ソノリティ〜ただひとりの君へ(20)

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ソノリティ〜ただひとりの君へ(20)



「どうしたんだよ、ノアのやつ。なんだか様子が変じゃなかったか?」
 急に豹変したノアのあとを追いかけるが、思ったより足が速い。弱々しいのは見かけだけで、中身はそんなにヤワじゃないみたいだ。
「マズいな。……見るからに平常心を失っていた」
 深刻味を帯びるリオの呟きに、いっそう不安が増していく。
「それって、瀬那に危険が迫っているから、か?」
「うん。……おそらくね」
 階段を駆け上りながらの会話は、心肺機能をいじっていないリオにはきつそうだ。わかってはいるが、疑問が止まらない。
「だからって、あれは過剰反応じゃねえの。ただの友だちへの心配の域を、確実に超えているぜ」
 と言う俺も、実はノアとどっこいだったりする。関係するのが瀬那でなければ、こうまで深入りしなかっただろう。
 だけど、俺と瀬那は付き合いの長さが半端じゃない。瀬那は俺にとって、親友というより兄弟に近い。
 ノアのように、知り合ってたかが半年で、こうまで周りが見えなくなるものだろうか?
「なんか、上が騒がしくねえか?」
 異変には、目的のフロアの一歩手前で気づいた。
「あ!?」
「どうした?聖」
 な……なんだよ、これ!
 惨状に足が止まり、次いで体に震えが走る。
 そこには、かなりの数の男たちがうずくまり倒れていた。中には意識のない者までいる。
「……ラボの……連中だな」
 遅れて状況を見たリオが、迷わず断言した。
「なんで…そう言えるんだ?」
「見てごらん。襟元にみんな同じバッジをつけている。兄貴が関係者だったからわかる。あれはラボの研究員のIDだよ」
「なるほど」
 指摘どおり、全員の襟に銀色のバッジが光っていた。
「じゃあ、やったのは政府の役人連中?……なわけねえよな。暴力沙汰は、政府が一番嫌う行為だ。要人のボディガードだって、ここまではしないだろう」
「ノアだよ」
 迷わず言い切るリオの台詞を、正解だと俺も思う。ノアは、戦闘タイプじゃないとはいえアンドロイドだ。タガが外れれば、これくらいはやりかねない。
「グズグズするな、聖。行くぞ!」
 行動が起こせず唖然としていると、リオから先を促された。うなずき再び走りだす。頭の中は焦りでいっぱいだった。
 冗談じゃない。一刻も早くノアを止めなくては!あいつの今の状態は、平常心をなくしたどころの話じゃない。
 検索コーナーが近づくにつれて、あたりに火薬の匂いが漂い始めた。それに混じり、鉄くさい異臭もする。
「――せいぜい絶望を味わうがいい!」
 吐き捨てるような叫びは、一聴するとノアだが、言い方のニュアンスが微妙に違う。別人だと証明するように、聞き慣れた呟きが叫びに続く。
「瀬那…瀬那……」
 間違いない。ノアだ。
 カウンターを回り検索コーナーに踏み入ると、そこに複数の人間がいた。
 ――瀬那……?
 凄惨な光景に言葉を失ってしまう。
「どけ、ノア!止血する!」
 一番冷静なのはリオだった。瀬那を抱えるノアを押し退け、傷の状態を素早くチェックする。
 意識のない瀬那。ショックで体が動かない俺。泣きじゃくる涼生。そして、ノアは……今にも死にそうな顔をしている。
「大丈夫だ。弾はわき腹をかすっただけだ。倒れたのは、単に衝撃が大きかったんだろう。でも、出血が多いのがマズいな」
 リオが症状をざっと説明し終えたその時、周囲から数人の医師が駆け寄ってきた。連絡などしていないのに?と戸惑っていると、先んじて相手から経緯を告げられた。
「『ゼウス』の緊急命令で来ました。ケガ人はこのGCですね?」
 おまけに、瀬那のなんたるかを知っている。
 もしかして政府の手の者か?
 身構える俺とリオだったが、次の瞬間、すべての疑問を解き明かす放送が館内に流れた。
「GCノ ミノアンゼンノ サイユウセンヲ ノゾミマス。セナハ サイゴノGCデス。カレヲ オカスコトハ キョカイタシマセン」
「……『ゼウス』だ」
 俺もリオの考えに賛成だ。だが、人格を失ったはずの「ゼウス」が、人間めいた命令を出しているのが解せない。
「なるほど。『ゼウス』をコントロールしているのはノアか」
 リオの言葉に、あわててノアを見やると、瀬那手を握りしめたまま茫然自失状態になっている。どうやら意識はここにないらしい。瀬那を助けたい一心で、自覚のないうちに「ゼウス」とリンクしているのだろう。
 治療に集中する医師たちは、一連の出来事に疑問を抱いていないようだ。泣きやまない涼生も同じだ。放送に驚きはしていたが、俺とリオの会話はおそらく聞こえていない。
「聖」
「なんだ?」
「これは僕らだけの秘密にしよう。他人はもとより、ノア本人や瀬那にも絶対に知らせないように」
「もちろん」
 「ゼウス」が味方につくというのなら、ドームに彼らの居場所はあるということだ。ラボや政府が手を出そうとしても、ノアが瀬那を守りたいと思う限り、「ゼウス」がすべてを阻止するだろう。
「あいつら、このままここにいてくれるかな?」
「どうだろう?でも、瀬那にはその方がいいに決まっている。ならば、きっとノアも一緒に残るんじゃないかな」
 これから先、ふたりがずっと無事に暮らせる確証はない。それは、「外」でも同じだ。仮に、別のコミュニティを探して落ち着いても、レダや政府の執拗さを考えれば、完璧な安全は手に入らない。
 だったら、少しでも多くの仲間がいる場所にいた方がいい。俺もリオも、微力かもしれないが手助けできるし。
 気がつくと、薄暗かった館内が元に戻っている。やがてシャッターが次々に開き、医師に促され、全員が救急車に乗り込んだ。
 「ゼウス」の命令のせいか、建物を取り囲んでいた政府の連中も沈黙を守っている。そして涼生は、こうなってもなお政府の命令に従うつもりなのか、たたずんだきり中央図書館から動こうとしなかった。



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