チェキ!―CHECK IT !(4)

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チェキ!―CHECK IT !(4)



◇◇ ふざけるな!−樹サイド ◇◇


 鬼の名を持つスレイヤー。誰がつけたか知らないが、仕事仲間は僕を「瞬殺の鬼」と呼ぶ。
 表の顔は県下有数の進学校に通う高校生。だが、本業はハンター。いわゆる殺し屋だ。ただ、殺しの対象は、人間ではなくヴァンパイアや狼男などの「人外」。それも、人に危害を及ぼす連中に限られる。

 通り名だけでなく、どういう因果か本名の方にも「鬼」の文字が入る。
 ――鬼堂樹。
 中学時代、全米ジュニアにまで出場したテニスのチャンピオン。それが昔の僕だった。
 僕をスレイヤーにスカウトした人物は、今現在所属するオーガー退治の老舗組織「バルバラ」の所長だ。どういう理由で目を付けられたのかは、いまだにはっきり教えてもらえていない。誰かの推薦があったとのウワサも聞くが、それも定かじゃなかった。

 スレイヤーという職業には、人並外れた能力がいくつも要求される。
 それは、運動能力だったり判断力だったり、洞察力、心理的駆け引き、もっと言うなら、武器を扱う手先の器用さも範疇に入る。そして、それらのすべては、一流テニスプレイヤーに求められるものとほぼ一致していた。
 素直にとらえるのなら、スレイヤーの基盤がすでに備わっていたからこそ、自分に白羽の矢が当たったのだろう。育成するにも、その方がいろいろと都合がいいに決まっている。バルバラは合理至上主義だけに、この予想は意外と正解な気がする。

 そういう僕の方も、バルバラから声がかかった頃、別の理由でテニスに見切りをつけようとしていた。その最大の理由が経済的限界だ。
 普通の中学の部活程度ならまだしも、なまじ強かっただけに、遠征試合の連続で鬼堂家の家計は火の車状態。なにしろうちは、父親が自称画家というやくざな商売をしている。収入の不安定を埋め合わせるため母親がフルタイムで働いていたが、それだけじゃとてもまかないきれていなかった。
 テニスなんて、しょせんは金持ちのお遊びだ。それより早く独り立ちしたい。
 風来坊の父を見ていたからこそ、余計にそう思えたのかもしれない。結果、僕はスレイヤーになる決心を固め、そして今日に至る。僕がまだ中二の春、十三歳の時だ。

 あれから二年、物騒な通り名の示すように、数々の実績を重ね、組織内でのポジションは不動のものとなった。

 こう並べると、あたかも順風満帆のように聞こえるが、実際にはかなりの葛藤もあった。
 そのひとつが、人外ハンターとパートナーを組むというバルバラ特有のシステムだ。
 僕はもともとチームプレイが大の苦手だ。数あるスポーツの中からテニスを選んだのも、個人競技というのが魅力的に映ったからに過ぎない。それなのに、あろうことか人外と一緒に仕事をしろと言われ、相当に憤慨したのは当然だろう。
 だが、上からの命令は絶対だ。嫌ならバルバラを辞めなければならない。だからといって、テニスの世界に戻ることもできない。スレイヤーなんて、ある意味バケモノだ。人間ばなれした運動能力を活かせる道など、ハンターのほかには思いつけなかった。
 納得ずくで仕事に取り組まなかったせいか、ハンター稼業を始めて半年はパートナーがコロコロと変わった。一緒に仕事をする相手との意思疎通がスムーズにいかない。それゆえ、コンビを組めないままひとりでミッションをこなした回数の方が多かったくらいだ。それほど僕は、人外連中を信頼できていなかった。

 今の相棒、神座由典は、実に六人目のパートナーだ。だが、ここまで長く一緒に仕事をしていられるのもかなり異例だろう。
 ポカもずいぶんやらかすが、あいつの長所は高い身体能力と裏表のない性格に尽きる。特に実戦では成果をきちんと出すので、多少の失敗にも目がつぶれた。妙な馴れ合いがないのも気が楽なゆえんだ。

 だから神座にはきっちり命令に従ってほしかった。僕を蔑ろにし、勝手な行動を取るのだけは、いまだにどうしても許せなかった。

 * * *

 目の前のビルの三階には、男の行きつけの店がある。――沖田さんの店、リラクゼーション・ハウス「ハレルヤ」だ。
 やつがハレルヤに来るだろうと予測し、ここで張っていた甲斐があった。おまけに、今日の服装で新たな事実が判明した。
 身につけていた制服は、神座の通う私立緑川学園のものだ。
 だけど、あいつはただの高校生じゃない。おそらくは人外。しかも、こうまで完璧に人外特有の「匂い」をコントロールしているところをみると、かなりの食わせ者に違いない。
 僕はやつを、ここのところ立て続けに起きている、オーガーによる暴行事件の犯人と想定していた。襲われるのが女性ばかり。それも、どこかでやつと関係している者に限られるからだ。

 十歩ほど前を行く背中を目で追い小さく舌打ちをする。昼間という時間帯のせいなのか、ハンターの嗅覚を刺激するようなものは、今の男からはなにも感じ取れない。
 神座にはここで待つよう言い残し、男のあとに続くかたちでビルへと向かう。メインエントランスのドアを開いたタイミングで、やつを乗せたエレベータが閉まりかけた。同乗するのをあえてあきらめ、降りる階を確かめるため移動する灯りの点滅をにらむ。
 エレベータは三階で止まった。ハレルヤがある階だ。
 すぐさまエレベータ脇の階段をいっきに駆け上った。そして、店内に入る前に、念のため深呼吸を数回繰り返し慎重に己の殺気を消す。いくら馴染みの場所でも、ハンターたるもの、自分の正体を気取られるようなことがあってはならない。

「こんにちは」
 ドアの向こうには見慣れた光景があった。神座に誘われここに通いだしたのはつい一ヵ月前だ。それでもたぶん、来た回数は十回を下らない。ここ二週ほどに限っていえば、常連の神座より足しげく通っていると思う。
「いらっしゃいませ。あら、樹くん。今日は学校から直行?」
 出迎えてくれたのは、沖田さんではなく副店長の宮島さんだ。
「今日は、いつものリフレクソロジー?」
「ええ。予約を入れてないんですけど、お願いできますか?」
「大丈夫よ。あ、だけどごめんね。店長は今、別のお客を担当しているのよ。時間はある?少し待つ?それとも、今日は私がしてあげようか」
 話の内容からすぐに事情が呑みこめた。沖田さんは、おそらくあの男と一緒だ。だったらここは宮島さんを指名し、首尾よく隣の部屋にでも入れれば情報をゲットできる。やつが人外との確信はあったが、いまだ証拠はつかめていない。とにかく、なんでもいいから決め手が欲しかった。
「うん。じゃあ、宮島さんにお願いしようかな」
 自分ができる精いっぱいのいい子ぶった口調で返事をした。
 ハレルヤでの僕は、常に純真で真面目な高校生を演じている。迂闊に本性などのぞかせたら、絶対相手に警戒心を起こさせてしまう。意識しないままだと、危ない空気を振りまいている自覚くらいちゃんとある。
 こんな姿を神座が見たらきっと大笑いするな。それだけじゃなく、当分からかいのネタにされそうだ。
「ちょっとここで待っていてくれる?すぐに用意するからね」
 ひとこと残し、宮島さんが店の奥に消えた。
 ひとり残された僕は、待合のソファに腰かけ施術の準備が整うのを待つ。さすがにリラクゼーション・ハウスだけあって、ここの店はどこも居心地がいい。だが、今はのんびりなどしていられないのだ。なにか変化はないかと、神経を研ぎ澄ませ、廊下の先の様子をうかがい続けた。

「お待たせ、樹くん。どうぞー」
 準備を終えた宮島さんの案内に従いながら、廊下の両側に並ぶドアをひとつひとつ確認していく。施錠を示す赤い印が、一番奥のドアノブのヘッドにだけ見えた。きっと、中にはあのふたりがいるに違いない。
 僕が連れて行かれたのは、幸運にもその手前の部屋だ。混雑していなくて助かった。これなら盗み聞きは楽勝だ。
 個室のシートに身を預けて耳を澄ますと、思ったとおりかなり鮮明に隣の話し声が聞こえてきた。
「――だったんだってさ。なんかウソみたいな話でしょう?」
「あははは。そうなんですか。沖田さんって、本当に楽しい方ですね」
 いつもと比べて男のテンションがやけに高い。おそらく、話好きの沖田さんのペースにつられているんだろう。
 僕はリラックスしている振りで黙って目を閉じた。こうしている限り、相手が宮島さんなら放っておいてくれる。
「ところで、沖田さんのお知り合いに鬼堂という人はいますか?」
 唐突に男から自分の名前が出た。
「鬼堂って、タッキーのこと?」
 沖田さんは、人はいいが口が軽くて困る。それにしても、この店の個人情報っていうのはいったいどうなっているんだ。いくら親しいとはいえ、客の話を個人的にするのは反則だぞ。
 あとできっちり釘を刺しておこうと思うが、すぐにやぶ蛇だと気づいた。そんな話を持ちだしたら、逆に盗み聞きがバレてしまう。
「タッキーですか……。愛称で呼ぶなんて、かなり親しいみたいですね」
「そうだね。年は離れているけど、確かに普通よりは仲がいいかな。タッキーは高一だから、アキラくんと同い年だね。……そういえばさ、君の制服姿って初めて見たけど……すごくいいね」
 弾んだ声の感じでわかってしまった。それでなくても、沖田さんの特殊な趣味は、神座から聞いてすでに把握済みだ。
 なるほど。あいつもばっちり「好み」というわけか。
 実はこの前、遠回しな言い方ながらも、沖田さんからデートのお誘いがあった。もちろん、自分にはそっち方面の趣向はまったくないので、やんわりとお断りした。男に欲情する男っていうのは、本当にどういう思考回路をしているんだろう?わからないし、わかりたくもない。
「今度からさー、僕が君の担当をしてもいいかな?」
「いいですよ。楽しい方にしてもらうのは、ボクも気分転換になりますから。それに、店長じきじきにっていうのは光栄ですね。お馴染みさんに格上げされた感じがして嬉しいです」
 やはりこの男、一筋縄ではいかない。サラッと相手を持ち上げるなんて、普通の高校生にできる芸当じゃない。
 年をごまかしているんじゃないのか?案外、「なんちゃって高校生」を演じるホストだったりして。
 容姿を思えば、あながち間違いじゃない気もする。
 アキラと呼ばれた男は、客観的に見て実に格好いいのだ。スレンダーでしなやかな体つき。黙っていても人目を引く顔立ち。笑うとものすごく華がある雰囲気になるんだろう。そのくらいは容易に想像できる。

 一皮むけば鬼になるやつなのに。人外で、おまけにオーガーの疑いがあるくせに。ルックスで人をだますなんて詐欺だ。

 目を閉じたままだったが、眉間にしわが寄っていたのだろう。それを苦痛と勘違いした宮島さんが、あわてて言葉をかけてきた。
「大丈夫?痛いかな?」
「いいえ、平気です」
 会話が気になり思わず演技がおろそかになる。外国人のような平板な言いようになってしまったが、宮島さんは変だと思っていないらしい。いったん止まった手が再び動きだした。隣の部屋では、まだやり取りが続いている。
「本当はね、最初から僕が君を担当したかったんだけど、どうしてかアキラくんって、そのー、タッキーと来店のタイミングがかち合う場合が多いんだよね」
 う……っ!
 今度こそはっきり息が詰まってしまった。マズい!このままだと、僕があいつの行動を監視していたのがバレる。
 平静を装っていたが、内心はものすごく焦った。そして、再び宮島さんの問いかけ。
「やっぱりキツい?」
「大丈夫です。続けてください」
「そう?辛かったら遠慮せずに言ってくださいね」
「はい」
 気のない返事をしながら、ありったけの神経を耳に集中する。だが、どういうわけか、やつは沖田さんの話に食いついてこない。それどころか、沖田さんの台詞を最後にまったく話し声がしなくなった。
 どうしたんだろう?
 疑問を感じたその時、沖田さんのこのうえもなく甘い囁きが聞こえた。
「寝ちゃったの?……アキラくん」
 ぞわっ。
 全身の皮膚が粟立った。背中に冷たい汗まで浮かんでいる。
 危ない男だ。神座のやつは、こんなわけのわからん人間と親しくしていて、貞操の危機とか感じたりしないんだろうか。
 沖田さんにとっての神座が仮にドストライクじゃないにしても、ギリギリコーナーに入る程度のものは備わっているだろう。普通に見ても、あいつの容姿は上の中くらい。飢えた狼なら、喜んで食いつくはずだ。
 神座のあまりの鈍感ぶりに、呆れるというよりむしろ脱帽したくなった。パートナーを組んで以来、僕があいつを尊敬した初めての瞬間だ。
 僕も沖田さんと接する時は心してかかろう。特に施術中は、絶対に意識をなくさないようにしなくては。

 それはさておき、盗み聞きの甲斐あって、今日はちゃんと収穫があった。面識もない男から僕の名前が出たのは、決定的証拠といってもいい。なぜなら、「瞬殺の鬼」の異名を持つ僕は、人外の間でちょっとした有名人なのだという。顔は知られていなくても、名前と実績だけはかなりウワサになっているようなのだ。
 だけど、やつに正体を知られてしまったのなら、僕自身が動くのは好ましくないのかもしれない。それより、同じ学校に通ってはいても、面が割れていない神座を使った方がいいな。
 あいつに「待て」と命じておいてよかった。おかげで、すぐに計画を行動に移せる。ここを出たら、さっそく神座に監視をさせよう。

 施術を終え待合に戻った時には、アキラと呼ばれた人物の姿はもうなかった。会計で沖田さんと顔を合わせた僕は、義務的な笑顔で形ばかりの挨拶をする。
「おじゃましています」
「あっれー、タッキー来てたの?」
 どうでもいいが、その呼び方はどうにかしてくれないだろうか?
 先ほど盗み聞きした会話の内容とあいまって、不快感から顔に縦じまが入りそうになるが、それはなんとかこらえた。
「お忙しいみたいだったから、今日は宮島さんに担当してもらっちゃいました」
 ぶりっ子は継続中だ。気持ち悪さと戦いながら話を続ける。
「ああ、残念!本当に君と彼って見事に予定がシンクロするよね」
「彼って、誰なんですか?今日はその人の担当をしていたの?」
「うん、ごめんね。でも今日だけ!前もって連絡さえ入れてくれれば、絶対に体を空けて待ってるからね」
「その人って……男、ですよね?」
 少しでも多くの情報を得ようと鎌をかけたら、狙いどおりの返事が戻った。
「気になる?」
「いいえ、別に。気になんかしていませんよ」
 素っ気ない振りをしたのが意外と功を奏し、とたんに獲物が食いついた。
「沖田さんって、引く手あまたですもんね。僕にだけ特別なわけじゃないんだし」
「もうっ……!」
 ダメ押しのつもりでジッと見つめてみたら、あっけないほどすぐ落ちた。
 ふーん。こんなベタな演技でも相手によっては武器になるのか……。新たな発見だ。……別の人間に通用するかどうかは疑問だが。
「アキラくんよりタッキーの方が可愛いよ」
 き、来た……!だけど、怯むな、自分。ここで耐えてもういっちょう踏みこんでやれ!
「アキラくん?下の名前で呼んでいるんですか?」
「苗字の響きがね、固いんだ。だから」
「響きが固い?」
「そう。渡会っていうんだよ。なんか言いにくいでしょ。……やだなあ。そのくらいのことで焼きもち妬いてたの?」
 やった!追加情報ゲットだ!続けて言われたひとことは、この際、無視しよう。
 偽名かもしれないが、今はこれさえわかれば十分だ。学校でも、きっと同じ名前で通しているだろう。ならば、神座の調査がしやすくなる。
「じゃあ、また来ます。その時はよろしく」
「わかってるよー。できれば前もって電話をくれると助かるな。そうしてもらえれば、絶対にほかを断って待ってるから」
 念を押すように「待っている」と言われ、苦笑しながらドアを閉めた。たぶん、もうここへは来ないだろう。沖田さんとも、おそらくこれっきりになるはずだ。
 そのまま階段をいっきに駆け下りた。ところが待機を命じたはずの神座の姿が見当たらない。
 まさか、渡会に人外の匂いでも感じて、ひとりで尾行していったのか?
 希望的観測からチラッと考えたが、それはまずあり得ない。残念だがあいつは、そこまで機転や応用がきかない。
 だったら、答えはひとつ。命令を無視したに違いない。
 焦りは憤りへ姿を変えた。
 神座!おまえはいったいこの仕事をなんだと思っているんだ!ふざけるなっ!!



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