ソノリティ〜ただひとりの君へ(17)

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ソノリティ〜ただひとりの君へ(17)



 聖のおかげでようやく自由になれた。
 それにしても、監禁場所が政府の砦ともいえる学校とは、完全に盲点を突かれた感じだ。事実を知ったら、政府の連中はきっと臍をかむ思いだろう。

 見慣れた建物をあとにし、用心からいったん脇道に逸れる。その時、何台かの車がメインストリートを連なり走っていくのが見えた。この通りの先は行き止まりだ。突き当たりが学校なので、車はそこへ向かったとしか考えられない。
 こんな時間に、いったいなんの騒ぎだ?
 リオに電話をする聖の横で、車が過ぎた辺りを眺めながら疑問を抱いた。
 ラボの連中の行動にしては、あまりに仰々しい。傍目で見て疑問を感じるほど大騒ぎしたのでは、スクールを管理する政府にバレるだけだ。利害が一致しない者同士なら、相手に動きを読まれるのは最も避けたいはず。
「リオは中央病院(セントラルホスピタル)に向かうと言っている。そこであいつと合流しよう」
 連絡を終えた聖が、すかさずオレに提案をしてきた。
「中央病院?なんでそんなところに?あそここそラボのテリトリーだろう。危険すぎやしないか?」
 リオへの疑惑は晴れていない。薬の中に細工をされたという証拠はなにもないが、ほかに方法が思いつけないだけに疑いは残る。
 今の話も、なんだかわざと危ない橋を渡らせようとしているみたいでしょうがない。
 でも、聖の言い分は違っていた。
「いや。リオのやつが言うには、なるべく公の場の方がいいんだとさ。あそこなら、ラボだけじゃなく政府も監視の目を光らせている。とらえようによっては中立地帯なんだそうだ」
「どっちも迂闊に手出しできない……と?」
「まあ、そんなとこだな」
 一応、筋は通っている。それに、いくらリオでも、聖まではめる真似はしないだろうと、いったんは否定的になった考えを改めた。
 納得し行きかけて、ふいにもうひとつの気がかりが浮かぶ。――そういえば、ノアは大丈夫だったんだろうか?この件では、聖にも連絡を入れているのに、まったく話題に上らないのはなぜだ?まさか、まだ所在が確認できていないとでも?
「聖」
 先を行く聖の背中に声をかけるが振り向かない。
「聖……話が」
「ノアのことだろう?」
 今度は間髪を入れずに応えが戻った。それでも聖はオレを見ようとしない。
「……悪ぃ」
「どうしておまえが謝る?」
「あいつ……たぶんドームにいるんだ。」
「え?それって――」
 意外な答えのせいで、返す言葉が途中で切れた。
 ドームに入るには手続きが必要だ。オレもそうだが、ノアも自分の国民ナンバーではゲートを通れない。誰かに連れられない限りドームにいるはずがない。
 そして、手を貸したのはラボではない。ラボは逆にノアを捜している。オレの中のデータを入手するための手段として。
 ――じゃあ、いったい誰が?
 思い当たる人物はいない。それほどノアの人間関係は限られていた。ドームにいる者の中で、そこまで親しくしていたやつはいないだろう。ある程度の事情を知る聖やリオだって、オレが頼まなければわざわざそんな真似はしないし、第一、頼んだ結果としてノアを見失ったのだから違う。
 かろうじて足を動かしてはいたが、とても聖と話ができる状態じゃなかった。それでも考え事をやめずにいると、唐突に前を行く聖の歩みが止まった。訝しく思い見つめる後ろ姿は、なぜか肩が落ちてしまっている。背中が落胆を示すみたいで、急激に不安が募ってきた。
「ノアをドームに入れたのは……政府か?」
「……」
 問いかけにも返事がない。
「ドームに戻ったんじゃなく連れ戻されたとでも?……だけど、それならノアの居所をどうやって突き止めたんだ?」
 どうやらオレの指摘は正解だったようだ。
 ごまかしもここまでと観念したのか、振り向いた聖がポツポツと事実を打ち明け始めた。
「ノアをはめたのは涼生ってやつだ。……俺もリオも、そいつと会って直接話をした。……おまえを救いに学校へ出向く前…ゲートで確認もとった。ノアを連れて入場した記録が残されていたぜ」
 涼生が?――でも、なぜ?
 あいつはノアを好きなのに、なら、どうしてだまし討ちをするような真似を?
「しかもその女、言うに事欠いて瀬那が一番だと抜かしやがった。最後に選ぶべきはおまえなんだとよ」
 言いながら聖が憤慨の表情を浮かべる。
 でもオレは、聖の話が信じられない。少なくとも、涼生から好意を寄せられた覚えはない。
「まあいい。そいつのことは、今はちょっと脇に置いておこうぜ。重要なのはノアが政府に捕らえられていることの方だ」
 聖の台詞に考えが中断される。確かに、こいつの言うとおり、今は余計な問題にとらわれている場合じゃない。
 レダに拉致されている間、オレもラボと政府の目的の違いについて考えた。
 レダから強制的に見せられた夢で、ラボの目的はわかっている。やつらは、オレの中のリンクデータを取りだし、レダにインプットすることでスーパーコンピュータ並みの「力」を得るつもりだ。「ゼウス」ではなくレダによって、この国の支配を企んでいるのだろう。
 一方の政府は、そんなラボの暴挙を未然に防ごうとしているのだと思う。
 そのためにノアを捕獲した。レダに先んじてデータを入手し、それを使ってどうするつもりかはわからないが、求めるものは政府もラボも同じだ。

 体制に背きドームを捨てた反逆者のオレたちが、ドームの運命を握るなんて滑稽だ。

 だけど、データはどちらかひとりだけでは使えない。オレとノアがセットになって初めてその効力を発揮する。ノアがオレのキーである可能性は、ここまできたら否定できない。そして、レダはこの事実に気づいている。たとえ正解までたどり着けていないにしても、ノアの必要性は認めているのだから。
 ……待てよ。
 そうか!悲観するのはまだ早い。オレが囮になればノアを無事助けだせるかもしれない。
 政府がもしラボの狙いを阻止したいのなら、ノアを捕獲しただけでは満足できないはずだ。オレを奪おうという心積もりがあってもおかしくない。
 ラボにオレたちがそろって捕らえられるのは危険だが、データキーの存在を知らない政府なら抜け道はきっとある。その時役立ってくれるのは、政府に加担する涼生だ。
 涼生はノアを好いている。いったんは自分の欲望――政府に認められたいという考えを優先させたのだとしても、オレを差しだす交換条件としてノアの解放に手を貸せといえば、従う可能性はゼロじゃない。
 涼生に接触したい。
 政府やラボに見つからないうちに。
「瀬那」
 知らずと思い詰めた顔をしていたみたいだ。咎める声で聖から名前を呼ばれ、それでようやく我に返った。
「おまえさ、あん時みたく、ひとりでなんでも解決しようと思うなよ」
「聖……」
「おまえ……いつだってそうじゃん。自分で全部を背負い込んじまう。ひとりだけでどうにかしようなんてもうやめろよ。いいじゃねえ、他人に頼ったって。俺たち友だちだろう?友だちなら助けたいって思うのって、ごく自然なことだぜ。おまえだって、殺されそうになっていたノアを見捨てらんなかったじゃねえか」
 畳み掛けられ言葉を失った。幼なじみの聖にしか言えない台詞だ。でも、まさかここまで自分を理解されているとは思わなかった。
「大丈夫。こっちには優秀な参謀がいるんだし、絶対にノアを無事救いだせるさ」
 参謀――リオのことだ。
 聖がリオを信頼しているのなら、オレも信じたい。
 本人に会えば真実がわかるかもしれない。本当にラボの手先だったのか。そして、オレを陥れようとしたのか……。
 けど、聖やリオを頼るだけが道じゃない。危ない橋を渡るのはオレひとりでたくさんだ。
 逃げ腰だった気持ちが、この瞬間はっきり覆った。
「考えを聞いてくれるか?」
「なんだよ。これ以上関わるな、なんてーのは却下だぜ」
「違う。頼みがあるんだ」
「頼み?今、ここでか?」
「うん。理由は……ちょっと言えないんだが、リオを交えずふたりだけの話にしたい」
 普段は察しのいい聖だが、オレの言いように少なからず迷いを見せている。頼みの綱のリオをないがしろにしようというのだから、さすがに理解が追いつかないらしい。
「ここから先は別々に動こう。オレは涼生を捜しだして会う。おまえはリオと合流してくれ」
「え?だって、それじゃおまえが――」
「オレは大丈夫だ。敵対するふたつの組織に同時に狙われているっていうのが、返って好都合に思えるんだ。リオの言うとおり、人目の多いところを選んで行動すれば、互いに牽制し合って、おいそれと手を出してこないだろう」
「危険だ!」
 あまりに無鉄砲と頭ごなしに否定された。でも、オレの決心は変わらない。
「ダメだ、瀬那!俺は賛成できねえ。リスクが大きすぎるぜ」
 阻止するつもりなのかグイッと腕をつかまれる。あまりの力に顔が歪むが、振り解くのはきっと逆効果だ。諭す意味で聖の腕に手を添え、話の続きを告げる。
「別行動にはもうひとつ理由がある。……リオのことなんだが」
「リオ?あいつがどうしたよ」
 ものすごく言いにくかった。だけど、言わなくては話を切りだした意味がない。聖には、事情を知ったうえで協力してほしかったからだ。
「実は――」
 言いよどみそうになるのをなんとかこらえ、レダから聞いた情報を伝えだす。やがて、聖の顔が見る見る険しくなるのがわかった。
「リオがそんな真似を?……ウソだろう?」
「オレもレダのウソだと思いたい。でも、ノアなしで直接意識にコンタクトされたのも事実なんだ。そして、思い当たるとしたら、あの時、サイモンの家でリオの薬を飲んだことしかない」
「……そして、その薬は、ノアじゃなく俺が瀬那のところまで運んだ」
「ノアに頼めば、感付かれると考えたのかもしれない」
 オレの仮定に聖までもが顔色をなくす。
「だから、聖にはリオの監視と足止めを頼みたい。そのための別行動だ。ノアを救いだせても、リオの手でラボに引き渡される恐れもあるわけだし」
 そうなんだ。リオとラボが通じている可能性があるうちは、行動をともにしたくない。

 学校を出てから数百メートルしか来ていないというのに、立ち止まったままかなりの時間が過ぎてしまっている。
 このままじゃいけない。とにかく話しながら行こうと聖を促そうとしたタイミングで、さっき車が行き過ぎた表通りがにわかに騒がしくなった。
「くそっ!どこへ行った?」
「まだあまり遠くじゃないだろう。手分けして捜せ!」
 怒号が聞こえる。事の急変を察知したオレと聖は互いの顔を見やる。
「見つからないよう、ここからは裏道を行こうぜ」
「ああ」
 つかんだままの腕を引っ張られ、それにつられて一緒に走りだす。背後から、何人かの不穏な叫びが錯綜して届く。
「ラボの連中めが。レダが不在になったとたんGCを逃がすとは、まったくもってだらしない!」
「仕方がない。涼生の支援をしに中央図書館へ戻るぞ!」
 図らずも欲しかった情報が手に入った。学校へ押しかけてきた連中は政府の関係者だ。そして、中央図書館に涼生がいる。
「オレは中央図書館に行く。聖は中央病院へ!」
 だが、そんな一方的な命令に聖が黙って従うわけがない。間髪入れずに拒絶され、おまけに反論までされた。
「断る!おまえこそひとりで勝手に動くな。敵だらけのところへなんか、行かせるわけにはいかねえ!せっかく逃げてきたのに、またノコノコと捕まりに行くつもりなのかよ!」
「ただ隠れていたって状況は変わらない!それじゃ、いつまで経ってもノアを取り返せない!」
 言い放ったとたん、聖から傷ついた顔を向けられた。それを見て、以前にも似たような言い合いがあったのを思いだす。あの時もノアが絡んでいた。言い方を間違えたとオレに謝ったのは聖だが、それは自分も同じだ。こいつの心情などまるで考えなかったのだから、責められる部分はオレにもある。
「……ごめん」
「いや……」
「心配してくれているのに、オレ……」
「そうじゃねえよ。……俺は自分自身が安心したいだけなんだ、きっと」
 俯き唇をかむ聖は今にも泣きそうになっている。見返りを求めないむきだしの好意に素直に応えられないのが辛い。頼りたい時だけこいつを利用しているようで、あまりの身勝手さに自己嫌悪に陥った。
 そして、脳裏に聖の台詞が蘇る。
 ――俺たち友だちだろう?友だちなら助けたいって思うのって、ごく自然なことだぜ。
「……リオに連絡はつくのか?」
「え?……ああ……携帯かモバイルで呼びだせるけど……」
 唐突な質問に困惑するのが丸わかりだ。
「あいつに、中央図書館へ向かうよう言ってくれ。そこで落ち合おうと」
 連絡の目的を告げたら、聖の顔がパッと明るくなる。
「それじゃ――」
「一緒に行ってくれないか。巻き込んでしまうようですまないが……」
「そ、そんな!行くっ!頼まれなくても行くぜ!」
 レダに見つかる前に、なんとしてでも涼生と接触したい。そう考えれば、味方は多い方がいいに決まっている。少なくとも、政府の前ではリオはオレたちの味方だ。
 聖は、さっそく携帯でリオと連絡を取り始めている。ほどなくつながり、必要最小限の会話を交わしただけで了解を得られたみたいだ。
「オッケー!リオも承知したぜ。政府の息がかかる涼生を捕らえるには絶好のチャンスかもって言ってた。やつを追及すればノアの居所を訊きだせるだろうって」
 報告をもらったオレは、積極的なリオの態度に少し安心する。
 この選択は正しいのかもしれないな。もしリオがラボに加担していたら、身の危険と隣り合わせのこの提案には二の足を踏むはずだ。
「さあ。そうと決まったら俺たちも急ごうぜ!」
 友だちを試すようで心苦しかったが、聖の前向きさだけが救いだった。自分にとって、こいつがどんなに支えになっているのか、改めて思い知らされた気がした。



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