ソノリティ〜ただひとりの君へ(6)

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ソノリティ〜ただひとりの君へ(6)



「最近、瀬那(せな)の調子が悪くて、それが心配で……」
「体調不良?……どんな感じなの?」
 機械油の匂いがする。機械や工具でごった返すこの部屋の主は、ぼくの話に相槌を打ちながら、棚の中に頭を突っ込みなにかを探っている。
「えっと……確かこの辺にあったんだけどなあ……」
 ぼくが相談を持ちかけた相手は、発明家のサイモンだ。彼は、瀬那の食事用のチューブの面倒を見てくれている。
「食事が全然進まないんです。ほんの少ししか食べてくれなくて」
「ふーん、食欲不振か。なるほどね。ああ!あった、あった」
 目的のものを発見したサイモンは、ようやく棚から離れこちらに顔を向けてきた。
「それと、眠りも浅いようで……。そばで見ていても、とても熟睡できているとは思えないんですよね」
 サイモンは博学だし人望も厚い。こんなふうに頼ってしまったのは、正直なところひとりで対応する限界を感じたからだ。
「仕方がないよ。瀬那くんはGCだから」
 わかりきった事実を告げられたせいで返事ができない。
「すまないね、ノア。生身の体に関しては、残念ながら僕の守備範囲じゃないんだ。機械の部分の不調だったら、いくらでも手を貸してあげられるのに」
 ここで初めて、ぼくは自分の非常識に気づいた。いくら物知りとはいえ、確かにサイモンは医者じゃない。
「アーティフィシャル・パーツの部品なら、少し待ってもらえば入手できるけど、医療品となると勝手が違うんだ。別のツテが必要だし……」
「そう……ですよね」
 がっかりが、あからさまに口調と顔に表れてしまった。消え入るように応じると、とたんに申し訳なさそうに謝られた。
「すまないね。肝心な時に役に立てなくて」
「い、いえ!そんな……!」
 あわてて表情を取り繕うが、サイモンはいっそう顔を曇らせる。
「でも……ノア?」
「はい」
「瀬那くんの不調って、本当に『体』だけの問題なのかい?」
 言い当てられてドキリとした。ぼくの不安が、まさにサイモンの指摘どおりだからだ。
 思うようにならない体に焦れる瀬那。寝ていても休まらないのか、しょっちゅううなされている。過剰なまでのアレルギーへの拒絶。リオにも、そこまで神経質になる必要はないと言われているが、伝えたとしても瀬那の考えが変わるとは思えない。
「君にはドームに信頼できる友だちがいるって言っていたね。だから瀬那くんほど追い詰められていないって。その人とは連絡を取り合っているんだろう?相談はしてみたの?」
「……」
 返事をしないのが答えだと判断したサイモンは、やがて彼なりの結論を示してきた。
「いったん瀬那くんをドームに帰すか」
 それはダメだ。
 レダがいなくなったとはいえ、最後のGCの瀬那がラボや政府の標的にされないわけがない。万が一、あの時と同じ事態に見舞われたら、誰が瀬那を守れるというんだ?
 ぼくはドームに戻れない。戻ったのがわかれば即刻スクラップ工場行きだ。見逃してくれるほどあいつらは甘くない。無事でいられるのも、暮らしているのが「外」だからだ。ドームの中では限界がある。
 ドームにいる唯一の味方のリオだって、自分の身を呈してラボを阻止するほど瀬那に強い思い入れがあるわけじゃない。そうなれば、瀬那の孤立は免れない。
 俯いてしまったぼくをサイモンがじっと見てくる。やがて伏せ目がちになり小さく首を振った。
「言ってみただけだよ。ごめん。ノアが瀬那くんを手放すわけがないもんな」
 ぼくと瀬那の特別な関係は、このコミュニティでは誰もが知っていた。そろってドームを出てきたというだけで、そうとらえるには十分だ。
 おまけに、瀬那はGC。アンドロイドのぼくとは違い、ドームではかなり優遇されていたし家族だっている。すべてを投げ捨てるだけの価値を瀬那がぼくに認めたからだ、と理解する人も少なくなかった。

 瀬那とぼくは、ふたりでひとつと思われていた。だから、ぼくたちの間にあえて割り入る者はいなかった。

 いや……ひとりだけいる。でもあいつは、ぼくに好意を持っているわけじゃない。たぶんその逆だ。
 考えがこの場にいない人物に持っていかれたせいで、サイモンとの会話が疎かになってしまった。それを気落ちと見た彼は、もう一度すまなそうな顔をし、真新しいチューブを手渡してくれる。
「瀬那くんを支えられるのは君だけだよ。彼自身もそう望んでいるだろうし、君だって他人に委ねるのは我慢できないんじゃないの?」
 口調は優しいが、内容はかなりシビアだ。
「一緒にドームを捨てたというだけでも、つながりの深さは推察できる。きっと瀬那くんは、君にずっとそばにいてほしいと思っているんじゃないのかな」
 本当にそうなんだろうか?ならば、どうしてなにも打ち明けてくれないんだろう。調子が悪いのだって、夢でうなされるのだって、ちゃんとした理由があるはずなのに。
 ……こんな時、聖(ひじり)だったらどうするかな?
 ふいに、瀬那の幼なじみの顔が頭に浮かんだ。でも、その聖から奪い取るように瀬那を引き離したのはこのぼくだ。今さら彼に相談などできるわけがない。頼みの綱は、自分との連絡手段を持つリオだけだ。
 やっぱり、今夜こっちから連絡を入れてみよう。
 心を決めると、サイモンに別れの挨拶をする。さっきはあんなふうに家を飛びだした瀬那だけど、とっくに戻っていると頭から信じ込んでいた。

 ところが現実は違った。カーテンが締めきられた窓を目にし、ぼくは途方に暮れてしまう。
 鍵を開け入った部屋の空気は寒々しく、瀬那の不在を、より実感させるものだった。


 どうしよう?いったいどこに行ってしまったんだ。この時間になっても瀬那が帰ってこないなんて。
 最近ちょくちょくある、ちょっとした気持ちの行き違いのせいで、彼が家を出てもう三時間になる。
 ぼくも所用でサイモンのところへ出向いていたが、留守にしたのはほんの一時間ほどだ。その間に戻って、また出て行ったとは考えられない。だとすると、こんなに長時間、吹きさらしの中に身を置いていることになる。調子が思わしくない瀬那に、それが負担にならないわけがない。
 今日はふたりとも完全休養の日だった。だから、極力外に出ないよう心がけている瀬那には、そもそも行くあてなどないはずだ。この不在はあまりに長すぎる。
 顔色がよくなかったし、ひょっとして、どこかで具合でも悪くなっているんじゃないだろうか?
 考えだすと止まらなくなるが、迎えに行こうにも居場所がわからない。でも、たとえ捜し当てたところで、素直に戻るとも思えなかった。
 瀬那はぼくを避けている。認めたくはないが、ここしばらくの彼の態度を見ている限りでは、自分の想像が正鵠を射ているとしか思えない。

 ――もしかしたら、サイモンの言うとおり、ドームから連れだしてはいけなかったのかもしれない。

 「ゼウス」のコアを破壊し、レダの呪縛からぼくを救ってくれた瀬那。ラボと政府の追跡から逃れるため、「外」に出ようと先に言いだしたのも、ぼくではなく彼だ。
 でも、ここに至る原因をつくったのは自分だ。だから、責任ならぼくにある。
 「外」で生きるようにはできていない瀬那の体。無理を承知で、不調と折り合いをつけながら、それでも一緒にいてくれる。
 瀬那の行為に感謝するのは簡単だ。でも、それだけじゃまるで足りない。ぼくは幸せでも、瀬那の幸福への道はきっと別にあったのだろうと、この頃では少しずつ思い始めていた。

 そんな後ろ向きで後悔にも似た思いが、瀬那からぼくを遠ざけている。言いたいことは山ほどあるのに、瀬那の心情を思うと口にできない。きっと瀬那も、ぼくの躊躇いを感じ取っているのだと思う。
 GCの証のピアスをつけ、ぼくと意識レベルでつながっていたのは過去の話だ。今のぼくたちには、通じ合おうという積極性が欠けていた。
 わかっている。ふたりの関係を悪くしている要因の一端は自分なんだと。だけどぼくは、我慢を強いられる瀬那を、とても冷静に見ていられなかった。

 こうやって気を揉むくらいならいっそのこと捜しに行こう。そう思いかけていると、ふいに玄関のドアが叩かれた。
 もしかして、瀬那?
 一抹の期待を抱きながら、急いでドアを開ける。
 だがそこにいたのは望んでいた相手ではない。
「なによ。留守かと思ったら、いるんじゃない」
「……涼生(りく)?」
「瀬那から伝言を聞いていないの?なかなか学校へ来ないんだもん。我慢できずに迎えに来ちゃった。校長先生がお待ちかねよ」
 涼生は、ぼくの教え子のひとりで、ミッドナイトブルーの瞳と長い黒髪が印象的な少女だ。どことなくだが瀬那とイメージが重なる。性別は異なるのに、その差をあまり感じない。
 それはたぶん、涼生のまとうオーラが強いせいだ。強さの根源は、体と頭の両方にある。飛び抜けて優秀なネオGC。体のどこもいじっていないとは思えないほど、「外」の過酷な環境にも見事に適応している。おまけに、聡明で考え方も斬新。その先鋭さは、一歩間違えば危険分子とも判断されかねないほどだ。
 まだ子どもだからと、たいていのことは大目に見られていたが、侮れない存在であるには違いない。
 でも、その涼生が、どうしてわざわざ家まで押しかけて来るんだ?
 誘いには応じずにいると、急かすように言葉をつないでくる。
「ほら、早く!なんでも、校長の話っていうのは、ドームで起こっている事件についてらしいわよ。それでなくてもノア先生は、ドームのことをやけに気にかけているじゃない」
「ドームで事件だって?」
 寝耳に水だ。そんな大事があったのなら、リオから連絡が入ってもよさそうなものなのに。
 ぼくとリオは独自の通信手段で結ばれている。「ゼウス」との対決でぼくの体が壊れかけた時、その後の展開を予測したリオが、修理と同時に受発信装置を内蔵してくれた。ぼくらの身を案じてのものなのだろうが、このことを瀬那は知らない。
 ドームといまだに関わりを持つなど、きっと瀬那は受け入れてくれないだろう。辛い過去を捨てたいと望む瀬那に、それを求めるのは酷だ。だからあえて教えていない。
「詳しい話を聞きたいんじゃないの?」
 こちらの考えを先んじて読む涼生を、思わず疑いの目で見てしまう。他人がどうとらえているかは知らないが、ぼくは彼女を信用していない。
「そうだね。じゃあ、一緒に学校まで行こうか」
 猜疑心を抱いているなどまったく感じさせない態度で、涼生を伴い家を出た。書き置きくらいは残しておこうかと思ったが、そうしたところで瀬那の気持ちを落ち着かせる効果は期待できない。逆に不安にする恐れもある。
「瀬那って、やっぱり役立たずね」
 砂塵を防ぐためのマフラーを口元まで引き上げようとして、涼生が呟いた台詞の不穏さに手が止まる。
「あれだけ伝言を頼んだのに。……旧人類(オールドタイプ)っていうのは、物忘れがひどいのかしら」
「旧人類なんて言い方はやめなよ」
「どうして?事実でしょう。あの人は旧(オールド)タイプのGC(ゴッドチャイルド)よ。今の地球環境にまったく適合していない。かといって、ネオ・ヒューマンみたいに積極的に折り合いもつけられない。出来損ないそのものじゃない」
 話題が核心に迫るうちに、はっきりと口調が変わった。
 たぶんこっちが涼生の本性だ。言い方も過激なら、人を卑下する言葉も躊躇いなく口にする。よほど自分に自信がなければこんな態度は取れない。
 そして、それはぼくの最も嫌悪するものだ。

 見かけは瀬那に似ていても、中身は全然違う。まるでレダだ。

「君とは意見が合わないようだね」
「そう?私はそうとも思わないけど」
 やんわりと拒絶を示したのに、まったく意に介していない。鈍感というより人をなめているといった方が正しい。
 これ以上会話を進める気がなくなったぼくは、涼生を追い越し振りきるかたちで駆けだそうとした。
「そういえば、ここに来る途中で瀬那を見かけたわよ。ひとりじゃなかったけどね。なんだかその相手と親密そうに話をしていたけど」
 思わず足が止まった。
 そんなぼくをおもしろがるように、前に回り込みながら続きを告げてくる。
「瀬那を迎えにでも来たんじゃない?」
「どういう意味?」
「だって、その人って、ぜーんぜん見覚えのない顔だったもん。このコミュニティの人間じゃないわね。だとすると、ドームでの知り合いってとらえるのが自然でしょう?瀬那を連れ戻しに来たって考えてもおかしくないわ」
 そんな真似をする人物などまるで思いつけない。親しいと涼生が感じたのなら、ラボの関係者や政府の息のかかった連中ではないだろう。
 唯一思い当たるとすればリオだが、それであれば事前に連絡をくれるはず。リオがぼくをないがしろにするとは思えない。
「帰ればいいんだ、あんなやつ」
「……」
「目障りよ。同じGCだなんて思われたくない。消えてしまえばいいのに」
 自分の顔つきがみるみる険しくなるのを感じた。今も昔も、瀬那を侮辱されるのが一番我慢できない。瀬那は、ぼくの憧れだし理想の人だ。
 ここ最近の塞ぎ込みだって、きっと一時的なものだと信じている。これくらいのプレッシャーに負けるほど彼は弱くない。
 意思の疎通がうまくいかないのも、瀬那ひとりのせいじゃない。ぼくから歩み寄ればすむ問題だ。それらは、ぼくにとっての瀬那へのマイナスイメージにはなり得ない。
「言い方が不適切だね」
 ずばりと指摘してやったのに、涼生は涼しい顔をしている。
「まあ…ね。ノア先生にはそうかもしれないけど、口に出さなくてもみんなが思っているわよ。お役立ちの先生と違って、お荷物だし」
「瀬那だってちゃんと労働提供はしている。非難されることはなにもしていないよ」
 できる限り冷静を装い返答したが、心の嵐は大きくなる一方だ。
「やけに庇うじゃない。ああ、ノア先生は瀬那が好きなんだっけ。忘れてた」
 くぐもった笑いとともに、おいそれと触れられたくない部分に平然と踏み入られた。瞬間、ほおが引きつるがそこまでだ。ぐっとこらえて出かかった言葉を飲み込む。
「でも、たとえドームに帰ったところで、平穏無事な生活なんかとうてい期待できないだろうけど。というより、あいつのせいで大勢のGCが迷惑をこうむっているんだから、袋叩きか村八分か……。ネオ・ヒューマンでも味方についてくれる人なんていないと思うわ。それもこれも、分不相応なことを仕出かしたんだから、自業自得ってところね。そう思わない?ノア先生」
 こいつは……!
 涼生はいったいどれだけの情報を得ているんだろう。今の話からは、かなり細部にまで及んでいるふうにも思える。
 でも、「ゼウス」絡みのあの事件は公になってはいないはず。国を司るスーパーコンピュータに人格化のためのコアがあったなど、関係者だけしか知り得ないものだ。
 ふたつも下の少女だというのに、目の前の涼生が怪物に見える。
 やっぱりこいつは信用できない。涼生への不信感を深めたと同時に、今度こそ彼女を振りきり駆けだした。
「あーあ。執着もここまでくると滑稽ね。いったい瀬那のどこがいいのよ」
 涼生の嘆きが風に乗って耳に届く。でも、構ってなどいられない。
 とにかく学校へ!校長に会わなくては!
 誰かと一緒にいたという瀬那は気がかりだが、居所が特定できない以上、今すぐどうこうというのは難しい。それよりドームの事件を確認する方が先だ。
 追ってこない涼生を怪しく感じたものの、それはぼくの行動を止める理由にはならない。そのままぼくは、生徒の姿がちらほらと残る学校の門を潜った。


 入れ物と程度は必ずしも一致しない。
 この結論は、ドームの内と外、両方の学校を見てぼくが得たものだ。
 要は、学業に取り組む人間の心構え次第。情熱がすべてを決定するといってもいい。ぼくの軍配は、圧倒的優位で「外」の学校に上がった。
 自分がここで教える側にいるというのも、よく考えれば身に余るものだし、同時に面映い気もする。
 教師のレベルは、確かにドームに比べ劣っている。それ相応の訓練を受けた人間がしているわけではないから、実力で足りないのは当然なのかもしれない。その不足部分を自分で補えるのなら協力は惜しまないつもりだ。
 実際のところ、ぼくの知識は学校のレベル向上に役立っているらしい。ならば、ラボでの教育もあながちムダではなかったわけだ。
 だが、今は自分の立場を冷静に見られるほどの余裕はない。挨拶をしてくる生徒に適当に応じるが、気持ちはまったくそちらに向いていない。

「校長っ!」
 教員室のドアを壊れるくらいの勢いで開けた自分に比べ、中央のソファに身を沈めた校長はやけに冷静だ。
「……やっと来たか。迎えをやったにしては、ずいぶんと遅かったじゃないか」
 言いながら立ち上がり、こちらに向かって二歩三歩と近づく
「どうやら、涼生はきちんと仕事をしてくれたらしいね」
 校長も涼生を疑っていない。むしろ、学校の中では教師より使える人間ととらえている。
「ぼくを呼ぶよう彼女に頼んだのは、校長の意思だったんですか?」
「……気に入らなかったかね」
「いえ……」
 自然と不満が表情に出てしまった。それを見咎めた校長は、逆に涼生を庇う態度に出た。
「われわれ『外』で生きるネオ・ヒューマンにとって、あの子は希望の星だ。ドームを支配する政府への、最も有効な切り札には違いないのだから」
「それは、わかりますけど」
「君は涼生を否定しすぎる」
 涼生の存在は、ぼくと瀬那には鬼門に当たる。だが、学校での涼生の評価は信じられないほど高い。大勢と異なるぼくの考えは、残念ながら認められていない。瀬那を重視するあまりの過ちだとも指摘された。
「まあ、いいだろう。君も涼生の価値を論じに来たわけでもないだろうし。……本題に移ろうか」
「はい」
 ようやく話が聞ける。校長から座れと促され、はやる気持ちを抑えてなんとか指示に従った。
「ドームでなにか不穏な動きがあるとうかがったのですけど」
「ああ。このことを知り、これは是非とも君の耳に入れておかなくてはと考えた」
「……なにがあったんです?」
「落ち着いて聞いてくれ。……政府が禁忌を犯した」
「禁忌?」
 ピリピリとした空気が、いつの間にかぼくたちを包んでいた。
 緊張から口が渇く。アンドロイドだというのに、この辺りの感覚は限りなく人間だ。自分をサイボーグだとずっと誤解していた大きな要因でもある。そういった思い違いは、いまだに意識下に根強くある。
 瀬那と同等でいたいという気持ちが、自身が作り物だという現実をずっと認めたがらないままだ。
「そうだ、禁忌だ。なにを狙ってなのかは、まったく不明だが――」
 校長はここで大きく息をつき、少しだけだが間合いを取った。
「人が人を殺めるというのは、はたして許される行為なのだろうか?」
 不穏な言葉とともに意図的に視線を逸らされ、その態度が緊迫感をいっそう高める。
「校長?」
 次に出てくるものへの恐れから、感情のブレーキが外れそうになる。今までに経験がないわけじゃないが、話を聞くだけでこうなるなど、かなりイレギュラーだ。
 聞きたくない。……いや、聞かなくちゃいけない。きっとこの話は、瀬那の身の安全に大きく関わる。
 相反する気持ちのせめぎ合いに耐えるぼくに、校長から決定的な話が告げられた。
「――GC狩りだ。政府はGCというGCを片っ端から捕獲し始めたらしい」
 なんだって?とうとうやつらが実力行使に出たというのか?
「その無節操さは、まるで何者かを捜しているようだという。で、誤認と判明したGCは、解放されることもなく姿を消すそうだ。……これがどういう意味か君にはわかるか?」
 話が進むにつれて、ひとつの確信がぼくの中に生まれた。
 この騒動はたぶんドームの中だけでとどまらない。見つけられないと判断したら、きっと魔の手は「外」へも向く。
 瀬那!
 無意識のうちに体が勝手に動きだす。
「ノアくん、どうした?」
 瀬那が危ない!瀬那はどこだ!?
 そういえば涼生が誰かと話している瀬那を見たと言っていた。
 ダメだ!そいつは政府の手先かもしれないのに、無防備なままじゃ殺されてしまう!今すぐぼくが行かなくては。瀬那を守れるのは自分しかいない!
「話はまだ途中だよ。それなのに、どこへ行くつもりだ?」
 校長の声が遠くなる。周囲への配慮など今のぼくにできるわけがない。制止を振りきり駆けだす頭の中に警鐘が鳴り響く。
 セナヲ サガセ。カレヲ ブジ カクホシロ。
 ――ぼくの意識には、瀬那ひとりしか存在しなかった。



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