■ 7th. Movement ― 約束
「さあ、いいかげんに白状しろ。おまえに逃げ道はないんだ。データはどこにある?」
「隠してなどいません。好きに調べたらいいじゃないですか」
「こちらとしても、無理強いは避けたいのだよ。だからこうして尋ねている。……で、そろそろ本当のことを言ってくれないだろうか」
「本当もなにも……なんならバラバラにして確かめますか?そこまでやれば、あなた方も満足できるでしょうし」
「脅しか?いい度胸をしている。こっちが手出しできないからといって甘く見るな!」
「そんなつもりはありません。したかったらどうぞ、と言っているだけです」
「そうやって開き直ったところで、君にとって有利になどならないのだがね」
「……生意気な口だ。いっそ黙らせてやろうか」
政府につかまり連行された中央図書館で、ふたりの男を前に、押し問答を繰り返している。
部屋の名目は地下書庫。だが、その呼び名は表向きだけで、面積の大半を巨大コンピュータが占めていた。たぶん、このマシーンが「ゼウス」の代用機(バックアップ)なのだろう。そいつと強制的にコードでつなげられ、ずっとデータをサーチし続けられている。
「状況はどうだ?」
ダークスーツの中年の男が、問いかけながら近づいてくる。
「侵入を阻むのは、一種の防御システムですね。外すにはキーが必要なんですが、どうやらそれは、こいつの中に存在していないようです」
「なるほど。だがまあ、常識から言ってそれが普通だろう。やはり、狙うべきはもうひとりの人間の方だったな」
「あのGC……ですか?」
「ああ、そうだ。リンクデータは、レプリカと同様、GCにも残っている。そして、おそらくそちらにはプロテクトがかかっていない。ラボはこの事態を見越していたんだろう。なにせ、向こうのバックには、このアンドロイドをつくった張本人がいる。だから迷わずGCを選んだ」
それは違う。
瀬那を選んだのはレダの本能だ。「ゼウス」のコアだった時から、あいつはずっと瀬那を求めていた。だからこれは当然の結果だ。同じデータを奪うのなら、不良品と判断したぼくより瀬那がいいに決まっている。
会話からは政府の焦りが感じられた。ラボと利害が異なるのは、ここまでくると明白だ。
「やつらに遅れを取るな!一秒でも早くデータを入手しろ。『ゼウス』が今のままでは、ドームの状態が不安定になる一方だ。事実、気象コントロールプログラムに支障が出始めている。正すためにも、早急に修復プログラムをインプットしなくては」
「……だが、インストールにはインターフェイスが必要」
「そして、インターフェイスは、リンクデータの中にある」
言いながら男がぼくに視線を移した。眼光の鋭さに一瞬怯むが、そこまでだ。ぼくにだって守りたいものはある。――それが、瀬那とのリンクデータだった。
「このやり方を決めたのは、『ゼウス』自身にほかならない。機能停止に陥るほどのトラブルが生じた場合、別のコンピュータからの干渉を防ぐため、一時的に本体からインターフェイスを切り離す。そのインターフェイスを受け取り保管するよう定められた先が、外部記憶装置としてのレプリカ、つまりこのアンドロイド」
憎々しげに睨みつけられ、それでもぼくは動じない。ここまで自分が強くなれるのは、瀬那への思いがあってこそだ。彼がいるからぼくは負けない。こんなギリギリの状況に置かれてもなお、二度と会えないとは考えなかった。
絶対にここから脱出してやる。そして、すべてをこの手に取り戻す。
「皆も知ってのとおり、GCはレダのところにいる。かつての本拠地、中央病院(セントラル・ホスピタル)を追われたラボのセキュリティは取るに足らないが、真正面からGCを奪い取るのは、あのレダがいる限り――」
「私にやらせてください」
突如、場に似つかわしくない少女の声が響いた。
「涼生(りく)」
名前を呼ばれた涼生は、よほど自分に自信があるのか、余裕の笑みを浮かべている。
「私ならレダからGCを奪い取れます」
「……そこまで言える根拠は?」
「成功を約束する、としか今は言えません。ですから――」
「自分に任せろ…と、そういうことか?」
「はい」
「そうだな。おまえは単独で、このアンドロイドをドームに引き入れた。その手腕は十分に認める。……ならば、やってみるか?」
「ありがとうございます」
さらなる手柄を立て、政府に自分を認めさせたい。――野心家の涼生の考えそうなことだ。
いや、それだけじゃない。おそらく涼生は、手の届くところに瀬那を置きたいのだろう。たとえ、奪う相手がレダでも。
作戦決定を受け、周囲の動きがにわかにあわただしくなった。処置の続行はムダと判断されたぼくは、ひとり部屋の隅に放置される。おかげで考える時間が持てた。
それにしても――。
プロテクトなんて初耳だ。政府とラボへの服従心にかかわる部分は、自らプログラムを封印した覚えはあるが、それでリンクデータのすべてが守られるとは思えない。第一、プログラムとデータが同じ場所に保存されるわけがない。
じゃあ、いったいなにが作用して、第三者のアクセスを不能にしている?
唯一考えられるとすれば、ぼくに瀬那を守れと命じている例の記憶チップだが、まさか……あれが?
悩むものの、情報不足のまま推理をめぐらせても、正しい結論にはたどり着けそうもない。それより今は、瀬那の安全の確保が最優先だ。どうすれば瀬那を守れるか、それだけを考えたい。
心を決めると、改めて思考をリセットした。
仮に、涼生がラボから瀬那を奪い取るのに成功したとしよう。瀬那を手に入れた政府は、容赦なくデータの在り処を追求するに違いない。生身の彼が、ぼくと同じ扱いを受けて平気なはずがない。だけど、やつらの暴挙を阻止する手立ては、残念ながらない。
だが、涼生が瀬那の奪還に失敗する可能性もある。むしろ、成功の確率の方が低い。彼女の能力がどのくらいかは未知数だが、あのレダを出し抜く頭があるとは思えない。
いやでも、瀬那がレダに捕まっているのは、もっと危険だ。従わない相手に容赦ないのは、おそらく政府以上だろうし。
じゃあ、ぼくが瀬那を救いに行く?……無理だな。この人数が相手じゃ、とてもかないそうにない。自分は戦闘向きにはできていないし。
そこまで考えていて、ふとアイデアが浮かんだ。
涼生を利用できないだろうか?
レダは、瀬那からリンクデータをいまだに奪えていない。そこまで手こずる原因は不明だが、もしかしたら瀬那にもプロテクトがかかっているのかもしれない。
涼生と接触したら、レダはいったいどうする?。彼女はネオGCだ。自己顕示欲が強い涼生のことだから、きっと自分の正体をレダに告げる。知ったレダは――興味をかきたてられるんじゃないのか?
行き詰まっているのなら、なおさらだ。きっと涼生とのリンクを試してみたくなる。相手が瀬那じゃないのは不本意かもしれないが、GCとの融合がやつの最終目的なら、このトライはかなり魅力的に映るはずだ。
涼生だったら瀬那を守れる。瀬那を奪い返すためなら、自らを差しだすくらいはやりかねない。
つまり、涼生の切り札は自分自身。なるほど。これが彼女の自信の根拠か。
一見涼生は、瀬那を嫌っているふうに見える。涼生がぼくを好きだから、と瀬那は思っているが、それは違う。涼生のあの性格で、思いを寄せる本人に気持ちをさらけだすわけがない。
ぼくに懐くふりは、彼女一流のフェイクだ。そうすることで、ぼくと瀬那との間に距離をつくろうとしているだけだ。
それに、同じ感情を抱く者同士は、どことなく互いの胸の内がわかる。言い方がふさわしくないかもしれないが、恋敵というのはムダに目に付くと相場が決まっている。
彼女が好意を寄せるのは、ぼくじゃなくて瀬那だ。優しく接したところで、ぼくを超えて印象付けるのが難しいと判断した涼生が、正反対の行動を取った。そうとらえても、なんら不思議じゃない。要は、嫌われる方向であっても存在をアピールしたかったのだろう。
ネオ・ヒューマンに近い感覚を持つネオGCは、他人に興味が薄い。
ひとりにこだわりを持ってしまったのはいいが、どうすればいいか見当がつかない。だから歪んだ行動に出てしまった。――こう解釈すれば、すべての納得がいく。
考え込んでいるところへ、どこからか携帯のコールが聞こえてきた。驚き視線を向けると、尋問していた男のひとりが、ぼくのコートのポケットから取りだし表示を確かめている。
そしてま、コールが止まない状態の携帯を手に近づいてくる。ぼくに出ろというつもりらしい。
顔の前に乱暴に突きだされ表示に目がいく。
――瀬那。
受け取ろうとした手の動きが止まった。きっと、レダの監視の目をかいくぐってかけてきたに違いない。対応を間違えれば、瀬那に危険が迫る。
手の震えを必死で抑えながら通話ボタンを押した。だが、耳に入ってきたのは懐かしい人の声じゃなかった。
「遅いぞ」
……レダ?
「さっさと出ろよ。偽者」
どうしてあいつが?いや、わかりきっている。ぼくに用事があるからだ。
「あれ?もしかして本人じゃないのかな」
「……いや……ぼくだ」
「へえ?自分の片割れが連れ去られたっていうのに、ずいぶんと余裕だね」
「余裕なんかじゃ…ない」
思わず声がかすれた。会話を聞いた政府の連中が、なにやら機械を操作し始める。たぶん、盗聴と逆探知だ。静かではあったが急に周囲が動きだした。
「生意気なおまえにしては、なんだか切なげな声だね。ちょっとそそられるな」
「からかうなよ。本気なんだ」
視線だけで話を引き伸ばせと命令される。逆らうこともできたが、変に打ちきると、ぼくが政府に捕らえられている事実をレダに知られてしまう。いずれわかることかもしれないが、今は隠したかった。
相手の出方を見たい。それに、瀬那の無事も確かめたい。
「どうしてぼくに電話を?」
「ちょっと用事ができたもんでね。おまえにラボへ出向いてほしいんだ。安心しろ。ちゃんと迎えはやる」
思ったとおりだ。レダはリンクデータを手に入れていない。さらに、ぼくの事情も把握できていない。ぼくがすでにドームにいるなど、想像もしていない感じだ。瀬那を奪われた後悔で動けないままだと思っている。
ここは賭けだ。
「迎えなら、これから言う場所によこしてくれ。そこには代理の者を行かせる。その人物と一緒に『外』へ出ろ。ゲートの近くで落ち合おう」
代理とは、もちろん涼生だ。
「代理?ずいぶんと用心深いじゃないか」
「君の性格は嫌というほど知っているからね。ぼくだって、好きこのんで危険な目に遭いたくない。そういうレダだって、代わりの人間にぼくを迎えに行かせるつもりだろう?同じじゃないか」
「なんだと……!」
レダが一番嫌がる言葉。「同等」という意味の台詞を口にしたとたん、電話口から殺気が伝わってきた。いくら天才でも、駆け引きに関しては、歳に見合ったものしか持ち合わせていないらしい。
「上等だ、レプリカ!約束にはボクが行く。臆病なおまえに、ボクの真似は無理だと思い知らせてやる!」
「それが本当なら、君に対する認識を改められるだろうね」
「バカにするな!機械の分際で!」
「……日時は?」
「三時間後だ」
「急だね」
「うるさい。場所はどこだ?」
「……中央図書館」
「ならば、ホール脇の検索コーナーだ」
「約束だよ」
最後まで言わないうちに、、一方的に通話が切れた。会話を中断されなかったところをみると、ぼくの提案は政府の狙いに添っていたみたいだ。
それでも、マズいことを口走らなかったかと、一連の会話を頭の中で反芻する。――大丈夫だ。
通話を終えたと同時に、周囲に喧騒が戻った。あちらこちらで、状況報告や情報の受け渡しが行われている。
「捜す手間が省けた。向こうから接触してくれるとは」
「発信場所の特定ができました」
「どこだ?中央病院か?」
ぼくもそう考えた。政府の持ち物である「ゼウス」に近いというのがネックだが、セキュリティ面からも、監禁にはうってつけの場所だ。
だが、返った答えは違っていた。
「いえ、そうではありません。……サンクチュアリ・スクールです」