チェキ!―CHECK IT !(2)

トップページ/オリジナルノベルズトップ

チェキ!―CHECK IT !(2)



 久しぶりのガッコ。ここんところのハードワークがたたって、登校はほぼ一週間ぶりだ。
 表向きには風邪でダウンってことになってるが、こうたびたびだと、さすがに理由に困ってしまう。エスカレータ式でも留年はあり得るからと、朝いちで担任に捕まり説教をされた。
 留年なんて屁とも思わないけど、せんせーに目を付けられるのは避けたい。仕事がしにくくなるからだ。
 でも、ついていないことばかりじゃない。
 今日の授業は、せんせーらの臨時の職員会議のため、四校時まででおしまいなんだとか。
 やったぜ!久々に夕方まで自由時間が取れる。ラッキー!
 ううー!なにすっかなあ?映画?ゲーセン?それとも、やっぱ「お楽しみ」のアレへでも行くかなー。昨晩の成功報酬で懐もあったかいし。
 ウキウキしながらかばんを手に教室を出た。そのまま小走りに階段へ向かおうとしたタイミングで、見知った姿がオレの行く手を阻む。最近ストーカーまがいの行為をしてくる、一学年上の高橋さくらだ。
「神座くん!」
「……なんスか」
 猜疑心がズバリ口調に出てしまった。でも向こうは、そんなオレの不機嫌さなど察しもせず、ツカツカと大またで歩み寄ってくる。そして、不躾一歩手前の距離でピタリと止まった。
 長い髪は、よく言えばカラスの濡れ羽色なんだろうが、手入れに興味がないのか、ほとんど伸ばしっぱなしに近い。スカート丈は校則どおり膝下五センチ。ソックスも白無地のスクールタイプだ。しゃれっ気がないのも、ここまでくるとアッパレだ。
 なにを言われるんだろう?
 身構えるオレに、高橋は表情を変えず質問をしてきた。
「今帰り?これからなにか予定ある?」
 実のところ、オレはこいつがものすごく苦手だ。ポーカーフェイスが過ぎて、考えがサッパリわからない。
 黒縁眼鏡の奥の眼差しが常に疑いを孕んでいる……ように見える。あからさまな視線も不快感を煽る原因だ。ゆえに、どうやってこいつを避けようか、常日頃から画策しどうしなのだ。
 という経緯もあり、この問いかけには当たり前だがウソで応じた。
「えっと、親から頼まれ事があって、時間が空いたおかげで、これからそこへ行かなきゃなんないんですよね」
「そうなの……?」
 疑い深いオンナだなあ……。じゃなくて、ウソついてんのはオレだっけ。じゃあ、勘がいいやつとでも言い換えておくか。
「そう、あのー、約束……そう、約束があるんです!出先で人と会う」
「ふーん、残念」
 残念ってなにが?などと聞くまでもない。おそらくは毎度のように、放課後の部活にオレを引きずりこむつもりに違いない。
 高橋は写真部の部長だ。このガッコに転校して日も浅いというのに、実力と押しだしの強さだけで、アッと言う間に部を牛耳ったというもっぱらのウワサだ。
 そんなふうに部内を引っかき回したせいで、三十人いた部員も今や十人足らずなのだという。おまけに、自分の主張に反するものを撮るヤツには、これでもかというくらいの全人格否定めいた批評をぶちかますらしい。それがまた的を射ているから始末に終えない。よって、写真部は今、廃部の危機にさらされている。これ以上人数が減ったら、年度変わりに即刻解散なんだそうだ。――以上、解説、オワリ。
「じゃあ、お先に!」
「あ、待ってよ!」
 高橋がオレに付きまとう本当の理由はわからない。部活に入れっていうのも、案外そのための口実なのかもしれない。
 でも、真意なんて怖くて確かめられない。訊いてしまうと、無条件で受け入れる羽目になりそうだ。
 ここはさっさと退散したが勝ちと踏んだオレは、呼び止める声が聞こえない振りをして一目散に走りだした。
「こら、神座!廊下は運動スペースじゃないぞ!」
 担任の相葉にすれ違いざまに注意をされ、舌を出して足を緩めた。それでもギリギリ駆け足にならないスピードで昇降口へ急ぐ。
 首尾よく高橋を振りきるのに成功したオレの頭ン中は、すでにモードチェンジ完了だ。目的場所での「お楽しみ」に、考えのすべてが持っていかれていた。

 * * *

 一般常識として、ヴァンパイアは昼間、寝ているのだと思われている。もちろん夜の方が好調なので、許されるのならそうしたい。
 だけど、そんなふうに昼夜逆転の生活を続けていたんでは、当然、近所の好奇の目を集めてしまう。特に、オレみたいな見るからにガキがそうだったりすると、結果は推して知るべし。
 昼間に起きて行動するのは、眠気さえがまんすればなんとかなる。それに対し、夜間に眠るという行為には、ちょっとしたコツが必要だった。
 第一に、心身ともにリラックスすること。第二に、夜になれば眠くなるという自己暗示。そして最終的には反復学習だ。とにかく、繰り返し体に覚えこませて人間と同じ生活リズムを作りだす。
 ところが、ヴァンパイアの摂理に反する行為は、少なからずストレスを生む原因になる。そして、ストレスを放っておくと精神の安定にも影響を来たす。
 その連鎖を断ちきるというのが、オレがこの「お楽しみ」に没頭する最大の目的だった。

 校門を出てからは、脇目も振らずひたすら先を急いだ。歩きながらズボンの尻ポケットから携帯を取りだし、短縮を使ってコールする。
 ツーコールでつながった。さすがサービス業。このあたりのマニュアルは徹底している。
「はい、いつもありがとうございます。こちらみなさまのリラクゼーション・ハウス『ハレルヤ』です」
 声の感じですぐに相手がわかった。
「あ、ゆーさん!オレ、オレ」
「なーんだ、ゆーくんか。って、あれ?今ってまだ授業中じゃないの?」
「いやー、なんか知らんけど臨時の職員会議なんだってさ。で、時間が空いちゃったんだ。これから予約、入れられるかな?」
 今日の今なので、平日とはいえ無理か?
 ちょっと不安になったが、電話の向こうから戻った答えはラッキーにも予想に反していた。
「いいよー。今から休憩だったんだけど、ほかならないゆーくんの頼みだからさ。待っているから、おいで」
「うお!さんきゅー!」
 やっぱ、詰まるところはコレだな。リラクゼーションなくしては、ヴァンパイアの身で普通の高校生なんか演じていられるもんか。
 「お楽しみ」が待っていると思っただけで、昨晩のハードワークの疲れも吹っ飛んだ気になるから不思議だ。正直、出費は少ない金額ではない。痛いけど、唯一といっていいほどのオレの趣味なのだ。第一、自分で稼いだ金を払ってするのだから、誰からも文句なんか言わせない。
 ハレルヤへ向かう足取りも心なしか軽くなった。

 校門を出て十分ほど行けば繁華街が見えてくる。この街は、駅前だけにぎわいを見せる典型的な地方都市だ。だから、電車通学をしない者には、あてのない寄り道などというオツな真似はなかなかできない。
 目指す店は、表通りから一本入った路地に面する雑居ビルの三階にある。
 エレベータを待つのももどかしいので、階段を一段抜かしで駆け上っていく。こんなに元気ならリラクゼーションの必要なし、なんて野暮は言わないでくれ。せめて、エコロジーに貢献していると褒めてほしい。
 やがて、「リラクゼーション・ハウス ハレルヤ」と控え目に看板を掲げたドアの前に到着した。店名の下には、各種のメニューと料金が書かれた一覧表が貼ってある。明朗会計を売り物にしているだけに潔い。こういうところに、店長のゆーさんの性格が反映されているんだろう。
「ちわーっす!」
「おや、早かったんだね。どーぞ、こっち」
 店長じきじきのお出迎えだ。オレってお馴染みさんだからな。
 ゆーさんこと沖田悠介(おきたゆうすけ)さんは、オレの兄貴分的存在だ。
 ルックスだけならかなりのイケメン。日曜の朝にやっていた変身ヒーロー物の主人公に似ていなくもない。確かアレは太鼓を叩いて悪者を退治していたけど、残念ながらゆーさんはそんなに勇ましくない。逆に、いかにも誰かに襲われそうなタイプだ。
 そして事実、ゆーさんは、バルバラがかつて請け負った事件の被害者だった。ミッションを通じて知り合いになったのだが、同じ名前ということですぐに意気投合した。
 だけど、兄貴分といっても実際に生きている年数はオレの方が遥かに長い。
 だって、オレ、ヴァンパイアだもん。えーっと、記憶は定かじゃねえけど、たぶん五十年は下らないと思うぜ。
 ゆーさんは三十をちょい回ったくらいだから、その差は歴然。けど、完全にオレが甘えている。というか、本音を言える唯一の相手だといってもいい。

「それで……って聞いてる?」
「聞いてるよぉー……あー、気持ちいいー」
「こうすると、かなりいいでしょう?……ゆーくん、ここ、弱いよね」
「うっ……!もちっと優しくして」
 ――「なんだかなー」の会話に聞こえなくもないが、ゆーさんはともかく、オレにはそっちのケはまったくない。
「うひー!きくぅー!ちょ、ちょい、タンマ!!」
 あまりの刺激の強さに、悲鳴が上がってしまった。
「なーんだよ、だらしない。これで痛いってことは、ゆーくん、腎臓悪いよ」
「え?腎臓?……て、オレみたいなモンでも内臓の不調なんてアリなの?」
「さあねえー。心配なら、お医者、紹介しようか?」
 医者って……。そんなことされたら、オレの正体がバレちまう。この人って、そういうあたりが全然わかってない。じゃなくて、オレのなんたるかを知っているくせにこの言いよう。どういう思考回路をしているのか頭ン中をのぞいてみたい。
 ゆーさんは、助言をしながら、今度は細いスリコギみたいな棒で、土踏まずの中心にある腎臓のツボを刺激してきた。
 確かに痛い。というより、はっきり激痛だ。
 こりゃ、内臓うんぬんじゃなくて、むしろ疲れだな。つまりは、睡眠不足&過剰労働。
 満月近くは、それでなくてもミッションの数が激増する。月まわりのせいで、オーガーの動きが活発になるからだ。
 勝手に納得していると、次に手のひらで足の裏全体をもみしだかれた。――これはかなり気持ちいい。
「おととい、君の片割れがここに来たよ」
 うっとりしている間に話題は別のものへと変わっている。
「片割れぇー?」
 言われても、眠気にも似た心地よさのせいで、それが誰かすぐにわからない。一拍置いて、鬼堂を指しているのだと理解できた。
「タッキーって、マジ、カッコイイよね。僕の好みそのものって感じ!落ち着いていて、理知的で、あれでゆーくんと同じ高校生だなんて、信じらんない」
 語尾にはっきりハートマークが付いた。
 言い忘れていたが、ゆーさんはれっきとした(?)同性愛者だ。それも美少年狙いの攻めタイプ。なのに、オレは微妙に好みから外れるのだという。(別にオレ、自分が美少年だなんて思ってないし、男にモテなくても支障はないぜ)
 そしてもっと言うなら、可愛い系より凛々しいヤツがツボなんだそうだ。(え?じゃあ、オレって可愛い系なのか?まあさ、確かに小柄ではあるけど……て、ほっとけ!)
 だからなのかは知らないが、ひと目会ったその時から、ゆーさんは鬼堂に夢中だった。
 けどさ、言うに事欠いて、鬼堂をタッキーなんて呼ぶか?フツー。……絶対にあいつの性格を見誤っている。じゃなくてこの場合、鬼堂が猫かぶっているって表現する方が正解かも。
 鬼堂は外面が驚異的にいい。本性をむきだしにしてくるのは、オーガーと迷惑にもオレに対してだけだ。バルバラの所長や、直属の上司の風間今日子(かざまきょうこ)さんまでもがだまされているのだから、演技力も相当なものだ。
 憤慨する胸の内がバレバレだったんだろうか。ゆーさんが、オレの足から顔へ視線を移動させながら苦笑いを浮かべた。そしてフォローのひとこと。
「だからって、ゆーくんを気に入ってないわけじゃないんだよ。というか、感謝してる!おかげでタッキーとも定期的に会えるわけだし。君は僕の可愛い弟ってとこかな」
 そうなんだ。この点がオレにも不可解なんだ。
 あの鬼堂が、オレにならったかのようにリフレクソロジーにはまっている。
 ――冗談だろう?
 ゆーさんから教えてもらった時の率直な感想だ。それほどに意外な組み合わせなのだが、それが一ヵ月も続くとなると、さすがに信じないわけにはいかない。
 きっかけは、鬼堂のやつに、オレの唯一とも言えるこの趣味にケチをつけられたことだ。

 オレが心から愛しているのは、ずばりリラクゼーション。ひたすらそれを追求し、ありとあらゆるノウハウに精通するほどだ。アロマなんて、ちょっとした専門家並みの知識がある。酸素バーも登場と同時に飛びついたが、空気にお金を払うという考えが定着しなかったのか、あっという間に姿を消してしまった。あれは残念だった。
 そして、今こっているのが、リフレクソロジー。本当は全身をオイルマッサージ、といきたいところではあるのだが、胸や首筋など、微妙な箇所に触れられると、いらぬ疑惑を施術師に与える恐れがある。
 相手がゆーさんなら構わないが、いつも担当してもらえるわけじゃない。マッサージの最中に、脈が感じられないなんて悟られたら、自分の正体がバレちまう。
 けど、足裏だとその心配がない。おまけに手軽で料金もほどほど。そこが決め手と言ってもいいくらいだ。いくら働いているとはいえ、収入には限りがある。オレって意外と質素なんだぜ。
 でも、大好きな趣味を誇らしげに公言するオレを、じじむさいと非難したのは鬼堂だ。よく知りもしないくせにと文句で返したら、とたんにムキになったまではお約束だった。
 負けず嫌いに火がついたと知ったのは、だいぶ経ってからだ。自分も付き合うと言いだした時には、一分ほど口が半開きになってしまった。
 だって、リフレクソロジーと鬼堂だろう?あまりに似合わない。
 だが、やつはこれが気に入ったのか、はたまたハレルヤ自体が好みだったのか、もしくは(考えたくもないが)店長のゆーさんに魅了されたのか……。いずれが本当の理由かはわからないが、オレなしでもちょくちょく通ってくるのだという。
 やっぱ、スレイヤーの考えることなんてオレには理解できん。あいつみたいな天才野郎は特にだ。

「実はさ」
 なにかを思いだしのか、ふいにゆーさんが呟いた。
「最近、稀に見る豊作でー、人生バラ色って感じなのよ。タッキーと同じ頃から、もうひとり好みの子が来店するようになったんだ」
「ふーん」
「でね、聞いてよゆーくん!その彼って、タッキーにそっくりなんだよ」
 あいつに似ている人間がすぐ近くにもうひとりいる。そんな恐ろしいことってあるか?
 考えただけで身震いがしたが、当然ともいえる反応にもゆーさんは完全に無視を決めこんでいる。この人は、オレが鬼堂を苦手なのをよく知っている。
「だけど、僕としたことが、これまで一度も彼の施術を担当していないんだ。どうしてだか、タッキーと予定が見事にかち合っていてさ……。だからって、愛しのタッキーを蔑ろにはできないし。神様にイジワルされているとしか思えないよー」
 ……あー、そうですか。それはそれは、さぞかし無念でしょう。お悔やみ申し上げます。
 聞いていてアホらしくなってきた。なにがアホって、ホ○人間の○モ話ほどこれに相当するものはない。まるで理解できないのだ。男が男に惹かれるその理由に。共感できる余地なんて一ミリもない。
 オレの「あきれ〜」は、施術中のゆーさんにはまったく伝わっていない。手だけはきっちり動いていたが、顔つきと口はベツモノだ。うっとりした表情で己の新たな想い人の話を続ける。
「渡会(わたらい)アキラくんっていうんだ。年の頃はタッキーと同じくらいかな?タッキーもだけど、彼も今時の男の子には珍しく黒髪の短髪でさ、でもそこがまたルックスを引き立ててるって感じでいいんだよねー」
 ふーん、よかったね。ま、オレには関係ないけど。
 恍惚の表情を浮かべるゆーさんだが、さすがにこの道のプロだけあって、マッサージのツボは外していない。あまりの気持ちよさも手伝って、徐々に会話がおろそかになっていく。
「ゆーくん?……聞いてる?」
 問われたと同時に、今一度腎臓のツボを刺激された。
「いっ、いってー!!」
 盛大に悲鳴を上げるオレに、ゆーさんが無情に囁く。
「やっぱ、お医者で診てもらった方がいいよ、腎臓」



BACK/NEXT

inserted by FC2 system