ソノリティ〜ただひとりの君へ(14)

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ソノリティ〜ただひとりの君へ(14)



 なんだよ、今の電話は!なにが、どうなってるんだ?
 事の重大さにうろたえてしまうが、内容を確認しようにももう遅い。電話はすでに切れている。耳に届くのは、無常にも「話し中」の信号音だけだ。
 瀬那……!
 電話をくれた親友の名前を、思わず心で叫んだ。

 ドームのゲートで瀬那の妹と別れた俺は、帰宅までの時間をつぶすため、公園のベンチに座り空を眺めていた。あたりは、今朝の通り雨がウソのように明るい。
 そんな風景とは裏腹に、気持ちは沈みこむ一方だった。GC狩りのこと。ブラックリストの存在。姿を見せなかったノア。連絡のつかないリオ。瀬那へと続く道に、新たな障壁が次々に生まれ、まさに八方塞状態だ。
 なかでも一番の問題はリオだった。
 いったいぜんたいどこへ消えちまったんだ?連絡が取れなくちゃ、このあとの計画の相談すらできねえじゃん。
 頼みの綱の参謀に苛立ちを感じかけたその時、ポケットの携帯がいきなり着信音を奏でた。友だち関係を示すメロディに、てっきりリオからの連絡と信じ、急いで画面の表示を確認したのだが……。
 「瀬那」
 行方不明の張本人の名前に、一発で頭がクリアになった。だが、通話ボタンを押したとたん電話口から聞こえたのは、めったなことで声を荒げないはずの瀬那の叫びだった。
「瀬那だ!レダに捕まってドームにいる。ノアに連絡を!ラボと政府は、別々の目的からリンクデータを狙っている。やつらに気をつけろ!」
「貴様っ!どこにそんなものを隠し持っていた?」
 瀬那の叫びに男の怒号が重なる。その様子を耳にし、全身から血の気が引くのがわかった。
 瀬那が危ない。あいつは拉致されている!
 しかし、貴重な手がかりは一瞬にして失われた。
 切れた携帯をジッと見つめるが、状況から考えても、もう一度かかってくる可能性は低い。
 落ち着け!自分。ここで判断を誤れば、本当に取り返しのつかないことになる。俺のポカで瀬那を永遠に失うようなことになったら、悔やんでも悔やみきれない。
 パニックにならずにすんだのは、さっきまで一緒だった瀬那の妹のおかげかもしれない。彼女の顔を思いだしたとたん、不思議としっかりしなくちゃという気になった。
 俺にきょうだいはいないが、持てるとしたらミチルちゃんみたいな妹がいい。瀬那は妹を溺愛していた。どんなに愛情が深かったかは、あれほど自分を辛くさせる原因を作った相手だというのに、責める言葉をまったく口にしない瀬那の態度が物語っている。
 そして、彼女も瀬那を慕っていた。たぶん、それは今も変わらない。

 深呼吸を繰り返すうちに、ようやく興奮が収まってきた。平常に戻りつつある頭で、電話から得た情報を自分なりに整理してみる。
 さっき瀬那は、「レダ」に拉致されているって言ってたな。レダというのは、確かノアの「兄貴」だ。でもって、あの「ゼウス」の「人格」部分に相当する人物。
 だけどさ、リオの説明だと、レダは死んだらしいじゃん。自分たちが直接手にかけたって、俺に打ち明けてくれたもんな。
 あれ?つじつまが合わねえ。死んだ人間がどうして瀬那を拉致できんだよ?
 えっと、瀬那はほかになんて言ってたっけ?……確か、ラボと政府は別々に目的を持っているって……。
 その政府はなにをやっている?――「GC狩り」だ。片っ端からGCを捕まえて調べているっていう話だ。たぶん、瀬那を捜しだすためだな。
 ……待てよ?こっちも話が矛盾してねえか?
 政府が「GC狩り」なんていう場当たり的な作戦に出たのは、瀬那がドームにいると考えたからだ。だけど、実際のあいつは「外」にいた。そしてレダは、瀬那を捕まえに「外」へ出向いた。つまりレダは、なんらかの理由で、瀬那の居場所を正しく把握していたわけだ。
 あれ?だったら「GC狩り」の必要なんてないじゃん。最初からレダを使えばいいだけだろ。
 ……違う。瀬那を拉致しているのは政府じゃない。別の組織――おそらくラボだ。

 死んだはずのレダが、なぜ生きているのかはわからない。
 だけど、ひとつだけはっきりしていることがある。レダは瀬那を恨んでいる。自分を殺した相手だから、当然といえば当然だ。ならば、捕まえただけじゃ気が治まらず、あいつに危害を加えるかもしれない。

 心臓がムダにドキドキする。自分の出した結論の最悪さに、頭は沸騰寸前だ。とてもじっとしていられなくなり、ベンチから立ち上がった。そのままフラフラと歩きだそうとして、唐突に話し声が耳に入った。シンボルツリーを隔てた向こうに誰かがいるらしい。
 こんな半端な時間に?いったい誰が?
 とっさに身を隠し様子をうかがう。木の陰からのぞき見た先に、なんとリオがいた。ひとりではない。連れがいる。
 別の誰かと待ち合わせ?俺との約束を破ってまで?そうまでして会いたい相手って、いったいどんなやつだ?
 立ち聞きなんかしないで、堂々と姿を現してもいいように思えたが、なぜかためらわれた。
 あれ?男かと思ったら違うじゃん。
 服装の感じから性別を判断しそこなったようだ。よく見れば長髪だからわかりそうなものなのに、リオも男にしては髪が長いので誤解した。
「約束どおり、外部への通信手段は、あれからすべてシャットアウトしてくれたんでしょうね?」
「ああ」
「携帯とモバイルと、もうひとつの秘密の通信機もよ」
「わかっている。約束は守ると言ったはずだ」
「念のための確認ってやつよ。こう見えても、結構慎重なんだから」
 声を聞いて、相手はやはり女、それも同年代の少女なのだとわかった。そしてもうひとつ、今まで連絡が取れずにいたその理由も。
「それで、君が持っている瀬那の情報とはなんだ?なぜ僕をわざわざ呼びだした?というより、どうして僕への通信手段を君が持っている?」
 不機嫌そうな言い方からして、今のこのシチュエーションは、リオが望んだものではないらしい。
 質問に少女が笑うのが、俺のとこからもはっきりわかった。背中しか見えないが、相手をバカにした顔なのだろうとも想像がつく。
「本当にあなたって天才なの?ドームの人間の程度って、みんなこんなもの?なんだか拍子抜けしちゃうわね。ノア先生の方がよっぽど優秀」
 ノアの名前が出たせいで、にわかに緊張が高まった。
 そして同時に納得がいく。この少女は、間違いなく「外」の住人だ。
 焦る俺に比べてリオの反応は冷静だ。少女の不躾な態度に憤慨することもなく、淡々と話を続けている。
「ノア先生…か。君は彼の生徒なんだ」
「そうね。形だけだけど。だって、ムダな知識を得るのに時間を割くなんてもったいないでしょう?そんな暇があるなら、別の問題に頭を使わなくちゃ」
「別の問題?」
「そうよ。たとえば機械工学、薬学、医学。電子工学もいいわね。でも、一番の興味は政治学だけど」
 そう言うと、、オーバーに肩をすくめリオに背を向けた。おかげで、素顔が確認できた。
 ふーん、見たことがないな。年は俺たちより少し下かもしれない。耳にピアスはなし。首のブレインゲートは……どうだろう?よく見えない。
 受ける感じが、どことなく瀬那に似ている。妹ほどそっくりではないが、きっと目と髪の色が同じだからだ。
「なるほど。ノアが言っていた天才というのが君か。確か…涼生(りく)だったか。君なら、ノアに内蔵された受発信機の周波数を特定するのはたやすいだろう。それより、ドームと連絡を取り合っているのを察知した方を褒めるべきかな」
「あら、光栄。お褒めいただいて恐縮ですわ」
 笑顔で応じるが目が笑っていない。そんな演技めいた態度も、なんだか不気味に映る。
「でもね、褒めてもらっているのに残念だけど、あなたの予想は外れている。さすがの私でも、電波なんて体で感じ取れないもの。こう見えても生身の人間なのよ。機械と同居しているネオ・ヒューマンとはわけが違うわ」
 え!?こいつ、GCなのか?じゃあ、なんでピアスをつけていない?
 GCにとって、耳のピアスは身分の証だ。ネオ・ヒューマンのブレインゲートと同じで、死ぬまで体の一部だ。
 瀬那のように、無理やり外すやつなどめったにいない。瀬那も、無謀な行為のせいで左耳に大きな傷がある。髪を伸ばして隠しているが、ふとした瞬間に見えた時のあまりのひどさにショックを受けた。あれはたぶん、一生消えない。あいつにとって、ピアスの代わりの烙印になってしまっている。
 だけど、少女の耳は綺麗なものだ。傷はおろかシミひとつない。
「知っているよ。君は『外』生まれなんだろう。ネオGCっていうそうだね。悪趣味なネーミングだ」
 動揺する俺と違って、リオは事情がわかっているようだ。シニカルなリオらしい言い方で返す。
「なにを…言っているの?」
 だけど、涼生という少女は、リオの憤りを本気で受け止めていない。そればかりか、逆に卑下の言葉で責め立てた。
「無知というのは残酷ね。幸福ともいえるけど」
「どういう意味だ?」
「知らないのは本人だけってことよ。……瀬那もだけど、あなたもそう」
 あ……っ!
 ふいに、涼生の真意がわかってしまった。リオが一番知りたがっている情報を教える気だ。「外」で行方不明中のリオの兄。それがサイモンだと、涼生は知っているのだろう。
 だけど、事実とはいえ、このタイミングで告げられるのは困る。
「リオっ!」
 ひと声叫んで木の陰から飛びだす。驚くリオに反し、涼生ははっきりと笑っている。俺の存在に気づいていて放っておかれたのだと、この時初めて理解した。
「聖(ひじり)……?」
「あの……っ。えっと」
 意を決して姿をさらしたものの、次の言葉が思いつかない。
「ノアはどうした?」
「ノア先生はこの彼とは別行動。今ごろどこかでお茶でもしてるんじゃない?」
 問いかけには、俺ではなく涼生が応じた。おまけに正しい答えだ。
「君には訊いていない」
「つれないのねー。ご同輩でしょう?もう少し歩み寄ってもいいんじゃないの?……知っているわよ。あなたもGCだそうじゃない」
 リオがGCだって?
 ――そんなバカな。
 政府の公的情報では、瀬那が最後のGCだ。リオの誕生日がいつかは知らないが、同年代にGCがいるならもっとウワサになってもいいはずだ。同じ学校にそろって在籍するとしたら、なおさらだろう。
「……冗談にしては性質が悪いな。残念ながらその情報は誤りだ。僕はGCじゃない。ちゃんとブレインゲートも持っている」
「形だけよ。ダミーにすぎないわ。つけた本人から聞いたんだもん。間違いなんかじゃないわよ」
「なんだって?」
「だから、この情報をくれた人がそう言っていたの。……発明家(インベンター)のサイモンって、あなたのお兄さんなんですってね」
 衝撃の事実に絶句したのは俺だけじゃなかった。あのリオも言葉を失っている。その様子に、勝利を確信した涼生が笑い声を上げた。
「あははは!旧人類(オールドタイプ)のGCなんてたいしたことないわ。サイモンがあなたを過剰に評価したのも、身内びいきにすぎなかったのね。残念、期待していたのに。でもダメ。アクセスのじゃまをしていたのすら気づけないんじゃね。悪いけど使い物にならない。……いちおう伝えておくわね。連絡が入っていたわよ。この人と、それとノア先生からも」
 先に自分を取り戻したのは俺の方だ。リオに駆け寄り、乱暴にその背中を叩く。
「しっかりしてくれよ!」
「あ……ああ」
 はかばかしくない返事に不安を覚えるが、このまま涼生を見逃すわけにはいかない。こいつはきっと一連の出来事のなんたるかを知っている。追求すれば、瀬那の行方がわかるような気がしてならない。
「さて…っと。実際に会ってみて、サイモンの話が大ウソだとわかったし、もうあなたに興味はないわ。仲間に引き入れる価値もない。やっぱり最後に選ぶべきは瀬那ね。彼が一番!」
「瀬那が……なんだっていうんだよ?」
 甘い表情で瀬那を語る涼生を、許せないと心から思った。こいつが瀬那をそんなふうに見るのは許せない。
「やっとの思いで目障りなノア先生を瀬那から引き離したのに、あいつのおかげで計画が狂ったわ。本当に頭に来る。瀬那がドームに戻る時に一緒にいるのは私のはずだった。失敗は正さなくちゃ。あの男にだけは絶対に渡したくないもの。瀬那も……瀬那の中のものも」
 つぶやき続ける涼生の意識に俺はいない。俺ばかりかリオまで無視し、背を向けこの場を立ち去ろうとしている。
「待てよ!てめー、なんか知ってんだろ。瀬那はどこにいるんだ?教えろよ、コラ!」
「ノア先生にでも訊いたらー?」
 力ずくでも訊きだしてやる!
 大またで駆け寄ろうとして、いきなりリオに制された。
「なんで止めんだ!」
「ムダだよ、聖。彼女は、今現在、瀬那を捕らえている側の人間じゃない」
「……瀬那の居所がわかるっていうのか?」
「予想はつくが、正解とは断言できない。だが、一緒にいる人物の見当ならつく」
「それだったら、俺も知っている」
「なんだって?」
 そこで初めて、リオに瀬那の電話の内容を伝えていないのに気づいた。完全に俺のミスだ。先に告げていれば、それをネタにして涼生にもう少し探りを入れられたかもしれないのに。
「どういうことだ?」
 問われるまま説明したとたん、突然リオが緊迫の声を上げた。
「しまった……!」
「どうしたよ?なにが『しまった』なんだよ?」
「後れを取った」
「後れ?」
「ノアは、すでにドームにいる。手はずを整えたのは、たぶん涼生だ。なのに、僕たちに連絡がないのは、瀬那ばかりじゃなく、ノアも身の自由を奪われている可能性が高い」
「自由を奪われている?誰に?」
「……政府だ」
 瀬那の忠告が間に合わなかった。
 落胆から、いっきに体じゅうの力が抜けてしまう。
 だが、リオはあきらめていないらしい。突破口を開こうという強い思いが、厳しい顔つきにも表れている。
 えーい!過ぎたことを悔やんでも仕方がねえ!
 グルグルと考えを巡らすのは、どだい自分の性に合わない。もともと俺は行動が先立つタイプだ。
 考える行為はリオに任せよう。俺はこいつの命令どおりに動く。その方が合理的だ。
「言ってくれよ。なにをすればいい?」
「通信会社に問い合わせて、瀬那の携帯の記録をたどってくれ」
「逆探知ってことだな。わかった。それから?」
「ゲートに出向き、今日のドームへの入場者の名簿のチェックだ。涼生の名前を探して、同伴者がいなかったか確かめろ。ノアが本名を使っているかどうかは五分五分だ。だから、見つからなくてもがっかりしないでくれよ」
「ああ。ノアがドームにいるか、念のために確認するんだろう?」
「察しがよくて助かる。じゃあ頼んだぞ」
 うなずき行きかけて、ふと足が止まる。肝心な点を、まだリオに確かめていない。
「……リオ」
「どうした?」
 呼びかけたら訝しげに返された。いかにも、早く行けと言いたげだ。
 だが俺は、瀬那やノアと同じくらいリオを心配していた。だって……。
「ショックじゃないのか?」
「瀬那がレダに拉致されたことがか?それとも、ノアが政府に捕まったことか?」
「そうじゃない。おまえ自身のことだよ」
「僕の?」
 衝撃の事実に蒼白になったリオの顔を思いだす。まさか、あれはもういいというわけではないだろう。そんな簡単に片付けられるほど軽い問題じゃない。
「……GCと言われたのを気にしているんじゃないかと?あんなのは、やつの虚言だ」
「そ、そうかもしれねえけど……。それと、もうひとつ」
「サイモンの話か」
「……うん」
 兄貴のことは、本当は触れられたくないのだろうが、なのにはっきり頭を振られた。
「それは、もういい。ドームと家族を捨てた時点で、サイモンは僕を弟と思っていないはずだ。今の姿を知ってあきらめがついたよ。……兄は死んだんだ。僕たちのところへは戻ってこない」
「おまえは、それでいいのか?」
「いいもなにも……人の心は家族とはいえ自由にできない。瀬那だって同じだろう?あいつも、自分自身の道を選んでドームを捨てた」
「……」
 返事ができない。あまりに悲しい現実だ。自分が幸い肉親に恵まれているから、よけいに辛い。
「聖」
「……ん?」
「僕に関してのあれこれは、今ここでどうこうできる問題じゃない。思い悩んでも解決には結びつかないさ。それより――」
「わかっている。瀬那とノアだな」
 確かにリオの言うとおりだ。邪念を振り払おうと、大きく深く息をつく。
「後悔しないためにも精いっぱい努力しよう。そうすれば、きっと道は開ける」
 リオは俺を前向きな性格と評価したが、俺はそう思わない。リオの方が何倍も前向きだ。
 俺にできるのは、リオを信じて指示に従うだけだ。みんなのためにも、意地でも幸運を引き寄せてみせる。
 根拠なんかどこにもない。ただ、思い信じる心の強さだけは誰にも負けない自信があった。



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