チェキ!―CHECK IT !(10)

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チェキ!―CHECK IT !(10)



◇◇ たまには褒めてくれよ!−由典サイド ◇◇


「――それで、事情をおうかがいしたいのですが、これから署までご同行願えますか?」
 警官から声をかけられた被害者は、ショックで声も出ないありさまだ。かろうじてベンチに腰かけてはいるが、隣で支えていないと体が崩れ落ちてしまいそうだ。
 肩に回す腕に力をこめ、顔をのぞきこみつつ、オレからも問いかけた。
「安住(あずみ)……大丈夫か?」
 反応が薄い。かすかにうなずくのが精いっぱいらしく、それがまたオレに後悔を呼び覚ました。
 悲鳴を聞いて真っ先に駆けつけたのは、直前に安住と別れた自分だった。目を離した時間はわずかだというのに、右手にしっかり打撲と擦り傷を負っていた。たぶん頭でも殴られそうになって、とっさに腕で庇ったんだろう。応急処置で巻いたタオルに血がにじんでいる。
 こんな近くにいたのに、なにもできなかったなんて悔しい。
 ヴァンパイアのくせに。それだけじゃない。腐ってもオレはハンターだ。
「えーっと、弱ったなあ。……ねえ、君!」
 安住の無反応に困惑した警官が、隣に座るオレに視線を移してきた。
 だけど、職務質問なんてするだけムダだ。残念だが、オレにはなにもわからない。
「君、このお嬢さんの知り合いなんだろう?悪いけど、一緒に署に付き添ってもらえるかな」
 ああ、なんだ。用事はそっちの方か。
 でもできない。
 ミッション遂行中の身としては、今日子さんか鬼堂が来るまで現場を離れるわけにはいかないからだ。
「えっとー、すみません、動くのはもうちょっと待ってもらえます?……まだ彼女、立ち上がれそうにないんですよね」
 無理を承知で引き伸ばし作戦に出た。今はなりふりなど構っちゃいられない。
 ううー、頼むぜー。どっちでもいいから早く来てくれよー。
 頭の半分で焦りを感じ、残る半分で安住を気遣った。ケガをしていない方の手を軽く握りしめるが、震えは一向に止まってくれそうもない。
 くそっ!なんのためのパトロールだよ。結局、オレひとりじゃどうにもならんわけなのか。
 己の不甲斐なさに落胆しながら、頭の中でここに至る経緯を思い返してみた。

 * * *

 鬼堂の怒りを買い、今日子さんから謹慎を言い渡されたオレだったが、だからといって黙って手をこまねくのは性に合わない。それに、このミッションにかけた労力の大きさを思うと、手柄を独り占めされるのは、いくら相手が鬼堂でもがまんができなかった。
 なので、ガッコでは渡会の監視を続け、夕方からは自主パトロールを始めた。開始から今日で五日目。前回の暴行事件からは、すでに十日以上経っている。こんなに間が空くのも初めてだし、沈黙が返って不気味だった。
 今度事件が起きるとすれば、もしかして、もっとひどい結果を生むんじゃないのか?
 そんな危惧が衝動となり、行動を後押ししたといってもいい。
 オレひとりがジタバタしたところで、焼け石に水に過ぎないのかもしれない。だけど、なにもやらないよりはマシと、なかば意地になっていた。

 で、今日は海岸方面に出向いた。ここは、倉庫とマリーナばかりで、シーズンオフともなると閑散としている。そんな場所で、被害者になりそうな女の子がひとり歩きをするとは思えなかったが、昨日までの繁華街中心の捜査が空振りに終わったゆえの選択だ。
 ところが、この日もオレにストーカーが付いて回った。
 それは、高橋さくらじゃなくて安住果南の方。ガッコを出た時点で、ちゃんとまいた気になっていたのだからお目出度い。毎度素人に出し抜かれるなんて、もしかしたらオレ、ハンター失格なのかもしんない。
「見ぃーつっけたー!」
「あ…安住!?おまえ、なんでこんなとこにいんの?」
「えへへ。さっきからずーっとユースケの後ろにいたんだよ。気がつかなかったー?私って、スパイの素質があるのかもね」
 こいつは、オレのなんたるかを半分だけ知っている。わかっているのはヴァンパイアだということ。わかっていないのは、オーガーを狩るハンター稼業をしていることだ。
 事情を打ち明けて帰らせるのは簡単だが、それをやったら、まるごと正体を知られてしまう。これ以上の秘密漏洩は、できればというより、はっきり避けたい。
 無邪気に自分の手腕を自慢するさまに、なんだかどーっと疲れを感じた。
 対する安住は、ご機嫌絶好調だ。つーか、こいつの機嫌が悪いのなんて、宝くじに当たる確率と同じくらい稀だ。
 そのまましばらく、でも半分は仕方なく、安住の気まぐれに付き合った。わざわざこんなところに来た理由もぼかして伝え、「じゃあまた」と別れたのは、四時になるかならないかという頃合だ。
 空はまだ十分に明るい。人目を警戒する犯人がやってくるまで、あと一〜二時間くらい余裕がある。
 よっしゃ!んじゃ、ちっとばかりトラップでも仕掛けとこうかな。
 トラップといっても、実際はそんなに大層な代物じゃない。極細のピアノ線に小さな鳴子を下げた簡単なもので、少し触れただけで音が鳴る。普通の人間なら聞き逃してしまう程度だが、ヴァンパイアのオレにかかれば察知するのはたやすい。
 周囲に、立ち去る安住以外の人影はない。
 だが、ピアノ線の足がかりになりそうな場所を探している時に事は起ってしまった。
「きゃあー!」
 突如、空気を乱す悲鳴が倉庫街にこだました。声の主は、今さっき別れたばかりの安住だ。聴覚には自信がある。
 踵を返し、安住がいるだろう場所へすっ飛んだ。
 文字通りすっ飛んだわけで、時間にして十秒はかからなかったと思う。
 ところが――。
 そこには、うずくまる安住以外、誰もいなかった。人がいた気配すらない。
 こうまで完璧にされて、さすがのオレもうろたえた。
 その後、できたことといえば、警察と今日子さん、さらには鬼堂に連絡を入れただけ。我ながら情けなくて涙が出ちゃうぜ、くそっ。

 経緯を思い返したら、また落ち込んできた。でも、ウダウダしていられない。事件に直接遭遇したからには、鬼堂が来る前に状況証拠を分析し、自分なりの答えを導きださなくては。

 犯人はオーガーだ。それは間違いない。
 今までと手口が似ているし、安住も殴りかかった相手を確認できていない。そして、わずかな時間で、ハンターであるオレの目を出し抜き姿をくらましている。おそらく、相手もかなりの手練(てだれ)だろう。
 オレの自慢の嗅覚も、今回はまったく反応しなかった。つまり、犯人は同族以外。ヴァンパイアじゃない可能性が高い。

 実は、連続暴行事件の犯人に関しては、バルバラから独自の見解が出されていた。
 いわく、この頻度からして、犯行はヴァンパイアの仕業だというのだ。犯人がオーガーであっても、吸血衝動が伴わなければ、普通こうまで人を襲い続けない。
 今日子さんのこの説明に、オレも納得がいった。快楽のみを求める犯行にしてはリスクが高すぎる。やつらはそこまで無鉄砲じゃない。
 残念だけど、最初からすべて洗い直しだな。でも、こんなふうにバルバラが惑わされるなんて、珍しいこともあるもんだぜ。
 犯人に吸血経験がなければ、気配がなかった理由も立つ。
 でもさー、あの鬼堂が正体を見抜けなかった渡会や、吸血衝動がまったくないオレじゃあんめーし、まさかだよな。

 ――あれ?

 自分の考えが刺激となり、ふいになにかがひらめいた。
 そうだよ!渡会なら血の匂いがしなくてもおかしくないじゃん!正体がわかった今だって、本当にあいつがヴァンパイアなのか、同族のオレでも半信半疑だもん。
 それに、やつが犯人なら、ヴァンパイアが犯人っていうバルバラの見解にも、んでもって渡会を疑った鬼堂の推理にもドンピシャだぜ!
 やっぱ鬼堂ってすげーぜ。さすが、バルバラが誇る敏腕スレイヤーだけはあるな。
 正解を発見した喜びから全身がざわついた。興奮で、とてもじっとしていられなくなり腰が浮きかける。
 完全に立ち上がる前に、待望の相棒が姿を現わした。
「神座っ!」
 おそらく全力で走ってきたのだろう。珍しく息が上がっている。おまけにトレードマークの帽子もかぶっていない。連絡した時、どこでなにをしていたのかは知らないが、この分だと全部をぶっちぎって来たに違いない。
 立ち上がって鬼堂に近づく。もちろんこれは、お仕事話を他人に聞かせないためだ。
「被害者は?」
 問いかけに、言葉で応じる代わりに安住を見やった。鬼堂は、一瞥しただけでオレに注意を戻す。
「それで、犯人の姿は確認できなかったのか?」
 潜めた声で質問を続けられ、自分からも鬼堂との距離を詰めた。男とのナイショ話は趣味じゃないが、今はそんなことを言ってられない。
「状況はいつもと同じだぜ。でさ、ちっとばかり気になったことがあんだけど」
 自分の考えに裏づけが欲しくて、珍しくオレから話を振った。
 いつもは命令されて動くだけのオレが、にわかに能動的に転じたのを、鬼堂が目を丸くして見ている。
「どうした?今日はやけに前向きだな。……嵐にでもならなきゃいいが」
 その感想はねえだろう?オレに反省を促し、さらに結果を求めてきたのは、鬼堂、おまえじゃないか!
「反省文を書けって言ってただろう?」
「ああ。で、書けたのか?見せてみろ」
「あいにく、字を書くのは苦手なんでね。口頭でなら発表してやるぜ」
 自信満々で告げたとたん、鬼堂が口の端を上げて笑った。
 こいつのこの表情も、久しぶりに見た気がする。チームを組んでから数回しか経験がないが、オレの手腕を褒める時の顔つきだ。
「どうやら、怠けていたわけじゃなかったみたいだな」
「あったり前だ!こんなことでいちいち干されちゃ、これから先、仕事なんかできなくなっちまう。薫子や康介に全面的に扶養されるってーのは、どうにも居心地が悪ぃんだよな」
 偉そうに言っているが、結論にたどり着いたのはついさっきだ。
 でも、そんなの関係ねえ。要は、結果がすべてってこと。
 安住は、再度警官に同行を求められていた。どうやら、今度はきちんと応じられるまでに持ち直しているようだ。
 正直助かった。これで鬼堂とゆっくり話ができる。
「安住」
「なに?」
「ひとりでへーきか?なんなら、あとで迎えに行ってやろうか?」
「ううん、大丈夫。家に連絡して誰かに来てもらうから。……ごめんね、心配かけて」
 いつものハツラツ振りはどこへやら、完全にヘタレてしまっている。けど、前向きで明るいこいつのことだ、きっとじき立ち直ってくれるだろう。
 と、かなり自分に都合のいい理屈で片付けてしまった。
 確かに体のダメージは、折を見て見舞いのひとつでもしてやればいい。けど……。
 ごめんな、安住。オレがそばにいながら怖い思いをさしちまって。
 反省の念がチラリと心をよぎる。こんな感情は、ヴァンパイアになって以来、初めて抱いたかもしれない。

 警官に促された安住は、案外しっかりした足取りでパトカーに乗りこんだ。実況見分も終了したようで、目撃者とは言いがたいオレは、これでお役目ご免のようだ。
「それでは、宿題を見せてもらおうか」
 鬼堂はこのまま話を続けるつもりらしい。要求され、オレは自分の考えを説明し始めた。
「――つまり、今日のこの事件から導かれる結論はひとつ。犯行は、ヴァンパイアの渡会アキラの仕業だぜ」
 渡会犯人説にはものすごく自信があった。やつは、ヴァンパイアだというのに気配を出したり引っこめたりと、なんだか器用な真似をする。おまけに、どういう理由かわからないが、血の匂いも皆無に近い。
 こりゃ、場外大ホームランだな。鬼堂がどう褒めてくれるか楽しみだぜ。
 ところが、オレの多大なる期待と裏腹に、鬼堂は表情をまったく崩してこない。そればかりか、落ち着き払った態度で、完全否定の言葉を返された。
「残念だが、それはない」
「え?……なんでそう言いきれるんだよ?」
「渡会アキラには確固たるアリバイがある。……事件が起きた時、あいつは僕と一緒だった」
 なんですとー!
 それじゃ、やつはシロ?マジ?ウソだろー!
 がっくりとうな垂れるオレに、鬼堂は訝しげな顔をしている。
「おまえがここまで断定するからには、なにか根拠があるんじゃないのか?いいから先を続けろ」
 続けろ?
 続けろって……これで全部なんですけど。
「まさか、裏付けはこれだけなんて、ふざけたことを言うんじゃないだろうな。そんないいかげんなものなど、宿題レポートとは認めないぞ」
 思いきりダメ出しをされ愕然とする。
 バカだー!オレ。どーすんだよ?オレ!
 付け焼刃が完全に裏目に出た。
 宿題を仕上げたなんて豪語しなけりゃよかった!
 目の前にいるのが鬼堂じゃなければ、きっとのた打ち回ってしまったかもしれない。でも、こいつにそんな姿を見せたら最後、いつぞやの門柱やテーブルみたいに、今度はオレが壊される。
 沈黙を守ったまま、チラリと鬼堂を盗み見る。
 目が合ったとたん、あいつの眼光が鋭くなった……ような気がする。
「おまえ……この一週間なにをしていた?ちゃんと実のあることをしていたんだろう?時間の余裕なら、普段よりたっぷりあったと思うが」
 追及しながら同時に間合いも詰められる。ジリジリとあとずさるオレの後ろはすぐ海だ。このままいけば、三月の寒空に寒中水泳と洒落こむことになってしまう。
「あ……いや、そのー……」
「まさか、さっきの女生徒と、連日デート三昧だったとでも言うのか?それとも、ほかのサロンでリラクゼーションに明け暮れていたか?」
「ち、違う!第一、そんな金、オレ、持ってねーぞ!仕事を干された高校生が、贅沢なんかできっか!」
 追い詰められて気づいた。そういえばこいつ、他人への要求レベルがハンパじゃなかったんだった。
 なまじ自分が優秀なだけに、鬼堂の仕事に対するこだわりはすごい。そんなあいつと取り組むミッションでは、(これでも)常に謙虚を心がけているオレだが、今回ばかりは失敗した。完璧な正解を得たと思いこみ、一方的に舞い上がってしまったからだ。
「渡会が犯人という根拠は……もしかして、今日の事件だけなのか?」
 ……すみません。そのとおりです。
「だとしたら、今までずっとサボっていた、そうとらえても構わないんだな?」
 ちげーよ、鬼堂!オレはおまえほど出来がよくねえんだ。サボってたんじゃなくて、これで目いっぱいなんだよ。だから、頼む、見逃して……。
 もうダメだ。
 一発殴られる覚悟を決めたのだが、そこになんと天からの助け舟。
「樹!由典!」
 ラッキー!今日子さんだ。
「どうしたの?被害者はもう搬送された?犯人につながる手がかりは見つかったの?」
 駆け寄りながら、矢継ぎ早に質問をされる。
「……風間」
 今日子さんの登場で、鬼堂の注意がいったんオレから外れた。同時に、全身を支配していた緊張が解けた。
「今日子さ……」
「どこに行くつもりだ?」
 救世主にすがろうとしたのを、いきなり鬼堂に制された。肩をつかまれ、恐怖からビクッと体が跳ねる。
「話は、まだ終わっていない」
「き……どう」
 こえーよー、こいつ。マジ、怖いっ!
 なんで、こんなにも威圧感があるんだ?
 なにをされるかわからないせいで、動きが完全に止まった。
「自分で考えて行動できないのなら、仕方がない、命令に従え」
 そのとたん、不思議と鬼堂から殺気が消えた。
 変わり身の早さはこいつの専売特許だが、それにしても今日のこれは鮮やかすぎだ。
「おまえに最上のプランを与えてやる」
 最上のプラン?
 ナニ、それ。
 意味深な言い方の中に、微妙な(というより、はっきりとした)企みが感じ取れた。
 だけどここで断ろうものなら、確実にあいつの雷が落ちる。
「拒否する権利など、おまえにはないと思えよ」
 思ったとおり、オレの意向なんかまったく訊いてこない。
 こうなってしまっては、逃げも隠れもできない。あきらめを感じながら、人知れずため息をつくのだった。



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