ソノリティ〜ただひとりの君へ(21)

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ソノリティ〜ただひとりの君へ(21)



■ 9th. Movement ― 光

 新しい年が来た。学校では、来週から進級のための試験が始まろうとしている。木枯らしが吹く天気でも、日当たりのいい建物の中にいれば寒さは気にならない。今日みたいに快晴だとなおさらだ。試験が近いというのに、あくびばかり出て困る。
 今日、瀬那が退院する。迎えに行くため、放課後リオと待ち合わせをしていた。
 中央病院(セントラスホスピタル)では通常ケガ人を扱わない。なのに、特別なGCという理由だけで瀬那を受け入れたのだから、「ゼウス」の権限の大きさがうかがえる。
 それを裏で指示したのは、ほかでもないノアだ。

「それでさ、どうしても納得がいかねえんだけど」
 顔を合わすなり疑問をぶつける俺を見て、リオが「またか」という目を向けてくる。
「あれから、なんでラボも政府も、瀬那に手ぇ出してこねえんだ?入院中なんて、狙うにはもってこいじゃん。おまけにノアも一緒だし」
「いや、そうでもないだろう。中央病院は、監視が行き届いているだけに、おいそれと部外者が出入りできないからね。それは、権力者だろうと同じということさ。それに、瀬那の主張どおり、相対する組織がともにあいつらを欲しがっているというのがポイントだ。牽制し合って、ついに行動に出られなかった。おそらく、そんなところだな」
 話を聞いていて段々と不安になってきた。
「じゃあ、退院してからが危ないとでも?」
「うーん、そうだな。『ゼウス』に守られている瀬那はともかく、ノアはそうかもしれない」
 瀬那の入院中、ノアはずっと病室で寝泊りしていた。完全看護システムだから、別に看病していたわけではない。瀬那本人の希望だそうだ。帰る家のないノアを思いやってのものだったのだろう。
 ――帰る家か……。そういえば、そっちも問題だな。
 退院後、瀬那とノアは俺の家に来ることになっている。俺の両親には、当面という約束で許可をもらっていた。なんならずっといてもいい、というおやじのありがたい言葉は、まだ答えを保留にしてある。なにより、瀬那が躊躇っているからだ。親友で幼なじみであっても、そこまで頼っていいかを迷っているらしい。
「これからどうすんだろう、あいつら」
 思わず不安が言葉に出てしまった。
「聖の家では、ふたりを引き取るって言ってくれているんだろう?」
「うん。そうなんだけどさ……」
 続きを言いかけたのだが、ふと病院の前に人がいるのに気づいた。
「聖くん!」
 瀬那の妹だ。
「どうしてここに?」
 駆け寄り、あわてて問いかけた。返事はなく、代わりに笑顔を返され、さらに視線で病院のロビーを指し示してくる。
 驚いた。瀬那の母親まで来ている。
「おばさん……」
 あまりに意外すぎて、マトモな挨拶もできない。
「お兄ちゃんを迎えに来たのよ。あのね、今日からまた一緒に暮らすの!」
 理由を告げる瀬那の妹の声が、嬉しげに明るく弾んだ。おそらく、半年に渡る瀬那の不在と、さらにはこの入院が、瀬那の両親に大きな変化を与えたに違いない。
「……聖くんは、『GC狩り』のことを知っていたの?」
 核心に迫る質問に言葉を失った。
「お父さんたちがね、GCを肉親に持つ人たちとネットで交流を持っていたんだけど、そこでいろいろ話を聞いたようなの。みんな、政府に家族を奪われたのを悲しんでいた。それでわかったみたい。もし、お兄ちゃんが殺されたら、悔やんでも悔やみきれないってことに」
「聖くん」
 名前を呼ばれ、もうひとりの人に目を向ける。瀬那のおばさんとは、話をするのも久しぶりだ。
「今度のことでは本当にありがとう。……そちらの、リオくんだったかしら?あなたにもお世話になったわね。ふたりとも瀬那の命の恩人よ」
「いや…そんな……」
 大仰に感謝され恐縮してしまう。そういう意味での恩人は、俺たちではなくノアだ。
「瀬那は、連れて帰られるのですか?」
 冷静なリオは、真意を問うつもりか、おばさんに確認をとっている。虐待の事実を俺から聞いたせいで、態度の変化を信じきれていないのだろう。
「ええ。あの子が望めば…だけど。嫌だって言われたら、無理強いはしないわ」
 言葉と表情に後悔がにじみ出ていた。憂いを含んだ横顔は、紛れもなく昔のおばさんのものだ。妹が生まれる前の、瀬那を無心に可愛がっていた頃と同じだった。
 日が暮れかけているせいか、時折冷たい風が吹いてくる。暑がりの俺でもさすがに寒い。思わず肩を竦めると、中に入って待ちましょうと誘われた。
 病棟のロビーで人が出てくるのを待つなんて初めてだ。パーツ交換の入院くらいでは、普通、出迎えなどしない。
 待合のソファに座り所在なげにしていると、横にいるリオが俺を見ているのに気づいた。
「僕からも、ちょっと質問してもいいか?」
 珍しい。こいつが俺に物を尋ねるなんて、明日は予報を裏切る天気になるかもしれない。
「なんだよ」
「瀬那の時といいノアの場合といい、監禁されていた部屋のロックはどうして開いたんだ?ノアのケースは僕も見ていたが、瀬那の方もおまえがやったらしいじゃないか」
「ああ、あれね」
 ずいぶん些細なことにこだわるんだな、とおもしろく思うが、リオにはちゃんと理由を話すべきなのだろう。あの出来事以来、瀬那の意識にレダが入り込んでこなくなったというのも、同じ理由かもしれないし。
「確かめてはいねえんだけどさ、俺、サイモンのおかげかもしんねえって思ってるんだ」
「サイモン……兄の?」
「ああ。実はさ、『外』で一度、サイモンにアーティフィシャル・パーツの具合を見てもらってんの。そん時に、部品をちょっといじられて、で、どっちのケースも、修理してもらったその手でノブに触れたとたんロックが外れたんだぜ。これって偶然じゃねえだろう」
 説明する俺の左腕を、探るような目でジッと見られた。
「それともうひとつ。瀬那も、レダの干渉を受けたのは、監禁されて二日目が最後だったっていうじゃん。あれも、薬の効き目が短時間で切れるようになっていたからだと思わねえか?」
「……都合よすぎる解釈だ」
「そっかなあ?まあ、いいけど」
 否定めいた言葉のわりに、リオの口元がかすかに緩んでいる。口調も、心なしかホッとした色を帯びていた。こいつはこいつなりに、実の兄の件では悩んでいたのだろう。
「あ!忘れてた!」
「あまり騒がしくするな。ここは病院だ」
 急に大声を上げた俺を、なにごとかとリオが咎める。
「ピアス、あいつらに渡すのを忘れていた」
 今度は小声で伝えると、呆れ顔で返事が戻る。
「人の目をごまかす必要はなくなってしまったから、あれはもういらないな。人為的に互いが通じ合うための道具だって、今のあいつらには不要だろう」
 それはそうだ。ふたつめの理由は、俺には判断しかねるけど。
「でも、確かに瀬那の耳の傷は見ていて痛々しいな。じゃあ、こっちを渡すとするか」
 言いながら、リオがポケットから別のピアスを取りだす。ちょっとワイルドなデザインのそれは、今の瀬那に似合う気がする。
 その時、到着のベル音とともにロビー脇のエレベータが開いた。中に元気そうな顔の瀬那がいる。隣にはノア。逆隣には瀬那んちのおじさんが立っている。
「お兄ちゃん!ほら、聖くんたちも来てくれたのよ」
 出迎えた妹に来訪を教えられた瀬那は、俺たちを見て穏やかに微笑んだ。今までにない晴れ晴れとした笑顔だ。
「おかえり、瀬那」
「ありがとう、リオ。聖も……心配かけたな」
「いや……その……」
 言葉を発したと同時に、涙がこぼれてしまった。
「泣くなよ。おまえに涙は似合わないぞ」
 すかさずリオが茶化してくれたおかげで、恥ずかしい思いをせずにすんだ。だがこの涙は、俺にある決心を運んでくれた。
「ノア」
 呼びかけに、ノアが不思議そうな顔をする。
「これからどうするつもりなんだ?」
 それまでひとこともしゃべらなかったノアの目が、困ったように伏せられた。
「……そうだね。ぼくが暴走すると瀬那に迷惑がかかるから、少し離れた方がいいのかな」
「おまえはそれでいいのかよ」
「だって、帰る家は『外』にあるんだし、だったらそこへ戻るのが筋だろうし」
 ノアの考えを、瀬那も初めて聞いたらしい。なにかを言いかけた口が途中で止まった。家族が一緒だから当然かもしれない。ノアの正体を、公然のものにするわけにはいかないだろうし。
 だが、ノアがドームから離れるのは、絶対に瀬那のためにならない。ノアがいなくなったら、「ゼウス」は瀬那を守ってくれなくなる。
「だったら、俺んち、来るか?」
「え?」
「そんなに安全策に走る必要なんてねえじゃんよ。要は、眠っている間のことを心配してんだろう?不用意に瀬那に、そのー、えーっと、接触しちゃマズいってさ」
 変に言葉を選んだら、とたんに周囲の誤解を生んでしまった。
「せ、接触って?……ええー!ノアさんとお兄ちゃんって……そういう仲なの?」
「ち、違うっ!言い方、間違えた!」
 なんで俺があわてて否定しなくちゃなんねえんだ?……でもって、どうして当事者のふたりは平然としてんだよ?
 どことなく釈然としなかったが、失言したのは確かに俺だ。俺が悪い。
「シンクロとかリンクっていうんだ、それ。意識だけの問題だから、別に心配するようなことじゃない」
 説明は、瀬名が両親に向かってしたものだ。瀬那の妹はずっと俺を見ている。
「……瀬那の説明、聞いてた?」
「よくわかんないよ」
「だから、まあ、そのー、同じ夢を見るとかさ、そういうことだ」
「ふーん」
 心から納得したわけでもなさそうだが、とりあえず追求はしてこない。なので、俺もさっさと本題に戻った。
「つまり、俺がなにが言いたいかというと……ノア、ここにいろよ」
 ノアの目が大きく見開かれた。俺がそんなことを言いだすなど、予想もしていなかったのだろう。
「君はそれでもいいの?」
「え?俺?……しょうがねえじゃん。瀬那はおまえを一番だと思ってんだからさ」
 あきらめもあり、ため息まじりで応じてしまった。そんな俺の反応に、ノアは申し訳なさそうな顔をしている。
「僕も聖と同感だ。無理やり離れなくても、たぶん大丈夫だと思う」
 賛同の言葉に、全員の目がリオへ向く。
「それに、万が一干渉されても、相手がノアなら気にならないんじゃないのか?違うか?瀬那」
「そうだな。……そうかもしれない」
 瀬那の答えを聞いたノアが、とたんに顔を歪めた。そのままポロポロと涙がほおを伝いだす。こいつが泣いているところなど初めて見た気がする。アンドロイドだというのに、そうしていると普通の人間と大差なく思えるから不思議だった。
「お世話になっても……いいのかな?」
「うん、もちろんいいぜ。なんか弟ができたみたいだなー」
「出来のいいきょうだいを持つと苦労するぞ。これは、僕の経験談だ」
 珍しく冗談を口にするリオに、瀬那まで苦笑している。
 別れ際に退院祝のピアスを渡し、途中でみんなと別れた。
 こうして、瀬那とノアのふたりは、再びドームで生きる道を選んだ。


 明るい光が目にまぶしい。「外」では決して見られなかった景色に、たまらない懐かしさを覚えた。目にするすべてが、たとえ偽りであっても、そこから感じ取った思いは本物だと信じている。その考えはずっと変わっていない。
 「外」の状況が今の地球の姿なら、そこで生きられる体を持つ涼生たちネオGCが、本当の意味での未来を担う存在なのかもしれない。
 でも、ネオGCだけが生き残れる資格を持つわけじゃない。チャンスは平等に与えられる。ネオ・ヒューマンもGCも、すべての人間がともに暮らせるのが一番だ。そんな世界をオレは望んでいる。

「瀬那ー!」
 いつもの公園でたたずんでいると、遅刻ギリギリの時間に彼らが通りかかった。
「なんだ。また空を見ているのか?」
「仕方がないよ。瀬那はそれがなにより好きなんだから」
 交わされる会話は、半年前と同じようでいてどこか違う。ノアの有りようを認めた聖の接し方が自然なのだ。ふとした瞬間に感じられた刺々しさが、今の聖とノアにはまるでない。
「それより、急がないと遅刻だよ。ほら、瀬那!空は消えたりしないから。帰りにまた見よう」
 促されてようやくその気になった。マスクのいらないドームの空気を胸いっぱいに吸い込み、ノアと目を見合わせつつ先を行く聖の背中を追いかけ始める。
 繰り返される日常。なにもない平和な時間。
 これがいつまで続くのかわからない。レダや政府があきらめたとはとても思えず、平穏を楽観視できないのも、そう感じる理由のひとつだ。
 でも、どうにかなる。どうにでもしてやる。
 だってオレはひとりじゃない。たくさんの支えてくれる人たち。家族や友だち、そして運命をともにする相手、ノア。
 目指す校舎の窓に朝日が映り込んでいる。その輝きを未来への道しるべと信じ、オレは明日に希望を抱く。そのためにも、今日をしっかり生きようと心に誓うのだった。



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