チェキ!―CHECK IT !(5)

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チェキ!―CHECK IT !(5)



◇◇ カンベンしろよ!−由典サイド ◇◇


 鬼堂に置き去りにされ、暗にそのまま「待て」を命じられたオレだったが、犬じゃあるまいし、あいつの言い成りにばかりなっていられるもんか!
 指示を出した相手が天敵のスレイヤーという事実も、本人さえ目の前にいなければ忘却の彼方だ。
 改めて憤慨を自覚したオレは、言いつけになど従わずに立ち去る決心を固める。幸い、ストーカー高橋もトンズラしてくれた。
 オレは自由だ!誰にも束縛なんかさせねーぜ!
 強気の考えが頭を占める。占めたと同時に態度に表れた。
 やーめた!鬼堂に付き合うのは夜中の「お仕事」だけでたくさんだ。せっかく通っているガッコも違うんだし、昼間は別行動でもよくねえ?いいよな!そんくらいのわがまま、許されたってバチは当たらんだろう。
 ハレルヤのビルにクルリと背を向け歩き始める。今は三時前。自由時間は今さっき始まったばかりだ。おまけに今日はまだミッションの指令が入っていない。ならば、夕方までの自由は保障されたも同然。

 早足に大通りまで進みでる。そこで、うちのガッコの制服を着た女子高生の一団と出会った。それだけなら別段どうこうって問題じゃないんだが、よく見ると、ちょっとマズい人物が混じっている。高橋とは別の意味でのマズさだ。
「あれー?ユースケ。こんなところでなにしてんの?」
 目ざとくオレを見つけ声をかけてきたのは、クラスメイトの安住果南(あずみかなん)だ。自称、オレのガールフレンド。だからって別に付き合っているわけじゃない。ただあいつは、考えようによっては高橋よりも性質が悪い。
 弱みを握られている。……オレが何者かというのを知っているんだ。
 ――弱みどころじゃねえな。最大の秘密じゃん。
 長年生きてりゃ、ポカをさらすことだって一度や二度じゃない。いちいち覚えていないだけで、数え上げればきりがなかった。
 だけど、人外じゃないやつに正体を見破られたのは、バルバラに関わる人間以外ではこいつだけだ。事件関係者という立場から知ったゆーさんとはわけが違う。それには、情けなくも内緒にしておきたい事情があった。

 * * *

 忘れもしない、あれは初夏の出来事だ。
 五月晴れの空の下、昼食を終えたオレは校舎の屋上で大の字になっていた。
 あー、気持ちいいー。なんだかこのまま寝ちまいそうだ。
 本来ならこの時間はヴァンパイアの夜中に相当する。自然の摂理に従いウトウトし始めたオレだったが、唐突に無視できない単語が耳に届き、いっきに目が覚めた。
「だから、その人ってヴァンパイアなんだって」
 冷静に考えれば、なにも自分を指しているわけじゃないとわかりそうなものだ。しかし、半覚醒状態だったせいもあり、焦りから抑える間もなく声が出てしまう。
「違う!オ、オレはヴァンパイアじゃねえって!」
 言ってからマズいと気づく。必死の否定など肯定に等しい。
 視線の先にはびっくり眼のクラスメイト。彼女は、昼休みを利用し誰かと携帯で話をしていたようで、周りに会話の相手と思しき人物は見当たらない。というか、見渡したところ、屋上にいるのはオレたちふたりだけだ。
「……えっと?」
 いきなりの発言に、その子はどう対応していいかわからなくなっている。携帯を折りたたんだきり黙ってしまった。オレだって同じようなものだ。
 そのまましばらく、どちらからも言葉がなかったが、やがて遠慮気味に声をかけられた。
「神座くん……。今のって寝言?夢でも見ていたの?」
 夢……!
 そうだ、その手があった!
 思いがけず解決のヒントを得られ、嬉しさから心の中で小躍りをしてしまう。
「そ、そう!夢っ、夢見てたみたいなんだよ!オレさー、ね…寝不足らしくて。あははは……」
 微妙に力んでしまったが、この際それはよしとしよう。大声で笑うオレに、向こうもホッとしているようだ。顔つきの強張りが解けてきている。
「そうなの。だけどヴァンパイアに間違えられる夢なんて、かなりマニアックだよね。もしかして、神座くんも私と同じでヴァンパイア好きだったりする?」
 屈託のないその子の笑顔と、ばれなかったという安心感から、つられて自分も気が緩んだみたいだ。
「好き嫌いっつーか、だってオレ自身がそう――」
「え?」
 あわてて口をつぐんだ。
 いかん、どうしてこんなにガードが甘くなっているんだ?
 反省しつつ相手を盗み見ると、再び怪訝そうな表情に戻ってしまっている。
 こうなってしまっては仕方がない。いなくなるが勝ちと判断したオレは、立ち上がりズボンの尻の砂埃を払い落としながら急いで言葉をつなげた。
「電話のじゃまをしてゴメン!じゃあなっ!」
 そのまま走りだそうとしたら、いきなり何者かに阻止された。見ると、彼女がグイッと腕をつかんでいる。不意打ちを食らったオレは、足がたたらを踏んでしまった。
「あのっ!」
「え?な、なに?」
「は、話ができて嬉しかったわ。また……話しかけてもいい?」
 言いながらなぜだか真っ赤になっている。そのわけがいまいちわからなかったが、申し出を拒否する理由も思い当たらない。
「別にいいぜ。けど、なんで?」
 こういうあたりを指して、ゆーさんはオレを無神経とののしるんだろう。けど、こればっかりは生きている長さに関係ないらしい。男女の機微なんてーもんは自分には無縁だ。手本になる好例も身近にはまったくなかったし。
「私、ずっと神座くんのこと気になっていたんだよ。だから……。あ!えっと、私、果南。安住果南。覚えておいてね」
 オレが、クラスメイトの名前を覚える気がないのをわかっているみたいな口振りだ。実際そうなんだが、たとえアクシデントでも、こんなふうに印象付けられると記憶に残るから不思議だ。
「わかった。安住だな」
 了承の意味で名前を口にしたとたん、満面の笑みを返された。
「じゃあね!」
 さっきとは逆に、オレじゃなく彼女が走り去ってしまう。その後ろ姿を見送りながら、普段なら忘れてしまうはずの名前をもう一度口にした。
「安住……果南か」

 それが、オレが安住を認識した最初の出来事だ。
 そのままなら、普通に個人的な話もするクラスメイト同士で終わっていたかもしれない。
 ところがどっこい、そうは問屋が卸さなかった。決定的な事件は、そのすぐ一週間後に起こった。

 その日、授業中のオレにバルバラから呼びだしがかかった。真っ昼間になんてかなり珍しい。よほど緊急だったのか、メールの送信者は所長じきじきだ。
 だからといって、授業をボイコットし勝手にバックレるわけにもいかない。おまけに今は三時限目。昼休みまで待ってなら抜けだすのも可能だが、このタイミングで誰にも咎められずにガッコを出るなど不可能に近い。
 こんな時、鬼堂のやつはどうしているんだろう?
 あいつは、どんな状況での呼びだしにも遅れたためしがない。
 確か公立の進学校に通っているはずなのに、どうやってせんせーらの監視の目をかいくぐっているんだ?
 一度コツを訊きたいと思っていたのだが、年下のガキにそれを頼むのもなんだかシャクだ。ただそれだけの理由で尋ねそびれている。
 ううー、やっぱ恥をしのんで訊いときゃよかった!
 後悔が頭をよぎるが今となっては手遅れだ。
 さて、どうしよう。
 ない頭を絞って出た結論はひとつ。
「せ、せんせー……」
 おずおずと手を挙げる。発した声も蚊が鳴くみたいで情けない。
「どうした?神座」
 こんな真似はいくらオレでもパスしたい。でも、手段を選ぶ余裕もない。
「ちょ、ちょっとオレ、腹痛みたいで……。すんません。トイレに行ってもいいっスか?」
 高一だというのに、言っている内容は限りなく小学生レベル。それに対する反応はというと、せんせーはおろか、クラスの全員の呆れ顔がオレに向けられた。あちらこちらで失笑めいたざわめきも起きている。
「おまえなー……。もう!仕方ないな。行ってこい!」
 赤っ恥覚悟で宣言したおかげか、中座を許可され、オレは内心したり顔で、でも顔つきは申し訳なさそうに、そそくさと廊下へ飛びだした。
 そのままトイレに直行する……わけはなく、足を向けた先は屋上だ。あそこからなら、校舎の脇にある桜の大木を足がかりにして外へ出られる。そして今は授業中。おまけに今日は雨だから校庭を使っているクラスはない。ということは、おいそれと目撃される恐れもないという結論に達する。
 おお!ばっちりじゃん!
 計画のあまりの見事さに、我ながら感心してしまう。だが、完全に自画自賛だと気づいたのは、事が起きてしまってからだった。

 階段を二段抜かしで駆け上り屋上へたどり着く。念のため、ヴァンパイアならではの目のよさを利用し周囲をチェックした。
 おっし、オッケー!誰も見ていないぜ。
 確認できたと同時に、助走をつけ柵を蹴りジャンプした。第一の目標はこの学校のシンボルツリーの桜の木。一番しっかりしていそうな枝に飛びつき手をかける。クルッと一回転し今一度勢いをつけ、次なる目標へ視線を移そうとしたその時だ。
 あ……あれ?
 視界をなにか見覚えのあるものが横切った。それでも、途中で止められないのが男と新幹線だ。(て、たとえが違うだろ!)スタッと着地を決めたまではよかったが、あろうことか目の前に人がいる。
「あ……ずみ?」
 びっくりして口もきけないというのを、おそらく生まれて初めて他人と共有したんだと思う。オレ以上に安住は固まってしまっている。
 そりゃそーだ。同級生が忍者かスーパーヒーローみたいな真似を、特撮、特殊効果、CG抜きでやれば誰だって驚く。
 ど、ど、ど、どうしよう!?
 ドモリもてんこ盛り状態にならざるを得ないこの状況。オレは絵に描いたように途方に暮れてしまった。とっさに上手い言い訳なんか出てくるわけがない。てゆーか、ごまかせる方法があるなら、土下座してでも教えてもらいたいくらいだ。
 そういえば、と思いだす。教室に安住の姿はなかった。てっきり休みだと決め付けていたのに、まさか遅刻して来ることになっていたとは……!

 屋上の時と同様、しばし声もなく見つめ合ってしまった。そのままどのくらいの時間が流れただろう。気がつくとオレは全身びしょ濡れになっている。
「ふ…ふあっくしょん!」
 思わず特大のくしゃみが出た。それをきっかけに、安住があわてて駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫?」
「うん。……なんとか」
 鼻をすすり上げるさまを見て、傘を差しかけながら、ポケットからハンカチを取りだし手渡してくれる。
「あ、ありがと」
 ほとんど手拍子で受け取り、そして我に返った。
 イカン!こんなことをしている場合じゃなかった。ていうより、どーすんだよ?オレ。どうやってこの場を切り抜ける!?
 頭はたちまちフルスロットル状態だ。普段は酷使などしていないだけに、たまにやるとオーバーヒートに見舞われる。ゆえに正しく働いてくれない。悪循環だ。
 だが、安住はというと、なぜかすでに混乱を脱してしまっていた。そして、それを証明するかのようなとんでもない台詞を、このうえもなく明るい声で投げかけられた。
「久しぶりに神座くんの超人振りを見たけど、こうやって間近でやられると、やっぱりすごいねー。どうやったらそんなことできんの?」
 ヒヤッと背筋に冷たい感覚が生じる。雨に濡れたせいではなく、真実のすぐ近くを鋭く指摘されたからだ。
「神座くんって何者?」
 好奇心丸だしの眼差しで見つめられた。疑っているというより、むしろ興味津々の目つきだ。
 動きが止まったまま質問に答えられずにいると、追い討ちをかける決定的なフレーズ。
「案外、人間じゃなかったりしてね」
 どうしてそんなに平然としていられるんだよ?第一、人間じゃねえなんて、フツー人に言っていい言葉か?
 いくら長い年月を生きているオレでも、こういった状況下での女特有の考えの道筋なんてーのは永遠に理解できない。
 ……いや、ゆーさんに言わせると、オレのこれは経験やら知識やらとはまったくのベツモノ、いわゆる鈍感と片付けられる類らしいのだが、まあ、それはこの際どうでもいい。論点はそこじゃない。
「ねえ、絶対にそうでしょう!今のコレで自分の考えに自信を持っちゃったよ」
 断言され返答に困る。当たっているだけになおさらだ。
「私ねー、同じクラスになってから、ずっと神座くんのこと見ていたんだよ」
 ギクッ!そ、そ、それってどういう意味だ?
 にこやかに話しかけられ、その笑顔の裏によからぬなにかが隠されているようで怯む。
「見かけはフツーすぎるくらい普通なのに、変わってるよね、神座くんって」
 変わっているって、それはいったいどのあたりを指しているんだろう?
 年のわりに小柄なとこか?それとも、趣味がリフレクソロジーなんていうじじむさいとこ?まさかこいつにも鬼堂と一緒にいるのを見られたとか?あいつってば、オレから見てもフツーの高校生っぽくねえし。だったら、同類って思われてもしゃーねーよな。
 完全に舞い上がっている。肝心要の点がすっぽりと抜け落ちていた。――言うまでもなく、自分がこいつの目の前で仕出かした最大のポカのことだ。
 だが、オレの戸惑いをよそに、安住はひとり盛り上がり続ける。
「だってさ、神座くん、時々信じられないような真似をするじゃない。今のもそうだし、この間なんか、写真部の高橋センパイをまくために、橋の欄干から川原に飛び降りたよね?あれって仕掛けなし?あんなことして、足とか痛めないもんなの?どう少なく見積もっても下まで五メートル以上あったよ」
 ここまで証拠を挙げられると、さすがのオレもあきらめの境地になる。疑いを持たれるなど、ヴァンパイアとしてもハンターとしてもサイテーの失敗だ。
 でも、そんなにちょくちょく目撃されていたとは知らなかった。
 ……待てよ?てことは、こいつもオレをずっと追っかけてたっつーの?……じゃあ、あの高橋と同じ?……カンベンしろよー。それじゃおまえもただのストーカーじゃんか!
 ため息をつきつつ天を仰いだ。けど、このままここにいるわけにはいかない。それに、急がなくちゃなんないのには変わりない事実だ。なんとか切り抜け、一刻も早くバルバラに向かわねば!
 焦りは、即、理不尽な態度へつながった。オレは、最初のアクシデントの時と同様、安住を残しこの場を去ろうとした。
「しゃべらないから!」
 動きが止まる。振り向くオレの視線の先には、なぜか納得顔の安住。どうしてそんな表情を向けられるのかが、オレにはさっぱりわからない。
「これって、神座くんの秘密なんでしょう?」
 は?
 たっぷり三十秒は呆けていただろう。
「バレて困るのなら、絶対に人にしゃべらない。自分だけの胸の内にしまっておくわ!」
 いや、できるなら、あなたの記憶からも抹消してほしいです。
 そんな己の願望が言えるはずもなく、かといって「そうか頼むぜ」とも告げられないでいるオレに、安住が特大ホームランをかっ飛ばしてくれる。
「人外の友だちなんて、ちょっと素敵かもー」
 なんでっ!どうしてそんな簡単に正しい結論に達する?
「私の推理だと、神座くんの正体ってヴァンパイアだと思うよ。だって、こないだ屋上で、その単語を必死に否定していたもんね」
 そんな強引な推論の仕方ってアリなのか?――とも思ったが、正解だけに文句も言えない。
「神座くん?」
 再び呼びかけられ困惑の表情を収めきれなくなる。
「ごめん……!オレ、急いでるんだ」
 踵を返したその背に、安住の叫ぶ声が届く。
「絶対に秘密にしておくからねー!」

 あの時、キッパリ否定しておかなかったのが最大の敗因だ。あれから半年、安住はオレをヴァンパイアと信じ続けている。おまけに、秘密を共有するせいか、自然と互いの距離も近くなった。その証拠に、クラスの女子で唯一、安住はオレを呼び捨てにする。

 人間と人外だというのに。しかも、相手はパートナーでもなんでもないのに。

 正体を自分から打ち明けていないにもかかわらず、いつの間にかオレは、安住果南に頭が上がらなくなっていた。

 * * *

「ユースケ、こんなところでなにしてんの?」
 問いかけてくる安住の周りに、さっきまで一緒だった友だちの姿はない。その理由はわかっている。
 連中は、オレたちの仲を完全に誤解していた。というか、安住が一方的にオレとの関係を特別と触れ回っているに違いない。
 ふたりが恋仲だとのふざけたウワサが立ってから、考えればもうずいぶんになる。決定的ななにかをスクープされたわけじゃないにしても、どういう理由か疑う者は誰もいない。
 時折ふたりで内緒めいた態度を取っているのが、誤解に拍車をかけているんだろう。なんてことはない。そのほとんどがヴァンパイアに関する話をしているんだが、コソコソと人目を忍ぶ態度には、簡単に憶測付けが可能だ。
 カンベンしてくれ!オレは人間と恋愛するほど身の程知らずじゃねえ!かといって、安住を仲間に引き入れる度胸なんか、もっとありゃしない。

 恥を忍んで告白します。
 オレ、神座由典は、いまだ人間の血を飲んだことがありません。

 てことは、必然的に仲間を増やすような行為をしていない……つーか、できないんです。
 だって、そのためには、血を飲むと同時に己の体液を相手に与えなくちゃなんないわけで……。
 そんなの絶対に無理、無理っ!考えただけで吐き気がしてくる!
 オレのこの特異体質は、親代わりの保護者、神座薫子(じんざかおるこ)の最大の悩みの種になっている。その薫子こそが、オレをヴァンパイアにした張本人だ。年端もいかない子どもを仲間にしてしまったという気後れがあったかどうかは知らないが、オレが人間でなくなって以来ずっと面倒を見てくれている。
 けど、それとこれとは話が別のようだ。勢力拡大にまったく役立たないオレを、内心歯がゆく思っているんだろう。
「ねえ、ユースケってば!」
 けど安住は、そんなオレの心の嘆きなどお構いなしにまとわりついてくる。色よい返事をするまで、きっとこの繰り返しだ。
 えーい、うざってぇーっ!!
 頭の中のすべての事象に憤りを感じたとたん、安住の眼前で逆ギレしそうになった。だが、あわや怒鳴りつけるかというタイミングで思いとどまったのは、今までに感じた経験がないほどの殺気を覚えたからだ。
 誰だ!?
 お仕事モードに切り替わったオレのアンテナが、ほどなくそいつの姿をキャッチする。
 視線を向けた先には、鬼堂が追っていったはずの男が立っていた。
 全身を覆うオーラの強さに一瞬怯んでしまった。先ほどとは別人と見紛うほどの見事な変わりようだ。
 そして、こうまでされたことで、いかに鈍感なオレでも今度こそはっきり判断できた。
 こいつ、間違いなく人外だ。しかも、これほどの殺気を振りまくところをみると、人に危害を与えるオーガーの可能性もある。
 ははーん。さては鬼堂のやつ、これを見越してオレに残れと命令したのか。結構やるじゃん。つまりは、自分が戻るまでこいつを足止めしろっていうんだな。よしよし。
 けれども、男の異常さもそう長くは続かなかった。アッという間に、ごく普通の雰囲気に戻ってしまう。スレイヤーの鬼堂も真っ青な変わり身の早さだ。
 やつにそうさせた原因はすぐにわかった。オレたちの存在に気づいたせいだ。
 男の視線が、最初オレを見て次に安住に移り、再びオレに戻る。そのままなぜかジッと見つめられた。居心地の悪いことこのうえもない。
 不躾なやつだなあ。それとも、もしかしてオレの顔になにかついてんのか?
 急に不安を感じ、顔をなで回してみる。念のため安住に訊こうと横を向いたら、あいつはオレをまるで見ていなかった。
「あれ?アキラくん。意外な場所で会うね」
 そこには、憧れのスターに会ったファンと化す安住がいた。
「し、知り合いか?」
 なんの躊躇いもなく名前を口にした安住をあわてて問いただす。だが、安住はというと、オレの混乱などまったく気づいていない。屈託のない笑顔で、こっちの質問に逆に質問で返してきた。
「知り合いもなにも……。ユースケこそアキラくんを知らないの?こんなに有名なのに」
 有名?……って、こいつが美形だから…か?
 的外れな考えを抱きつつ、アキラと呼ばれた相手に改めて視線を戻すと、先ほどとは一転し、どこか困ったような顔つきをしている。
「やだなあ。有名だなんて」
「だって本当じゃない。転校してきて以来、試験は常にトップをキープ!おまけに、かなーり目立つルックスをしているんだもん。女子の間じゃ、ちょっとしたアイドルなんだよ」
 指摘されて、男がとたんにはにかんだ。ヤローの恥じらいの顔なんてキモいだけと思っていたが、これくらいの美形ならばアリなんだと納得した。そして、そんな表情は、乙女心の真ん中直球ストライクだったらしい。
 安住の瞳のキラキラに拍車がかかった。なんだかちょっと面白くない。
 ちぇー!んだよ!オレのことしつこく追い回しているくせに、こいつの本命は、実はこの男だったってーの?これだから、オンナって……!
 直前まで安住にキレかかっていた自分などすでに頭にはない。完全な自己中になっている。理不尽な考えだと自覚できないのがなによりの証拠だ。
 憤慨する胸の内が自然と表に出ていたのかもしれない。
「いいの?そっちの彼、えっと由典くんっていったっけ?なんだか面白くないって顔をしているよ」
 いきなり名指しをされ焦ったのはオレだ。
「か、彼って。オレとこいつは別に付き合ってねーぞ!」
「いやだー。照れなくてもいいのにー」
 否定をしないばかりか、堂々とこんなノロケを吐く安住の態度に、たちまち脱力に見舞われた。
「ごめん。せっかくのデートなのに、じゃまをして悪かったね。じゃあ、失礼するよ」
 なんか知らんが、鬼堂と同じ台詞を言ってやがる。彼女だと勘違いした相手は違うけど、似ているのは外見だけじゃないってことか?
 でもさ……。
 カンベンしてくれよー。オレって、そんなにオンナといちゃついているように見えんの?ただ並んで立っているだけじゃん。本人には、まったくその気がないんですけど。
 ダブルパンチを食らった気分で、正体を確かめなくてはという使命感がみるみる萎んでいく。
 そしてオレは、このあと鬼堂に思いきり罵倒される目に会うのだ。一瞬でもオーガーだと感じたのなら、どうしてやつをみすみす見逃したのかと。



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