チェキ!―CHECK IT !(1)

トップページ/オリジナルノベルズトップ

チェキ!―CHECK IT !(1)



◇◇ やってらんねえよ!−由典サイド ◇◇


 人間ってーのは、夜の夜中には活動するようにできていないらしい。昼夜逆転の生活を送っているやつらだって確かにいるが、健康上は大変好ましくないのだそうだ。
 当たっているだけにうなずける。けど、元人間にも言えることなのか、そこらあたりをぜひとも教えてもらいたいもんだぜ。
 手っ取り早く稼ぐなら、バイトは夜に限る。世の中、なにをするにも金が必要だ。タダほど怖いものはないともいうし、あってじゃまになるもんでもなかろう。
 けど、普通のバイトなら望める「夜間割り増し手当」は、残念ながらいっさいない。オレのコレは歩合制だ。だからといって、一晩ぶっ通しで仕事っていうのはどうにかしてもらえないんだろうか。昼間は昼間の生活をして、夜は夜でこき使われたんじゃ、正直やってらんない。
 オレはロボットかっつーの!違うだろう?いくら不老不死の体でも、これじゃ身がもたねえよっ!
 と、いくら不満を並べてみても、目の前の「お仕事」から解放されるわけじゃない。
 仏頂面で斜め後ろに視線をやると、涼しい顔で、今まさにターゲットに狙いを定めようとしている人物の姿が目に入った。そいつこそがオレの仕事上のパートナー、スレイヤーの鬼堂樹(きどうたつき)だ。
 「瞬殺の鬼」の異名を持つ鬼堂は、業界でも屈指の超優秀スレイヤーだ。すでに真夜中だというのに、疲れた様子はまったくない。整った顔立ちを隠すように目深に帽子をかぶっているが、その下の鋭い眼差しは夜目にもはっきりと輝いていた。ただでさえ硬派の印象が、いっそうすごみを増して映る瞬間だ。
 あまりにジッと見つめていたせいで、あろうことか鬼堂がオレに視線を向けてきた。ターゲットを追い詰めている最中だというのに、敵から注意を逸らすなど「スレイヤーにあるまじき」行為だろう。
「なんだ?」
 おまけに質問までされた。
 こりゃあ、明日は雪だな……。
 白い息を吐きながら夜空に目を移すと、そこには舞台の書き割りにも似た月が煌々と輝いている。
 んだよー、ハズレ?残念無念また来週!ってか。
 だが、的外れな感想はそこまでで強制終了となった。
「神座(じんざ)!」
 鬼堂の呼びかけで、戦闘開始のスイッチが入った。やつのコレには、深ーい意味が込められている。
 つまりは、「先回りして行く手を阻め」「できれば足止めしろ」「もっとできれば捕獲しろ」の三点だ。
「はいよ!」
 返事と同時に周囲へのサーチを展開する。月明かり程度でも、オレの目には十分な明るさだ。すぐにターゲットをロックオン。間髪を入れず行動へ移った。
 それまで草むらに身を潜めていたオレは、右足だけでジャンプすると、五メートル先の木の枝を足がかりにしてもう一度跳んだ。いくら素早いやつでも、オレ様の秀逸な運動能力の前では無能に等しい。ヒラリと目の前に降り立つと、案の定、ターゲットが絶句するのがわかった。
「はい、観念しろよ」
「くそっ!」
 短く吐き捨てた台詞が最後に聞いた言葉だ。遅れて背後に回った鬼堂が、手にした楔(くさび)を突き立てると、あっけないくらい見事に散った。まるで最初からそこに存在していなかったようだ。
「おっし!いっちょあがりぃ!」
 ガッツポーズで雄叫びを上げたオレに鬼堂の目が向く。
「相変わらず、お気楽だな」
 呆れ口調で言い捨てられるが、そのくらいじゃテンションは下がらない。
「んなことねえぜ。じゃなくてさー、これで帰ってゆっくり眠れるかと思うと、嬉しくって!」
「眠れるわけなんか、ないだろう?」
 そう言って指差す先には、さっきオレが眺めていた月が浮かんでいる。
 ――満月(フルムーン)。
「ヴァンパイアのバイオリズムが最高潮の日だ。目が冴えて、とても眠るどころじゃないと思うが……。違うか?」
 ご丁寧にも解説付きだ。
 そ、そっかー……。てことは…待てよ?期せずして今日も貫徹?え?これで三連チャンだぜ?マジかよー。
 思わず膝が砕けそうになった。そして、鬼堂から追い討ちのひとこと。
「もう一件、さっき携帯に連絡が入った。ここからそう遠くない場所だそうだ」
 はい?もう一件?
「ちょ、ちょっと待てよ!今日のノルマは達成のはずだぜ!」
「ノルマ?……なんだ、それは」
「うっ……!えっと……そのー」
 あわてて言いつなげようとするが、非情なスレイヤーの目でにらまれ、とたんに言葉を失ってしまう。
 パートナーとはいえ、スレイヤーは本来オレたちの敵だ。本気でこられたらきっとひとたまりもない。
「行くぞ」
 ひでえ……。
 反論の余地すらないとはまさにこのこと。こうしてオレは、ロクな休息も許されないまま、再び過酷な労働へ引き戻されたのだった。

 * * *

 自己紹介が遅れた。
 オレの名前は神座典(じんざゆうすけ)。表向きは私立緑川学園高等部に通う一年生だが、内緒で裏稼業をやっている。それも、選ばれた者にしかできない特殊な「お仕事」だ。
 それが、鬼退治。
 ターゲットの鬼を、お仕事関係者は「オーガー」と呼ぶ。正体は、吸血鬼だったり狼男だったり、あるいは蛇女、魔獣、化け猫など多種多様。つまりは、人ならぬ生き物――いわゆる「人外(じんがい)」の中でも、好んで人間を襲う連中を指している。
 でもって、そいつらを見つけて狩るのが、オレたちハンターの仕事だ。
 かく言う自分も、実は人間じゃない。――聞いて驚くなよ。なんと不死身のヴァンパイアなんだぜ!
 と、高らかに宣言しておいてなんだが、仲間内での立場は微妙だ。特に、しきたりを重んじる考えの持ち主からは、はっきり忌み嫌われている。
 なぜなら、自分みたいな若い吸血鬼ってーのは、ばっちり禁忌に相当するんだそうだ。本来ならあってはならない存在なわけで、実際問題、同じ見てくれのご同輩に出会った経験はまるでなった。
 でも、なっちまったもんは仕方がない。堂々と胸を張っていられないのは確かに辛いが、そこはホレ、結果オーライ。今がよけりゃいーじゃん、だ。
 え?お気楽だって?ははは。みんなにそう言われるぜ。だってさ、悩んだところですでに解決する問題じゃねーんだし。
 そういったさまざまな事情もあって、オレはハンターを生業(なりわい)に選んだ。言ってみれば、若い容姿というハンデを逆手に取ったわけだ。
 見てくれが子どもなのは、時として相手の正しい判断を狂わせる。ターゲットの油断を招きやすいおかげで、今のところかなり楽にお仕事をさせてもらっている。
 こういうのを、災い転じて福となすっていうのかな。え?違う?
 ま、いっか。話を続けよう。
 オレが所属する組織「バルバラ」は、オーガー退治における業界ナンバーワンの成功率を誇る。そしてバルバラでは、オレのような人外と、スレイヤーと呼ばれる特殊訓練を受けた人間とでチームを組む決まりになっていた。そうすれば、お互いの足りない部分を補えるし、ツーマンセルで動くことで効率と安全性を向上できるからだ。
 それほどにオーガーは手強い。つーか侮れない。激しい競争を勝ち抜き人間社会にはびこるには、それ相応の理由があるってことだ。
 そこのあなた。隣にいるその人がオーガーじゃないと言いきれますか?
 万が一、被害に会ったらすぐにご連絡ください。このわたくし神座由典が、迅速かつ確実に対処させていただきます。
 ……さて、コマーシャルはこのくらいにして。
 そんなオレにも、コンビを組んで一年半になるスレイヤーの相棒がいる。
 鬼堂樹だ。
 スレイヤーには珍しく、あいつも見た目はオレと大差ない。というか、正真正銘現役高校生というのだから恐れ入る。
 最近のガキはどうなってるんだ?スレイヤーなんて、そう簡単になれる職業じゃねえぞ。
 ま、あいつはちっとばかし優秀だし……。いや、だいぶ優秀……。つーか、かなり優秀……。つまりは、能力さえあれば年は関係ないという見本みたいなやつなんだ。
 そんな桁外れの才能の持ち主とコンビを組んでいると、当然ながら難儀な仕事が全部オレたちチームに回ってくる。
 あいつはいーんだよ。スーパーマンだから。でも、オレの立場も考えてくれー!

「神座」
「……ああ?」
「明日は早いのか?」
「早いっていうか、そろそろちゃんとガッコ行かねえと怪しまれちまう」
「おまえも苦労するな」
「……それをおまえが言うか?」
「僕はいいんだ。睡眠なんてものは、用事の合間に取れば十分だからな」
 はいはい。おまえってやつは、どこまでも人間離れしているよ。……鬼堂こそ、本当はヴァンパイアなんじゃねえの?
「じゃあ、さっさとやっつけよう。月が傾けば、さすがのおまえも疲れを感じるだろうし」
 言ってくれるぜ。
 反論したくなるが、そんな些細なことでいちいち文句を言っていたら、時間がいくらあっても足りない。
 グッとこらえて大きくうなずく。頭を動かした拍子にほおにかかる髪はいつもの色じゃない。元来あるべき黄金色へと変化していた。オレの能力が全開の証拠だ。
 そのまま、新たなお仕事を片付けるため、先を行く鬼堂の背を追いかけた。


BACK/NEXT

inserted by FC2 system