チェキ!―CHECK IT !(6)

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チェキ!―CHECK IT !(6)



◇◇ 真面目にやれ!−樹サイド ◇◇


 神座というやつは、どこまで物忘れがひどいんだ?どうしてこう何度も同じ注意をしなくちゃならないのかわからない。あれほど勝手な行動は取るなと言い渡してあるはずなのに。犬より使えないヴァンパイアだな、まったく。

 渡会アキラに関する情報を入手し、やつを追うかたちで僕もハレルヤを出る。ところが、見張りにと置いていったはずの神座の姿が消えていた。
 これじゃ、ふたり一組で行動する意味がまるでない。今度所長に会う機会があったら、……いや、本当は会いたくはないんだが、もし会えたらという仮定でだ。その時には、ぜひとも直談判しよう。自分には、やはり単独行動が性に合う。

 仕方なく僕は別の手段を模索し始めた。臨機応変な対応も、スレイヤーに求められる基本能力のひとつだ。神座のおかげで、かなり鍛えられた気がする。
 そして行き着いた結論は、神座の持つ緑川学園のデータを確認するというものだった。そこに必ず渡会アキラに関する記述もある。上手くいけば、住所くらいは特定できるだろう。
 そうと決まれば、こんなところにグズグズしている理由はない。とりあえず今は昼日中なので、本当ならスレイヤーと悟られる行為は慎まなくてはならない。だが、せっかちなのは僕の性格だ。できる限り一般常識の範囲内で、でも、実情はかなりのスピードで、神座家へと走りだした。

 神座のところは、両親との三人暮らしだ。やつはヴァンパイアなので、両親といっても血のつながりはない。あいつをヴァンパイアにした張本人、薫子が今の母親なんだそうだ。で、父親はヴァンパイアですらない。仮の父、康介は、薫子に横恋慕を抱く狼男だという。
 この辺になると、とてもじゃないが人間の身では理解できない問題だ。人外連中が、どういった考えを抱いているのかなど、僕にわかるわけがない。
 さらには神座本人が、人間、人外を問わず、すべての相手に興味と執着を持てない性格なので、ヴァンパイア特有の感情の流れは、僕にとっていまだ謎のままだった。

 休まず走り続けたおかげで、三十分後には神座家に到着した。
 冷静になれば、電車を使うべきだったのかもしれないが、悲しいかなハレルヤの最寄り駅は赤字続きのローカル線。とても、東京、大阪あたりの過密ダイヤ並みというわけにはいかない。なので、確実に時間を読むには自分の足で行くに限る。正式にタイムを計ったことはないが、オリンピックのマラソンランナークラスのペースなら楽勝で出せる。
 ここで待っていれば、命令を守らなかった神座にも最終的には会えるだろう。

「こんにちは!」
 これだけ走っても息のひとつ切れていないのは、スレイヤーとしての厳しい訓練の賜物だ。呼び鈴を押すのももどかしく思え、玄関先で大声を上げた。
「こんにちはっ!」
 だが、これだけ叫んでいるというのに、誰も出てこないというのはどういうわけだろう?留守ならそれは仕方がない。でもそうじゃない。だとしたら、なぜ中から大音量のロックが聞こえてくる?
 ええい、くそっ!もう、構わないからこのまま押し入ってやるか?あいつの両親だって、自分の息子の仕事内容くらい把握しているはずだし。
 痺れを切らしドアノブに手をかけようとしたその時だった。
「鬼堂?」
 背後から聞き覚えのある声がする。それが誰かは顔を見なくてもわかる。この一年半に限っていえば、一番馴染みの深い呼びかけだからだ。
「よくわかったじゃん。オレが家に帰ったってこと」
 こみ上げる怒りを爆発させないよう、がまんしながらゆっくり振り向く。
「あ……れ?もしかして、怒ってんの?」
 だとしたら、なんだというんだ?どーでもいいが、そのニヤニヤ笑いを収めろ!
 ヒクヒクと、ほおが痙攣するのが自分でもわかる。僕の激高振りを見た神座は、さすがにマズいと思ったのか、にわかに顔色をなくした。
「ご、ごめんな……。えーっと、そのー、待ってたんだよ、しばらくは。……でもさ、マズいやつに会っちまって。そいつを振りきるには、あそこを離れざるを得なくってさー」
 言い訳はどうでもいい。僕が知りたいのは、おまえがこの仕事をなんと思っているかという一点だけだ。遊びやおふざけでやっているんじゃない。命令をこうも簡単に無視されたのでは、パートナーなどやってられるか!
 文句は、頭からはみだしそうなくらいあふれ出てくる。口にしてこいつにぶつけたいのだが、感情が先走ってどうにも形になってくれない。冷静さを取り戻そうと、意識して大きく息をついた。それも、神座との間合いをジリジリと詰めながら。
「あ…のさ……」
 あとずさる神座も、それっきり言葉が出ない。ひとことも交わさず玄関先でにらみ合っていた僕たちだったが、それも家の奥から来た人物によって横槍が入る。
「おお?どうした、ふたりとも。由典、おかえり」
「た……ただい…ま」
 これ幸いとそいつにすがったのは神座だ。素早く脇をすり抜け、そそくさと靴を脱ぎ家へ入ろうとしている。
「話はまだ終わっていない!」
 とっさに腕をつかみ動きを封じた。
 神座は僕よりひと回り小柄だ。瞬発力、持久力、そして筋力ともに僕の方が数段上。あいつが勝っているのは、ヴァンパイアとしての特殊な身体能力のみだ。なので、神座は簡単に抵抗をあきらめた。
「あれ?おまえってば、また鬼堂くんにメーワクかけてんのか。それじゃ、ハンター失格じゃん」
 一見真っ当な意見を述べるこの男こそが、僕の理解の範疇外ナンバーワンの神座康介だ。息子相手にタメ口なのは、こいつが本当の父親でないなによりの証拠。軽い!軽すぎる!今時こんな親父なんて、個人主義の国アメリカにだっていないぞ。
 目の前の康介は、真冬だというのに薄手のシャツにチノパンという軽装だった。髪はブリーチしているのか妙に茶色い。そして容貌はというと、許せないことに普通にとらえても男前なのだ。
 神座が言うには、かなりのジゴロで女泣かせ。生まれついてのスケベは狼男の基本だとか抜かして、とっかえひっかえ付き合う女を乗り換え貢がせているという、信じられない性格の持ち主だ。
「鬼堂くーん?」
 その尻軽男が、僕の名前をバカっぽい調子で呼んだ。
 ピキッ!
 こめかみのあたりにバッテンマークが出たのを感じる。あと少しでも刺激が加わると臨界点を突破しそうだ。
「おやじっ!こいつ今、超機嫌が悪ぃの!だからさ、あんまり刺激してくれるなよー!」
 康介の隣の神座は今にも泣きそうだ。僕の感情のバロメーターは、こいつが一番よく理解していた。その理由は、神座が僕を怒らせる天才だからだ。
 家の中からは、相変わらずガンガンと暴力的と思えるほどの音量でロックが鳴っている。それもまた、僕の怒りのゲージを押し上げる結果につながった。
 バスン!!
 拳が門柱に命中する。
 壊れたのは手の方じゃない。次の瞬間、ブロック作りのそれが音を立て崩れ落ちた。

 * * *

「いやあ……どう?少しは落ち着いた?」
 ヘラヘラと、反省の色も見えない態度で康介が僕に問いかける。
 ここは神座家の居間。先ほどまで唸りを上げていたコンポは電源が落とされ、部屋にイライラを増幅させるような音は存在していない。神座とその仮の父は、僕の真正面で正座をしていた。目の前には康介が入れてくれたお茶が湯気を立てている。
「スレイヤーっていうのは、すごいねー。ウワサには聞いていたけど、あれほどパワーがあるなんて、おじさん知らなかったよー。あははは」
 こっちの憤慨振りがわかっているのかいないのか……。この言いようだと、どうやら後者の方みたいだ。
 実際のところ、仕事に無関係の相手に怒り心頭してもどうにもならない。同じエネルギーを使うなら、パートナーの行動を正し、自分がやりやすいよう導くのが賢明な判断だ。
 改めて思い直すと、康介に対してどうこうというのをあきらめた。あきらめた代わりに、今度は神座に視線をロックする。
「神座」
「は、はいっ!」
「どうして僕の命令に従わなかった?無視しておまえは、いったいなにをしていたんだ」
 問い詰めたとたん神座がへこむのがわかる。シューッと音が出そうなくらいうな垂れてしまっている。
「……ごめん」
「謝罪や言い訳は必要ない」
「……」
 反省するくらいなら初めからやらなきゃいいだけだ。おまえの学習能力は、条件が一致しないと発揮されないのか?
 確かに神座は同じ過ちを繰り返さない。が、応用力と想像力に欠けていた。だから似たような事柄でことごとく失敗し、結果、僕の怒りを買う羽目に陥る。犬より劣るとの僕の判断は、きっと正しい。
「それで、渡会アキラがビルから出たのは確認したんだろう?」
「えっと……それが……」
 返事はいちおう戻る。でも歯切れが悪い。そして、続いて神座が打ち明けた一部始終に、僕の怒りが再燃した。
「見逃しただと?」
「うっ……。いや、そんなつもりじゃなかったんだけどさ。ちっとばかりやる気を削がれちまって」
「バカ野郎っ!」
「うひゃっ!」
 今度こそ本当に愛想が尽きた。もうがまんできない!絶対にコンビを解消してもらおう。
「帰る……!」
 出されたお茶には手もつけずに、勢いよく立ち上がり玄関へ向かう。
「き、鬼堂!」
 背後から焦ったような神座の声。それには返事をせず、もちろん振り向きもしないで、脱ぎ捨てたままの靴に足を突っこむ。と同時に腕を取られた。
「待てよ!」
 神座には珍しく、実力行使で引き止めるつもりのようだ。その行為があまりに意外で、さしたる抵抗もせずあいつの顔をジッと見返す。
 少しは反省しているのか?それとも、見逃したと言っておいて、実は渡会に関するなにかをすでにつかんでいるとか。
 思わず期待してしまったが、それは無残にも裏切られることとなる。
「このこと、そのー、今日子さんには内緒にしておいてくれるかな?」
「なんだと?」
「オレ、あの人に恩義があってさー。だから、ヘマをして所長に報告が行くと、直属の上司の今日子さんにお咎めがいっちまうじゃん。だから――」
「ふざけるなっ!」
 間髪を入れず十八番(おはこ)の台詞が出た。神座と一緒に仕事をするようになって以来、僕の使用頻度最多フレーズだ。
「ふ、ふざけて……るかな?でもさー鬼堂、頼む、わかってくれよー」
 こいつの言う今日子とは、バルバラにおける僕らの上司、風間今日子のことだ。彼女は、別のスレイヤーにオーガーと間違われ死にかけていた神座を救った人でもある。その後、組織の信念に共感を覚えた神座がメンバーに加わる決心をしたという。いわく、自分のように、人違い――いや、人外違いから命を落とす者が出ないようにしたいなどと、かなり大層な初心表明をしたらしいのだが……。
 宣言するだけならタダだ。そんなものは幼稚園児でもできる。もちろん、それが風間に失敗を知らせない理由にはならない。
「神座……」
「……なに?」
「上に報告されるのが嫌なら誠意を見せろ」
「誠意って……どうすればいいんだよ?」
「渡会アキラの身辺を探れ。あいつはおまえと同じ学校にいる。どんな些細なものでもいい。期限は一週間。また連絡する。その時までに情報をまとめておけ」
 一方的にまくし立てるうちに、神座の表情が強張っていくのがわかった。だが、反論は認めない。このくらいですむなら安いものだと思え。僕としては、かなり譲歩しているんだからな。
 強気の姿勢を示すべく、指差しながらダメ押しのひとことを追加する。
「真面目にやれよ」
 そのまま神座家をあとにした。これで渡会の件も少しは進展が望めるだろう。ならば僕は、事件が続かないよう警戒を強める方に専念できる。
 あとは、神座が僕に忠実なのを願うばかりだ。あいつはいいかげんなところもあるが、風間が絡むとなるととたんに真剣度が増すから、おそらく今度は大丈夫だろう。
 予定どおりに事が進むよう心の中で祈った。



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