チェキ!―CHECK IT !(3)

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チェキ!―CHECK IT !(3)



 紆余曲折あったものの、おおかたのところは満足でハレルヤをあとにした。来た時と同様、エレベータは使わず、階段を駆け下りビルのエントランスを出る。
 ところが、そこで思わぬ相手と鉢合わせした。
「高橋……さん?」
「あっと……!ぐ、偶然ね!」
 見つかった驚きからか声が裏返った。戻った答えを聞いて、とたんにいつもの不快感に見舞われる。
 偶然なわけがない。こいつの家は確か駅とは反対方向だ。一度だけ、写真を見せたいからという理由で、なかば強制的に家まで連れて行かれたことがあった。思えば、その時からずーっと、「なんだ?この女」状態は続いている。
 おまけに高橋は、オレとは違い真面目で通る生徒だ。だから、帰宅もせず帰りがけに駅前までわざわざ出向く理由がない。オレみたいに目的場所と約束があってというのなら話は別だが、別れ際の口振りだと学校に残り部活をしていたと考えるのが妥当だ。
 まさか、校外活動?……なんて、あり得ねえよなあ。
 疑いの眼を向けていると、もうひとり、こっちはできればプライベートでは会いたくないやつまで登場した。
「神座も隅に置けないな」
 顔も見ていないというのに、声だけで相手が判別できる自分が嫌だ。
 確認の意味で視線を向けると、そこにはやっぱり鬼堂がいる。
 トレードマークの帽子を今日はかぶっていない。まあ、制服で帽子っていうのも妙だし、それをしないのは、こいつが真っ当なセンスの持ち主だから、ということにしておこう。
 鬼堂とオレは通う学校が違う。なのに、こんな場所で会うというのは、たぶん、こいつの向かう先はハレルヤ。鬼堂も昨晩の疲れを癒しに来たといったところか。
 推理に夢中になったオレは、鬼堂の台詞の中身がまるごとゴソッと意識から抜け落ちてしまった。横にいた高橋の方がよっぽど正しい反応を示している。真っ赤になり、なにやら懸命に言い訳を口にした。
「わ、私は別に神座くんとはっ……!そ、そういう関係じゃ、あ、ありませんからっ!」
 どもりながら言い捨てて、高橋、退場。すごい勢いで背中を向け駆けだす後ろ姿を、鬼堂が怪訝そうに眺めている。
「もしかして、じゃましたのかな?」
「なにが?」
「デートだったんじゃないのか?」
「デ、デートぉ!?」
 どこをどうとらえればそんな結論に行き着くんだよ?場に険悪ムードが漂っていたってーのに、それにまったく気づかなかったというのか?この動物的に勘の鋭い鬼堂が?
「悪かった。今度からは気をつける」
 おまけに謝られた。
 こりゃ、明日は大嵐か?
 鬼堂の真意を量りかねていると、いきなりあいつの目に緊張が走った。普通の高校生がスレイヤーに変身した瞬間だ。
「どうした?」
 自ずとオレもお仕事モードに切り替わる。考えの相容れない部分が多いとはいえ、こいつとパートナーを組んで一年半。いくらオレでも、雰囲気だけで察するくらいはできるようになっていた。
「なんでもない振りをしろ。他愛のない話題でいい。世間話をしているように見せかけるんだ!」
 指示する声が真剣だ。ほとんど囁きに近いボリュームだが、逆らうなど考えもしなかった。こういった場合のリーダーシップは、いつも鬼堂が取る。冷静なこいつの方が、オレより正しく事態を導けるからだ。
 ここから先のオレの演技は、傍から見れば大根役者の大立ち回りに等しいだろう。ド素人なんだから、そこはカンベン。足りない部分は、鬼堂、おまえがカバーしてくれ。
「おまえも気がきかねーな!友だちなら見て見ぬ振りをするのがフツーじゃねえ?」
「……僕が鈍感だとでも?」
「あったりめーだろう!カノジョ、驚いて帰っちゃったじゃん。どーしてくれるんだよ!」
「すまない」
 会話を進めながら、鬼堂が左を見ろと視線で促してくる。スレイヤーもそうだが、ヴァンパイアは人より視界が広い。前者は訓練の賜物で後者は生まれつきという差はあるものの、実戦に際してはこれが意外にモノをいう。
 そこにはひとりの男がいた。それもたぶん、オレら変わらない年頃のやつだ。おまけに、見覚えのある制服を身につけている。いや、見覚えがあるどころの話じゃない。オレが通うガッコのじゃねえか。
 こいつがどうかしたって?鬼堂ってば、なにをそんなにテンパってんだ?
 疑問はいろいろ湧いて出たが、別の意味でもそいつに一発で目を引き付けられたのも事実だ。
 だって……。
 マジ、すげぇ……。美形って、こういうやつを言うのかもしんない。
 普通の高校生よりはだいぶ長く生きているが、正直、こんな上玉にはあまりお目にかからない。それほどに人目を引く美丈夫だった。
 こいつの周りだけ空気が違うというか、オーラがあふれている。背格好はオレより長身……つーか、鬼堂とほぼ同じ。少なく見積もっても自分より十センチは高いだろう。おまけにナイスプロポーション。スレンダーで手足も長い。
 そして、なによりも目を奪われたのは、揺るぎない強さを秘めた瞳だ。確固たるものを持つ自信の表れとでもいうのだろうか、そんな凛とした光を帯びていた。
 だれかに似てんな……。それもオレのよく知っているやつ。……誰だ?
 と思いながら、隣にいるパートナーを見やる。
 あー、なんだ、こいつか。
 疑問はあっけないほどすぐに解けた。なるほど、その男と鬼堂は同じ部類に属する。そういえば鬼堂も、澄ましていればいっぱしの美少年だ。
 そこまで考えを巡らせている間にも、そいつはオレたちの脇を無言のまま通り過ぎて、今さっきオレが出てきたばかりのビルへ入っていってしまった。
「悪いな。もう少し様子を見たい。……あとで落ち合おう」
 それだけ言い残すと、返事も待たずに鬼堂も男を追いかける。
 ……え。
 あまりに自然な別れ方だったので、気づくのが盛大に遅れた。
 あ…あとで落ち合うって……。じゃあ、オレにそれまでここで待ってろってーの?
 ゆーさんに癒され和んでいた気分が見る見る萎むのがわかる。なけなしの小遣いをはたいてしてもらったリラクゼーションも、効果が持続したのはわずか十分という短さだった。



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