ソノリティ〜ただひとりの君へ(19)

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ソノリティ〜ただひとりの君へ(19)



 そろそろレダが中央図書館に着く頃だ。涼生は、期待どおりに動いてくれるだろうか?
 うまくいけばレダを捕らえられるかもしれないが、多くは望まない。今は、興味が涼生に向いてくれればいい。ネオGCの存在を知ったレダは、涼生とのリンクを試してみたくなる。
 そう考え、涼生をラボへ連れ帰れば成功だ。あとは、彼女が瀬那を守る。

 だが、こんな予定は希望であり、しょせん理想にすぎない。このとおりに行くという、確たる根拠があるわけじゃなかった。

 本当は、リオと連絡が取れるのが一番なんだけど……。

 敵対するラボのラスボス・レダの登場で、ぼくに対する政府の監視は緩くなりつつある。嬉しい誤算だ。この好況を利用しない手はない。

 見張りはおそらく五人もいない。そのくらいの数なら突破できる。
 ぼくは非戦闘タイプのアンドロイドだ。それでも、並みのネオ・ヒューマンより頑丈にできている。見かけが華奢なので誤解されやすいが、こういったシーンでは返って有利に働く。相手の油断を招くからだ。
 いや。今は自分のことより、瀬那の安全を第一に考えなければ。
 手薄になっているのは、おそらくラボも同じだ。手ごわいとはいえ、、レダは生身の人間にすぎない。そんな彼を、単身、敵のまっただ中に送り込むわけがない。それなりの数のSPが、身辺の警護に当たっているだろう。そして、ぼくを奪うための部隊も、多数駆りだされているに違いない。
 つまり、今こそ瀬那を取り戻す最大のチャンス。
 その役目を、できればリオに頼みたかった。彼の頭脳を持ってすれば、奪回作戦はいくつでも立案できる。

 そう考えていた時、いきなりリオから連絡が入った。なぜ今まで音信不通だったか、その説明はもらえなかったが、もっと重大な情報を得られた。
 瀬那がすぐそばまで来ている。
 ラボから救いだしたのは聖だそうだ。
 そして、彼の活躍のおかげで、かなりの人間が、瀬那の捜索と涼生の支援に当たっているという。
 予想が当たった。ならばこれ以上、様子見の必要はない。

 武器はなんでもいい。
 手ごろな折りたたみ椅子に手を伸ばそうとした時、ドアを隔てた向こうから複数の叫びが聞こえた。
「おまえたちはっ!」
「ぐわっ!」
「な、なにをする……!」
 なにか重いもので人を殴る鈍い音。低いうめきにかぶって懐かしい声がする。
「アーティフィシャル・パーツの力っていうのは、ものすごいものなんだな」
「へへへ。俺の場合、二の腕までだからなー。こんな鉄の棒を振り回すくらい、軽い軽い!」
「運動で君にかなわないわけだ」
「俺みたいなやつは、学校じゃ本気なんて出してねえよ。んなことしたら、相手を確実にケガさしちまう」
 聖とリオだ。
「だが、扉にはロックがかかっている。どうするつもりだ?」
「えっとー。ちょっと待て。俺に任せてくれないか」
 聖が言い終えた直後、かすかに開錠の音がした。次いでドアが大きく開け放たれる。
「ノア!」
「大丈夫か?」
 同時に問いかけられるが、ぼくは彼らの背後に別の人間を捜していた。だがそこに、床に倒れ込む政府の連中のほかに人影はない。
「せ、瀬那はっ?」
 リオの連絡では、瀬那も彼らと一緒だと言っていた。なのに、なぜここにいないんだろう?
 疑問があふれるのを抑えられない。不安で体に緊張が走りだす。
「一緒に来てくれ!急いで!」
 真顔でリオに急かされ、疑問は確信へ変わった。
 間違いない。瀬那に危険が迫っている。どうして別行動になったかはわからないが、彼がひとりでなにかをしようとしているのだけは理解できた。
「どこへ?瀬那はどこだ!?」
 己の中のリミッターが外れそうになる。似たような状況に陥るたび頭に響く警鐘が、大音量で鳴り始めている。
 セナヲ イマスグ サガシダセ!
 瀬那の居場所は件の記憶チップが教えてくれた。―― 一階の検索コーナー。でも、あそこにはレダがいる。
「おい、ノアっ!待てよ!」
 聖の体を横に突き飛ばし、全速力で走りだす。
 ジャマモノハ スベテ ハイジョ!
 ナニモノかがぼくに命令を下した。逆らうつもりはない。求めるのは瀬那だけだ。行く手を阻む相手は全員、動けなくしてやるまでのこと。
 戦闘兵器になったような気分だった。思考と体は、まったく連動していない。
 ハイジョ、ハイジョ、ハイジョ!
 何人なぎ倒したのか、途中から自分でもわからなくなった。でも、物事には必ず終わりがある。
 見つけた!瀬那はこの先にいる。
「瀬那っ!?」
 だが、耳に届いたのは、若い女――涼生の悲痛な叫びだ。
「瀬那!瀬那っ!……しっかりしてっ!」
「……どうして?なぜそんな女の身代わりに?」
 名を呼ぶ声にかぶさって、男の呟きが聞こえる。
 ――あれは、レダ……?
 ふたりが一緒なのは驚くことではない。そうなるように仕向けたのは、ほかならぬ自分だ。
 待てよ?……彼ら以外にもまだいる。
 目が、床に横たわるもうひとりの姿を確認する。さっきから涼生が必死にすがり付いている相手だ。
 ……赤いもの、あれはなんだ?
 血だ。……血が流れている。
 大量の赤い血。
 そいつが流したものなのか?
 本当は服装にも見覚えがあった。でも、否定したい気持ちが、事実の受け入れを拒む。
 受け入れたくない。――なにを?倒れている人間が誰なのか、ということをだ。
 知っている。
 ぼくはその人を……知っている。
「……レプリカ?おまえがどうしてここに?」
 レダらしからぬ頼りなげな声。手にした銃。その銃口から立ち上る紫煙。
 まさか……おまえが?
 やったのはおまえか!!
「うわっ!」
 振り上げた拳がレダの顎を捉える。真っ向から食らったレダの体が、グラリと横に傾いだ。
「緊急事態発生。緊急事態発生。テロの可能性があります。銃の使用が確認されました」
 唐突に流れだす非常放送。同時に、あちこちでシャッターが閉じ始めている。
「残念だが今回はボクの負けだ。だがおまえもある意味負けだよ。せいぜい絶望を味わうがいい!」
 閉じ込められるのを危険と判断したレダが、シャッターの隙間から素早く外へ飛びだしていく。追う気にはなれない。あんな負け犬に追う価値はない。それより……!
 泣きながら瀬那の肩を揺さぶる涼生の体を、無言のままで突き飛ばす。こんな女にぼくの宝に触れてほしくない。
「瀬那……!」
 血まみれの顔を見た瞬間、遠くなっていた意識が体に戻るのを感じた。現実味が薄かった先ほどまでとは違い、今は目にしたものをキチンと認識できる。
「瀬那…瀬那……」
 繰り返し呼びかけながらほおに触れた。まだ温かい。息もしている。
 死んではいないとわかり、急激に目の奥が熱くなった。止める間もなく涙があふれだす。こぼれた涙は瀬那の顔を濡らし、それが刺激になったのか薄く目が開かれた。
「……ノ…ア?」
 瀬那の口からぼくの名が出る。詰まっていた息を大きく逃し、無理やり笑顔をつくりながらひとことだけ告げた。
「ごめん……瀬那。遅くなって…ごめん」
 弱々しいながらも微笑が返る。たまらず顔を近づけ、耳元で言いつなぐ。
「一緒に帰ろう。……迎えに来たよ」
 守りきれなかった自分が許せない。自責の念に押しつぶされそうになりながらも、ただひたすら瀬那の体を抱きしめた。



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