チェキ!―CHECK IT !(9)

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チェキ!―CHECK IT !(9)



◇◇ まだまだだな!−樹サイド ◇◇


 どうも神座には、僕の考えが今ひとつ伝わりきれていないようだ。呑みこみが悪いのは知っていたが、まさかここまでひどいとは思わなかった。
 渡会が人外?そんなこと、言われなくてもわかっている。
 さすがにヴァンパイアとの断定はできなかったが、それならそれで納得がいく。連続性や手口から、この事件の犯人はヴァンパイアとの結論が出ている。

 今からさかのぼること二ヶ月、街で偶然渡会アキラを見かけた時から、僕はやつの正体を疑っていた。
 ただの人外にしては、まとう空気、もっと言えば「匂い」があまりに異質だった。スレイヤーのプライドをかけてもいい。渡会は、人間と馴れ合うような人外じゃない。
 そう判断したものの、その時点で、渡会への殲滅(せんめつ)命令は出ていなかった。だが、これから先も出ないとは限らない。
 疑わしきものは野放しにするな。
 僕のスレイヤーとしての身上だ。
 そこで僕は、個人的に渡会アキラを監視することにした。ハレルヤに通い続けたのも、やつがそこの常連だからだ。
 幸い、直感は正鵠を射た。渡会アキラは、今回の連続暴行事件の最有力容疑者と目されている。

 それにしても、当初のアテが外れてしまったな。これもみんな神座のせいだ。渡会を探るのにあいつが使えなくなったとあっては、別のツテを頼るしかなかろう。
 この場合のツテとは、ハレルヤの店長、沖田さんを指す。電話の件もあり、できれば個人的な関わりを持ちたくないのだが、こうなってしまっては背に腹は代えられない。

 というわけで、僕は今、ハレルヤのビルの前にいた。ほんの一週間前には、ようやくこことも縁が切れたと安心したのに、一方的な思いこみほど危険なものはない。なにごとも謙虚が一番だ。反省しよう。
 渡会とハレルヤの関係を知ったのは、やつの監視を始めてすぐだった。あの神座と同じ趣味とは意外にも思えたが、人外同士、どこか通じ合うものがあるのだろう。
 とにかく、ハレルヤが神座の憩いの場というおかげで、来店はあっけないほどスムーズに実現した。ちょっと興味を示したら、得意げな顔で一緒に行こうと誘われたのはお約束の流れだ。
 本当に神座は扱いやすい。これで、命令に忠実なら文句なしと絶賛するところだが、残念ながら現実はそうではない。
 だが、まあいいだろう。コンビを組み一年半でようやくここまでに仕立て上げたんだ。気長に取り組んで、最終的には僕の理想になってもらう。覚悟しておけよ。この先もビシビシ鍛えるからな。

 当初、この連続暴行事件はバルバラの仕事ではなかった。オーガーの仕業と判断されたのも、最初の被害から一ヵ月以上経過してからだ。僕が警察の立場ならば、もっと早く対処できたと思う。
 警察からバルバラに委譲されたあとも、およそ二ヵ月もの間、解決への確たる進展はなかった。これに関しては、別に風間が悪いのではない。というか、ボケをかましたのは別のボスだ。いったんは、犯人は人外じゃないと結論づけたらしいのだから、バルバラに籍を置く価値もない。
 けれども、ここで自分の組織の穴を列挙しても空しいだけだ。それより今は、少しでも解決へ向けて進みたい。

 新調した帽子の具合を確かめ、改めて己に気合いを入れた。エレベータに乗りこみハレルヤのある階のボタンを押す。ぐんと軽くGかかり、時間にして十五秒足らずで目的階へ到着した。
「こんにちは」
 店はちょうど客足が途絶える時間帯のようで、待合には誰もいない。奥の従業員控え室も、いつもより静かな感じがする。
 呼びかけに現われたのは、沖田さんではなく副店長の宮島さんだった。
「あら!樹くん。お久しぶりね。最近忙しかったの?病気にでもなったんじゃないかって、店長が心配していたわよ」
 そういえば、最後の来店からもう半月以上になる。それまで三日と空けずに通っていたのだから、そう思われても仕方がないだろう。
「由典くんも、ここ最近顔を見せてないわよ。お気に入りの男の子たちが来なくなったって、店長、ご機嫌斜めなのよー」
 なんだ、神座もお見限りだったのか。
 待てよ?ということは、少しは真面目に宿題をしているのか?
 僕の命令を守っているのだとしたら、恫喝めいた真似をした甲斐もあったというものだ。
 実はあの時、僕はさほど気分を害していなかった。ただあいつは、切羽詰まらないと真面目にならない悪癖がある。それを見越してのキツい態度だったのだが、想像以上の成果に、思わずほおが緩みそうになる。
「タッキー!」
 その時、店の奥の方から店長の弾んだ声がした。言葉と一緒にハート型の手裏剣でも飛んできそうな勢いだ。
「ごぶさたしています」
 あたりさわりのない挨拶をしながら、いちおうの礼儀と帽子を脱ぐ。面の割れているハレルヤにいてまで顔を隠す必要はない。
「ああ、もうっ!心配していたんだよー。病気で寝こんでるんじゃないかって思って」
「すみません。別に体調が悪かったわけじゃないんです。ちょっと部活が忙しくて……」
 ウソも方便。約束もしていないのに、少し疎遠にしたくらいで責め立てられるのとどっこいだ。
「ゆーくんも突然来なくなっちゃうし……仕事でトラブルでもあったのかと思っちゃったよっ」
 会話の後半は宮島さんに聞かれぬよう声を潜めて告げられた。
 それにしても……。
 神座が沖田さんとどういう関係なのかは知らないが、あいつには「守秘義務」という考えがないのだろうか?まさか、この仕事を軽んじているとでも?
 ……いや、それはないな。神座は風間に並々ならぬ恩義を感じている。でもそれなら、なぜこの人にだけ事情がこうも筒抜けなんだ?
 密かに疑問を感じていると、さらに興味をかきたてられる台詞が沖田さんから出る。
「ちょっと落ち込んでいたんだ。君たちだけじゃなくて、アキラくんも姿を見せなくなっちゃったのよ。飽きられたのか、それともサービスが悪かったのかって、気になってしょうがなかったんだ」
 なに?よりにもよって、渡会まで僕らと同じ行動パターンを取っていたのか?
「あのっ!そのー、アキラって人のことなんですけど!」
 気になる人物の名が出たせいで、さして深く考えもせず問い返してしまった。もう少し慎重に事を運ぶつもりだったのに、らしくもない失敗だ。だけど、いったん出した言葉は引っこめられない。
「アキラくんが……なに?」
 沖田さんの声が低く沈みこむ。さらには、探るような目でジッと見つめられた。
 その様子に、僕もトーンダウンを余儀なくされる。そして、自分としてはかなり控え目に言葉をつなげた。
「ちょっと…彼と連絡を取りたくて……。電話番号とか…教えていただけたら…助かるんですけど」
 要求を告げたとたん、沖田さんの顔色が変わった。態度の変化を察したと同時に、神座のバカが沖田さんとどんな約束をしたかを思いだした。
 しまった!地雷を踏んでしまった。
 あわてて視線を戻すそこには、沖田さんのこのうえもなく不機嫌な顔がある。デート(ってなんだ?)したい相手が、別の男に興味を向けたのが気に入らないのだろうけど、それにしてもこの反応は過剰すぎだ。
「電話だなんて、そんなまだるっこしい真似はしなくていいよ。嬉しいな。ボクだけじゃなく、君も会いたがってくれていたなんて」
 ふいにドア付近から涼やかな声がした。沖田さんの肩越しにのぞき見るそこに、なんと話題の人物がいる。
「……アキラくん」
「こんにちは、沖田さん。お久しぶりです」
 偶然にしては出来すぎだ。
 オーガーめいた気配は、今の渡会からはまったく感じ取れない。どうやら、己の意思でコントロールできるものらしい。器用なやつだ。
 だが、こうやってシカトしていられるのも今のうちだけ。絶対に化けの皮をひんむいてやる。
 にわかに緊張が高まるのを感じ、帽子を握る手に力がこもる。
「ボクと個人的な話でもあるの?なんなら、これから場所を移してする?」
 願ってもない申し出だ。サシでやれるのなら本望。このチャンスを逃す手はない。
「ダメだよ、アキラくん!タッキーとの先約は、この僕なんだから!」
「先約?」
 狙ったわけでもないのに、渡会と台詞がシンクロした。思わず顔を見合わせ、渡会だけが沖田さんに質問を重ねる。
「先約って……なんですか?」
「いくらアキラくんでも、こればかりは譲れないよ!タッキーは今日、僕とデートすることになっているんだからね!」
 そんな約束をした覚えはない。第一、デートの交換条件を呑んだのは僕じゃなくて神座だ。
「だからあきらめてくれるかな?ていうかさー、タッキーとじゃなくて僕とデートしようよ。今日は駄目だけど、明日なら全然オッケーだよ」
 無節操振りを目の当たりにし、呆れと怒りがダブルで襲い掛かった。
 堪忍袋の尾が切れた僕は、とうとう猫の皮を脱ぐ決意をした。今は体裁より仕事を優先すべきだ。
 手にした帽子を目深にかぶり直すと、鋭い眼光で沖田さんを見据えつつ、低く、でも有無を言わさない口調で言いきる。
「頼むから、これ以上、仕事のじゃまをしないでくれ」
「うっ……!」
 ハレルヤで本性をさらしたのは初めてだ。沖田さんは絶句し、動きまで止まってしまっている。
 一方の渡会はというと、まるで動じず、そればかりか薄く笑いまで浮かべている。いかにも興味深げという顔つきだ。
「なるほどね。それが君の本来の姿か……。いいだろう。じゃあボクも、演技はやめにしようかな」
 言い終えたとたん、雰囲気が一変した。今の渡会は、人外特有の危うさをまとっている。さすがにヤバイと感じたらしく、沖田さんも口をはさんでこない。
 場に痛いほどの沈黙が流れた。それを破ったのは、施術室の準備を終え待合に戻った宮島さんだ。
「お待たせー!樹くん、ルームAへどうぞ!」
 宮島さんには悪いが、ここはあえて無視させてもらう。
「……行こうか」
 渡会に促され、そのままそろってハレルヤを出た。
「て、店長ー?」
 エレベータのドアが閉まる直前に聞いたのは、オロオロとうろたえる宮島さんの沖田さんを呼ぶ声だった。

 * * *

 渡会アキラが向かった先は、駅とは逆方向にある市立公園だ。時刻は四時をちょっと回ったあたりだが、いかんせん今は三月の頭。だいぶ日が長くなったとはいえ、周囲はすでに夕方の様相を呈し始めている。
 薄暗く人影もまばらなこの状況。事と次第によっては好都合にもつながりそうだ。
 やつに探りを入れてみて、犯人と判明した時点でおさらばだ。
 思わず懐のホルダーを確認した。そこには対ヴァンパイア用の切り札、楔(くさび)が収められている。たとえ神座がいなくても、これさえあればひとりでも十分に戦える。おまけに今は新月が近い。人外、特にヴァンパイアの能力が最も衰えるタイミングだ。
「それで、訊きたいことってなに?ずいぶん前からボクを追いかけていたようだね。そうまでして、君はなにを知りたいの?」
 こっちの動きまで見破られていたとは。ひょっとして、今日ハレルヤで会ったのも偶然ではないのかも。
 思ったとおり侮れないやつだ。
 改めて、渡会への警戒を強めた。
 対する渡会には、あわてる様子は見られない。まるで世間話でもするかのような落ち着きぶりだ。僕がスレイヤーと知っても冷静でいられるかは疑問だが、それでもこのポーカーフェイスは賞賛に値する。
 こうなると、探り合いは時間の無駄だな。
 考えを決めた僕は、からめ手をやめ、真っ向から切りこむ手段を選択した。
「最近、この街で暴行事件が頻発しているのは知っているか?」
「暴行事件?……いや、初耳だよ。というか、そういうものにあまり興味がないんだよね。自分が関わらない問題にまで、いちいち反応していられないんだよ」
 物事に興味が薄いのはヴァンパイアの特徴なんだろうか?確か神座も同じような台詞を言っていた。
 だが、無関心を装いこの場を逃れようという心積もりかもしれない。でももしそうなら、僕の誘いに乗った理由がわからない。
 渡会の真意は汲み取れなかったが、構わず話の先を進める。
「とにかく、事件が起きているのは事実だ。で、犯人はまだ逮捕されていない。だから、いまだに次々と罪のない人が襲われ続けているんだ」
 同じ話題を続けられたせいで、渡会が不満そうに眉をしかめた。これがこいつの演技ならたいしたものだ。僕からどこかの劇団に推薦してやろう。
「それとボクと話をするのと、どういうつながりがあるんだい?第一、なぜ君がそんな物騒な問題に首を突っこんでいるの?警察関係者でもないのに」
「関係があるから呼びだしたまでだ。そして、僕はこの事件を解決しなくてはならない。なぜなら、それが僕の仕事だからだ」
 手の内をさらしてみるものの、渡会にさしたる変化はない。オーガーなら、「仕事」と明言したことで、身の危険を感じてもよさそうなものなのに。
「おまえ……何者だ?」
「……」
 渡会からの返事はない。
「ただの高校生じゃないだろう?」
「そっちこそ、ただの高校生じゃないだろう?食わせ者だってことくらい、とっくに知っていたよ。……君が考えるより、きっとボクは物知りだ」
 笑いながら返され背筋がヒヤリとした。こんな真冬の戸外で汗をかくわけがない。おそらくは悪寒の類だ。
 ピピピピ!
 いきなり携帯が仕事モードで着信を知らせる。いくら修羅場中でも、バルバラからの連絡は無視できない。渡会を横目でにらみつつ、おもむろにポケットから携帯を取りだし耳に近づけた。
『樹!』
 あわてる声は風間だ。
「どうしました?」
『また、やられた!ついさっき、二十四人目の犠牲者が出たとの連絡があったの!現場の住所をメールで送るから、すぐに直行して!』
 報告を受けたとたん、目の前の渡会を凝視してしまった。
 信じられない。こいつはシロなのか?
 混乱を来たしている間にも、別の着信音とともにメールが届く。確認する僕に、渡会が近づき、紙片らしきものを手渡してきた。
「どうやら外せない用事ができたようだね。ゆっくりできなくて残念だよ。これ、ボクの携帯番号。『仕事』が片付いたら連絡して。もう一度、ちゃんと君と話がしたいから」
 渡会は、なぜか僕の用事を「仕事」と言い当てた。番号を記したメモはかろうじて受け取ったが言葉が出ない。
「ボクは君ともっと知り合いたいな。楽しみだよ。次に会える時が」
 クルリと背を向け離れていく後ろ姿を黙って見送った。右手に握りしめたままの携帯が、再び仕事モードで着信を告げている。
「……はい、鬼堂」
『オレ、オレ!今日子さんからそっちに連絡が行っただろ?』
「ああ……」
 相手が神座で、話の内容が風間と同じとわかっても、ショックが残る頭では、どうにも反応が鈍くなる。
『どうしたよ、おまえ?なんかあったか?』
 信じられないことに、僕の異変に神座が気づき質問してきた。鈍感なあいつにあるまじき鋭さだ。
「なんでもない。大丈夫だ。僕もこれから現場に向かう」
 言い当てられた戸惑いからつっけんどんな返し方をしてしまう。だが、よほど大事なのか、神座からのツッコミはない。
『現場で待ってるからさ、少しでも早くしてくれよ!』
 待っているだと?
 風間からの一報はついさっきだ。おまけに今のあいつは謹慎中のはず。なのに、どうしてこんなに素早い行動ができる?
「どうしておまえが現場にいる?」
『襲われたのがオレの知り合いなんだよ!それも、少し前まで一緒にいて、別れてすぐに事件に巻きこまれちまったんだ』
 なんだって?あいつがそばにいたにもかかわらず襲われただと?
 ヴァンパイアの仕業なら、いくら新月近くでも、同族の神座が察知できないわけがない。
「五分で行く。それまでに、できるだけ状況証拠を得ておけ」
『オッケー。わかった』
 指示を終え、携帯を折りたたんでポケットに戻す。そして、メールに記された場所を目指し、全速力で走りだした。
 周囲は闇に包まれようとしている。寒空のせいか、道行く人もまばらだ。これなら能力を全開しても差し支えないだろう。
 もし他人が見たら、おそらくべらぼうなスピードだったに違いない。かぶったままだと落とすと判断し、顔を隠すための帽子も脱ぎ捨てた。
 ――まだまだだな。我ながら修行が全然足りていない。
 反省の言葉が自分に重く圧しかかる。思いこみと先走りで犯人を特定したつもりになった現実に、気分は落ちこむ一方だった。



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