと今でも使える。あとは、やつらの目をごまかしてできるかどうかだけだ。
 レダを遠ざけひとりにならなくては。
 考えを決め、一か八かの勝負に出た。相手が煽りにうまくのってくれれば、監禁状態とはいえしばらく放っておかれるだろう。
「悠長にしていて……いいのかよ」
 あえて挑戦的な態度に出るが、レダの笑いは消えない。
「どういう意味?」
「ノアを捕らえなくていいのかってことさ。政府に奪われるかもしれないのに」
「ふうん。猶予をもらえたとたん、ずいぶんと強気になったじゃないか。……まあ、そんな瀬那も魅力的だけど」
「……余裕だな」
「当たり前だ。ボクがやつらに後れを取るわけがない。見ていてごらん。絶対、政府より先にデータを手に入れてみせるから。こんな子どもだましのプロテクトなど、計画の妨げにもならないよ。それをレプリカに思い知らせてやる」
 高らかに勝利を宣言すると、今度は声を上げて笑いだした。やがて気がすんだのか、踵を返し部屋を出て行く。煽りがきいたかは定かじゃないが、結果オーライだ。
 ドアが閉められ辺りに静寂が満ちた。

 さあ、悠長にしていられないのはオレも同じだ。
 抜け目ないレダのことだ、監視カメラを設置していないわけがない。だが不審に思われても、今は確実性が優先だ。体裁などこの際構っていられるか!
 部屋の隅に丸くなって寝転ぶ。全身を使ってカメラへの盾にし、携帯のスイッチを入れる。
 ダメだ。これじゃ光量が足りない。
 暗いままの画面を見て唇をかむ。
 少しの間だけでも直接光を当てなくちゃ。
 仕方がない。没収は覚悟しよう。ワンコールでもつながれば、オレからの発信だと気づく。
 会話をあきらめ、ならば誰に連絡を入れるべきかとしばし悩んだ。
 やっぱり、あいつしかいないか。
 リオに不信感を持ってしまった今となっては、選べる相手は限定される。
 聖(ひじり)、頼む!
 起き上がり体の前で携帯を立ち上げた。今度はちゃんと待ち受け画面が出る。短縮ナンバーの最初の番号を素早く呼びだし通話ボタンを押す。
 都合のいい時だけ自分を頼るオレを、あいつは呆れるだろうか?だけど、ほかの人間じゃダメなんだ。
 物心ついてからずっと一番近いポジションにいただけに、聖を信じる気持ちは強い。唯一行き違いが生じたのは、ノアが絡んだあの時だけだ。
 つながる!
 確信し、応答を待たずに一方的にしゃべりだす。いつレダに感付かれるかわからないのだ。ほんのわずかな間も惜しい。
「瀬那だ!レダに捕まってドームにいる。ノアに連絡を!ラボと政府は、別々の目的からリンクデータを狙っている。やつらに気をつけろ!」
 言い終わるかどうかのタイミングで大きくドアが開け放たれた。
「貴様っ!どこにそんなものを隠し持っていた?」
 見張りとおぼしき男が強引に携帯を奪う。
「もしもし?……おい!本当に瀬那なのか?返事をしてくれよ!――」
 手から離れる瞬間、聖の焦った声が聞こえてきた。大丈夫。オレからだとわかれば、あとはどうにでもなる。
「こしゃくな真似を……!」
「うっ!」
 怒鳴り声とともに横腹を蹴られた。衝撃で瞬間息が詰まる。
「本当なら、即刻手足を切り落としてやるところだ!自分が特別なGCだというのを感謝するんだな」
 うずくまる背中にかけられた台詞に、初めて心の底から自分の立場に感謝した。まさか、GCなのをよかったと思える日が来るとは。
「どこに連絡を入れたかは知らないが、助けが来るなどという期待は持たないことだ」
 念を入れてのものだろうが、両腕を後ろ手に縛られた。今度は物理的に体の自由を奪われ、観念して床に倒れ込む。蹴られた箇所が差し込むように痛い。
 ――期待などしないことだ。
 吐き捨てられたフレーズを頭の中で繰り返し否定しながら、オレは希望を捨てなかった。聖が自分を思ってくれる大きさは、さっきの返事から十分うかがえた。
 これで、騒ぎを聞きつけた政府が動いてくれればいい。いくらレダでも、多方面から一度に来られては対処しきれないだろう。そうなれば、きっとどこかに綻びが生じる。監視が緩くなってくれるのが一番だが、そこまでいかなくても、きっとノアが……。
 得られた結論に胸が詰まる。
 やっぱりオレはあいつを求めている。ノアを自分の特別と認めた時から、もう離れることはできない。
 運命はひとりでは切り拓けない。大勢の仲間の助けがあってこそ、明日は自分のものになる。
 だから聖、お願いだ、ノアに伝えてくれ!レダの望みなど、絶対に許してはいけないのだと。



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