チェキ!―CHECK IT !(7)

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チェキ!―CHECK IT !(7)



◇◇ そりゃねーよ!−由典サイド ◇◇


 すっぽかしを決めこんで、今月何度目かの鬼堂(きどう)の怒りを買ったオレは、すぐさま痛いしっぺ返しを受けた。
 あいつの命令は絶対ではないが、今日子さんの名前を出されると正直痛い。オレがあの人に感じている恩義は、並大抵のものじゃねえんだ!と声を大にして主張したいが、聞いてほしい相手が鬼堂なのでそれはやめておく。労力のムダだ。オレがあいつに口でかなうわけがない。……つーか、腕っ節でも無理だろうけど。

 渡会(わたらい)アキラなる人物を探るに当たり、鬼堂からそれ相応の基礎知識を手に入れた。
 けどさー、鬼堂のやつ、どうしてちゃんと順を追って説明しておいてくれなかったんだ?この事実がわかっていたら、オレだって少しは真面目にやったのに……。

 事の次第はこうだ。
 オレたちの住むこの田舎町で、三ヵ月ほど前から変質者の仕業と思われる暴行事件が頻発していた。狙われるのは、決まって若い女性。中には小学生までいるというんだから、いったいなにを考えてのものかと呆れるばかりだ。
 おまけに、その数も半端じゃない。たぶん平均すると週に二件。四日にひとりの割合で襲われている計算だ。
 で、オレたちの組織に依頼があった事実の示すとおり、犯人はオーガーと目されていた。
 目撃情報ゼロ。被害者も犯人の姿を確認していない。
 つまりは、気づく前に背後から襲われ、一撃で流血沙汰&気絶まで追いやられているのだ。そんな真似をこの頻度で行えるのはおそらくは人外、というのが警察の言い分らしい。
 それらの情報をもとに、鬼堂のやつが目星をつけたのが、先に出た人物渡会アキラだ。
 鬼堂の推理は確度が高い。ゆえに、はっきりした証拠がないにしても、この判断も当たらずとも遠からずといったところなんだろう。
 所長たっての考えで、この難事件は、当初担当していたチームからオレたちに委譲された。理由は前にも言ったとおり、鬼堂が超優秀なスレイヤーだからだ。
 そしてオレには、鬼堂から情報収集に徹する役割を言い渡された。足手まといになるなっていうのがミエミエだ。

 なめんなよ!ずいぶんと使いっぱ扱いしてくれるじゃん。

 とりあえず、これ以上見下されたくないから、言いつけどおり渡会アキラの身辺調査に乗りだした。
 これも鬼堂から聞いて初めて知ったのだが、なんと渡会は同じガッコのみっつ隣のクラスにいた。あんなに目立つやつなのに今まで気づかなかったのは、それがこのオレだからだろう。
 反省してはいるが、自分は他人に興味が薄い。同じクラスの人間の顔も特定が覚束ないのだ。ふたつ置いて隣なんて、電車でたまたま横に座った人を覚えるのに等しい。
 オレって、仕事以外じゃ半径三メートルしか見えないタイプだし。そんなんじゃ、個人的に何回か話でもしない限りダメだ。いくらやつが超イケメンでも、とても印象に残んねえよ。

 でもって、これまでの成果。
 ひとつ。
 あいつは学年途中で転入してきた新参者だ。それも来てから日が浅い。秋の文化祭にはいなかったというのだから、まだ三ヵ月ちょいってところだ。
 そして、ここが重要。転入時期が例の連続暴行事件の発生と見事に重なる。
 ふたつ。
 住所を調べたところ、電車通学のオレとは違い、学校のすぐ脇の高級マンションでひとり暮らしだと判明した。すなわち、親の監視の目もなく自由に動き回れるということだ。いつどこでなにをしても咎められない立場にいるわけで、ますます怪しい。
 みっつ。
 転入前は、なんとアメリカにいたようだ。でも、そんな出自だって、素性をごまかすためとも思える。だって、出来すぎのプロフィールじゃん。あまりにはまりすぎ。

 以上、突っこみどころは多々あるが、それよりなにより、すべてにおいて抜きん出て優秀だというのが気に食わない。
 成績は語学を始め軒並みトップクラス。かといってガリ勉タイプでもないらしくスポーツも万能。そんでもってあのルックスだし、導きだされる答えはただひとつ。
 転入一週間で、学園一のモテ男の地位を不動のものにしたっていうんだから、頭に来るぜ、まったく。
 まあさー、百歩譲って美形だってーのは認めよう。初めてやつを見た時、言葉が出なかったくらいだからなー。
 けど、それ以外はようわからん!あの安住が口から泡を飛ばしてまで素敵だと言い張るところをみると、女どもにとっては相当にイケるクチなんだろうけど、オレ、男だもん。

 そういえば、なぜか鬼堂もオレの周りの女子に人気がある。
 本当はあってはいけないことなのだけど、あいつと一緒にいるのをどっかで目撃されているようなんだ。
 紹介してくれと頼まれたのも二度や三度じゃない。オンナってーのは、自分の興味の対象には目ざといよなあ。人目とか口コミをバカにすると痛い目に会うと教えてくれたのは、確か今日子さんだったっけ。今度からは、周囲をよく見て慎重に行動しよう。

 というわけで、一週間で調べ上げたデータはザッツオール!学校に限らず人間関係に希薄なオレには、この程度でも目イッパイ頑張った結果だ。
 でもさー、こんなんじゃ鬼堂のやつを納得させらんねーよなあ。
 どうしよう?

 * * *

 落ちこんだ時には、誰かに愚痴を聞いてもらうに限る。それが、自分の趣味の足裏マッサージ付きならなおのことよし。
 以上の単純明快な理由から、この日も、鬼堂に会う前の短い時間を利用して、駅前のオレのオアシス、ハレルヤに足を向けた。

 ここへ来るのは、初めて渡会アキラに遭遇して以来だから、実に一週間ぶりだ。週に一〜二回ペースで通うオレとしてはイレギュラーなインターバルだ。
 しかも、前回のが、たまたま時間が空いての飛びこみだったから、それを勘定に入れないのなら、二週間もお預けを食らっているってことになる。
 それもこれも、みんなあの渡会アキラのせい。調査に時間を取られ、自由時間がまるで持てなかったのだから。
 ガッコから駅への道すがら、いろいろ考えているうちに、なんだかムカッ腹が立ってきた。怒りの矛先は、自分が不利な鬼堂にではなく、未知数に包まれた渡会へ自然と向けられる。
 ブツブツと、頭の中だけで文句を垂れながら、いつもどおりエレベータを使わず階段を上っていく。だが、足取りはオレにしては珍しく重かった。このあとの鬼堂との約束が気分を塞がせてしまっていた。
 自分にしてはゆっくり気味に足を進め、ようやく三階へたどり着いた同じタイミングでエレベータが到着した。オレよりあとにビルに入ってきた誰かが、この階を目指して上がって来たんだろう。
 チーンという独特の到着音に視線を向けると、ちょうどドアが開くところだった。
 おお!
 一発で目が覚めた。そこにいたのは、ここ最近ずっと自分が追い続けた人物、その人だったからだ。
「やあ、確か由典(ゆうすけ)くんだっけ。どうしたの?こんなところで。偶然……じゃないよね。先週もこのビルの下で会ったんだものね」
 この間と同じく物腰はあくまでも柔らかだ。一方のオレはというと、先ほどまで胸でくすぶっていた怒りが、こいつの顔を見たとたんいっきにバーストしそうになるのを予感した。
 だが、ここでそれを爆発させては元も子もない。気取られぬよう注意を払って息と一緒に憤りを逃す。そして、自分としては最大級の愛想笑いを浮かべた。
「おまえこそどうした?この間もそうだったけど、ずいぶんと意外な場所で顔を合わすよな。ここに用事でもあんのか?」
「うん、まあね。だってハレルヤはボクのオアシスなんだよ」
 んだとー!?
 聞き捨てならない台詞だ。それはオレの専売特許だったはず……!いや、最近じゃあの鬼堂のやつもかなりの常連だというし、だったらそうとも言えねえか。
 て、待てよ?リフレクソロジーって、世間じゃそんなにメジャーな娯楽なのか?オレらみたいな高校生男子までもが夢中になるほどの?
 自分はこう見えて五十年以上生きている。見てくれが若いのは、ひとえに人間をやめたその時から年を取らないせいだ。だからオレは除外だ。じじむさいのは鬼堂や渡会の方じゃねえか!
 オレが、自分の中で考えをぐるぐると持て余しているとも知らずに、渡会はさっさとドアを開けハレルヤの店内に入って行ってしまう。
 あわててオレもあとを追った。とりあえず今は一時休戦だ。私生活までオーガーごときに引っかき回されたんじゃたまんねえ。

「いらっしゃいませ!……あれえ?」
 応対に出たゆーさんが目を丸くしている。それはそうだろう。いくら同じ学校に通うとはいえ、オレと渡会が知り合いとは考えもしなかったはずだ。
 そして事実、オレたちは別に知り合いじゃない。こいつとの接点など皆無に等しい。
 オレとの付き合いのおかげで裏事情をよく知るゆーさんでも、まさかこの渡会が人外で、しかもオーガーの疑いがあるなんて夢にも思わないだろう。
 しかし、ゆーさんから出たひとことは、オレの予想にまったく反していた。
「そっか、ふたりとも同じ学校だもんね。じゃあ、友だちになれたんだ」
 友だち?オレとこいつがか?
 あまりの誤解っぷりに眩暈がした。けど、憤慨しているオレをよそに、目の前ではふたりの会話が弾んでいる。
「彼が前に話した僕の弟分なんだ」
「ああ!そうなんですか。だからこの間も店の前で見かけたんですね」
「結構いいやつでしょう?……あれ?でもまさかと思うけど、アキラくんってゆーくんみたいなのが好みなの?」
 いかにもあり得ないという顔だ。そして、オレだってそれはあり得ないと思う。
 この言い方はないんじゃねえの?世の中すべてが自分と同じ感性で動くと信じているゆーさんって、ある意味すごいかも。
 またもや気持ちが萎えてしまいそうになるが、なんとかそれは耐えた。仕事が絡まないと、とたんにガマン強くなるなど、オレも相当ゲンキンだ。
「それはどうでしょう?まだそこまで親しくなったわけじゃないですし」
 ゆーさんのツッコミにも渡会は平然としたものだ。ゆーさんの台詞の裏に潜む秋波を感じていないとしたら相当のツワモノだけど、その辺はどうなんだろう?
「そりゃそうだよねー。ゆーくんって男心が理解できない人だし」
 普通、男が男心など理解できなくても支障はない。
 まあでも、渡会の否定めいた返事に、ゆーさんも機嫌が上向いたみたいだ。
 店長!本当にいい性格してるぜ!……と、ここまで考えて、自分がなんのためにハレルヤに来たのかを思いだした。今はそっちが最優先だ。
「あのさ、今日も予約入れてないんだけど、ゆーさん、今から空いてる?」
「ごめーん。これからアキラくんの施術なんだよ。時間、ある?次でいいなら大丈夫だけど、どうする?」
 最大の味方にこうまですげなくされ、オレはアドバンテージを失った。と同時に、渡会に対する憤りが復活する。
「……じゃ、いい。今日はやめにする」
 珍しく仏頂面を見せたせいか、ゆーさんが驚き呼び止めてきた。
「ええー!ちょっとだけでも待てないの?そんなにもあっちの仕事が忙しい?」
 どうしてこのタイミングでそんな話題を出すんだよ!?
 ゆーさんのもらした不用意なひとことに、オレは心底焦りまくった。こんなにあわてたのはいつ以来だろう?とにかく、近来稀に見るほどのものであるには違いない。
「仕事って……?由典くんって、バイトでもしているのかい?」
「ええ?……あ、そうそう!オレ、ちょっとばかり苦学生なもんでさー。あははは」
 応じながらゆーさんに「マズいよ」と視線で訴えた。長い付き合いの賜物か、オレの発したシグナルに向こうも思い当たってくれたようだ。
 そのまま、でもいかにも不自然にではあったが、ゆーさんの腕を引っ張り衝立の陰に誘いだす。
「困るよっ!オレの仕事がトップシークレットだって、ゆーさんも十分に承知しているはずだろう?」
「ああ!ごめん、ごめん。そうだったね。……大丈夫。アキラくんにはうまくごまかしておくからさ!」
 全面的にこの言葉を信用したわけじゃない。でも、それを追求できるほどの余裕がオレにもない。
「ね?僕の言ったとおり、タッキーにそっくりでしょ」
 迂闊な発言をしたというのにもうこれだ。渡会に会えたのが、そんなにも嬉しいんだろうか?
「同じ学校なのに顔も知らないなんて、ゆーくんならではだね。だって、アキラくんって見るからに平凡な人間じゃないじゃない。あーんなに目立つ子なのにさ」
 安住と同じ感想をどうもありがとう。
 自分ひとりが焦っているのがバカらしくなってきた。
 なので、オレも頭を切り替えた。失言の代償として、ここはひとつ、ゆーさんに情報ゲットに協力してもらおうと思い立つ。
「いつからここの常連なの?」
「えっとー。ああ、そうそう。タッキーが来るようになる少し前からかなあ」
 タッキーって鬼堂のことか。何度聞いても笑える愛称だぜ。
 ……でも、あいつがオレの紹介でここに出入りするようになったのって、いつだっけ?
 長年生きていると、記憶というのは段々曖昧になる。それでも必死で手繰り寄せる努力をしているうちに、ようやくその答えにたどり着けた。
 ああ、そっか。まだ一ヵ月ちょっとくらいだ。それにしちゃあ、しょっちゅう来ているような話を聞くけどな。
 余計な部分で考えこんでしまったオレだったが、痺れを切らしたゆーさんから忠告され我に返る。
「ゆーくん、もういいかな?あまりお客様を待たせるわけにもいかないんだよね」
 ゆーさんの主張ももっともだ。なので、かなり不本意ではあったが、ここはきっぱりあきらめて渡会に先を譲る決心をした。
「じゃあ、次に予定入れて」
「オッケー。終わるまでここで待ってる?」
「うん、そうする。……で、さ。ちっとばかりまた協力してくれる?」
 上目づかいでお願いポーズを決めた。こんなちゃちな方法で落ちるとは思っていないが、なにもしないよりマシだ。
 だが珍しく、望みはすんなりとかなった。
「しょうがないなあ。でも本当は反則なんだからね!顧客の個人情報を流すなんて、倫理に反するんだから!」
 ここまで恩を着せるのには理由がありそうだ。暗に見返りを期待しているとしか思えない。
 そして、その予感は間違いではなかった。
「交換条件!」
「……なんだよ?変なものを要求するんなら、パース!」
「別にゆーくんには迷惑かけないよ」
 猫なで声が怖い。この人のこの言い方が意味するものを、オレはよーく知っている。オレに実害はかからなくても、近い誰かにそれが及ぶのだ。
 身構えて待っていると、にんまりと笑いながらとんでもない要求を突きつけられた。
「デートの約束を取り付けてくれるかな?」
 へ?デート?
「……誰に?」
 話が伝わらないオレに、察しが悪いと言いたげな口調で言葉をたたみかける。
「わかっているんでしょう?」
「……わかんねーよ」
 ホ○の(失礼!)考えていることなんて、わかってたまるか!
「君の片割れとデートしたいんだ」
 ええ?それって、もしかして……!
「だからー、タッキーと個人的に会いたいって、約束を取り付けてほしいんだよ」
 瞬間、オレの頭は真っ白に石化してしまった。
 よ、よりにもよって鬼堂とデートだと?……無理だ。そんな約束をオレがあいつに強要できるわけがねえ!
 イエスの返事をしないままでいると、ダメ押しのように同じ意味のフレーズを告げられる。
「約束を取り付ける気があるの?ないの?」
「え、えーっと……」
「じゃなくちゃ、なんにも教えない」
「わ、わかった!ちゃんと伝えるぜ!」
 なにがわかったんだか……。ほとんど手拍子って感じで引き受けてしまった。
 けど――。
 ガマンしてくれ鬼堂。これも仕事のためと割りきって……!
 だが、鬼堂に対しすまないと思う気持ちはそう長くは続かなかった。考えを巡らせているうちに、なんだか愉快になってくる。
 ノンケの鬼堂と真性ホ○のゆーさんがデート……!――とらえようによっては、これほどの見ものはないだろう。
 そうだよなー。できるだけ詳しい情報を仕入れろってオレに命令したのも、確かあいつだったよなー。だったらさー、鬼堂だって少しくらいのリスク、甘んじて受ける覚悟はできてるよな!
 表面上は苦虫をかみ潰したように、だが、内心では大笑いをして、ゆーさんの提案をしぶしぶといった態度で引き受ける。
 契約を無事成立させ、心なしか幸せそうなゆーさんの後ろ姿に、思わず「頑張れ」とエールを送ってしまった。



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