チェキ!―CHECK IT !(11)

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チェキ!―CHECK IT !(11)



◇◇ 手間のかかるやつだ!−樹サイド ◇◇


「なかなか似合うじゃないか。これなら敵の目も欺けるな」
「……」
「そんな仏頂面をするなよ。せっかくの器量よしが台無しだ」
「……」
「襲われた安住って子より、よっぽど美人に見えるぞ。だから、笑ってみせろよ。ほら」
 ここまで褒め言葉を重ねてやったら、さすがの神座も観念した。
「……こ、こんな感じか?」
 だが、披露された笑顔はお世辞にもグラビアアイドル並みとはいかない。右のほおだけ引きつっている。これじゃホラー映画のゾンビだ。
「うへー。尻のあたりがスースーする」
「下着までは女性モノにしていないんだろ?」
「男モンだから余計なんだよ!トランクスなんて、腿のへんがビラビラしてんじゃん」
「だからタイツをはけと忠告したのに、それを無視するからだ」
「冗談じゃねえっ。そんなんはいたら、脛毛にからまっちまう」
 それはないな、と声に出さず呟く。言うほど神座は毛深くない。むしろ、男にしては手も足もツルンとしている方だ。
「早く終わりにしてぇ……」
「そう思うんだったら、せいぜい女性らしく振舞え」
「……ちぇー。他人事だと思って」
 文句の多さに、さすがにちょっとうんざりした。宿題の不備の見返りとしては、さほど負担は大きくないはずだ。求めたのは女装とカツラだけ。あとは自前のものばかりなんだからがまんしろ!とこっちが言いたい。
 だが、神座の化け具合は初めてにしては上々だ。誰もこいつを男と思わないだろう。
 そして、化けているのは神座だけじゃない。渡会アキラを演じるため、僕も神座の高校の制服を身につけていた。
 僕にまで変装を要求したのは神座だ。いくらオーガーをおびきだすためとはいえ、女装で本物の渡会に接近するのだけはカンベンと泣きつかれた結果だ。
 つまり、今の僕はニセ渡会アキラ。
 しかし、たかが服装を変えたくらいで、やつになりすませているとも思えないのだが。
「おまえ…そうやっていると鬼堂に見えねえなあ」
「……だからといって渡会にも見えないだろう」
「んなことねえぜ。やっぱ似てんだなー、おまえたちって」
 不本意だ。
 でも仕方がない。
 なにしろ、被害者は渡会と接触した女性に限られる。安住が襲われたのも、神座の推理では、ハレルヤの前で渡会と立ち話をしたことが原因だろうというし。
「だけどさー、ひとこと言ってもいいか?」
「なんだ」
「制服に帽子は、やっぱヘンだ」
「うるさいな。おまえには迷惑がかからないんだから、余計なことを言うな」
 にらみつけると、さっきのゾンビ笑いから一転し、人を食ったようなニヤニヤ笑いで返された。
 ……まずい。ちょっと可愛いかもしれない。


 神座には大きな特徴がふたつある。
 第一の特徴。
 ヴァンパイア特有の血の匂いがしない。
 神座に吸血経験は皆無だ。それも、吸血に失敗し続けているのではなく、人を襲いたいと思ったことがないのだそうだ。
 そんなバカな話があるか、と最初はマトモに取り合わなかったが、親代わりの神座薫子(かおるこ)の証言もあり、どうやら事実らしい。
 好みの問題とか体質的に受け付けないとか、いろいろと憶測を立ててはみたが、本当のところはなにもわからない。本人にだって理解できていないのだから、人間の僕にわかるわけがない。
 うがった考え方をするなら、十代なかばでヴァンパイアに変身した酔狂者ゆえの規格外といったところか。こんなやつは異例中の異例だ。
 そして第二の特徴。
 小柄で細身、おまけにやけに中性的な顔立ちをしている。
 なので、ちょっと手を加えたら、見事なアイドルもどきに変身した。特技としてプロフィールに明記すべきだ。これから先もきっと役に立つ。
 以上のふたつを融合した結果が今の神座の姿だ。人間の、しかも可憐な少女にしか見えない無防備さで、渡会(いや、実際は僕なんだが)とデートなどしていれば、絶対に犯人は食いついてくる。

 とはいえ、マイナスポイントがないわけじゃない。
 それは表情だった。普段どおりでまったく構わないというのに、演技力ゼロの神座にはこれがかなり難題のようなのだ。
「どうでもいいが、もう少しマトモに笑えないのか?」
 ニヤニヤ笑いは、たとえ可愛くても女の子には似つかわしくない。呆れて言い捨てると、とたんに不機嫌そうな顔に戻る。
「うっせー!文句があんならおまえがやれ!……くそっ!なんでオレがこんなカッコをしなくちゃならんのさ」
「囮(おとり)のために決まっているだろう。これで反省文の不備をチャラにしてやろうというんだ。反論はそれまでにしておけ」
「ううー」
 ぶーたれた顔も、人によっては魅力的に映るらしい。すれ違う男どものほとんどが神座に目を奪われていた。羨望と驚き、それらの入り混じった好奇の目が、さっきからずっと僕たちに注がれている。
「もう一度確認しておくが、作戦はすべて頭に入っているだろうな」
 体を密着させた状態で神座の耳に口を寄せて囁く。傍から見ると愛を語らっているとしか思えないだろう。そうとらえてもらえれば上出来だ。
「わ、わかってるって……!だからっ、そんなに近くに寄るな!み、耳に、い、息を吹きかけんなよっ!」
 真っ赤になってあわてる神座を、珍しさも手伝いまじまじと見つめてしまった。
「だからっ、てめーっ!」
 憤慨口調で神座がさらに抗議を重ねようとした時だ。
「アキラくん?」
 声の主は、ハレルヤの店長の沖田さんだ
 ――だけど呼び名を間違えている。
 だが、沖田さんのこの態度に神座は満足気だ。ウインク付きで横腹を小突かれた。
「ほらな!だから言っただろう?渡会と似てるって」
 自分の考えの正しさが証明され、よほど嬉しいのか文字どおり満面の笑顔を披露する。
 ……だから、そんなふうにできるのなら最初からその表情をしてくれ、と言いたい。
「あ…れ?……違う。アキラくんじゃなくて…タッキーじゃない!」
 距離的に近づいたせいもあって、ようやく人違いに気づいたみたいだ。薄暮に加え遠目だから、ちょっと見僕だとわからなかったのだろう。おそらくは、服装だけで判断したに違いない。
「め、珍しいところで会うね。そっちの可愛い子は……えっと、もしかしてカノジョ?あはは。デ、デートなのかな?」
 どうして僕が違う学校の制服を着ているのか、問いかけてもこない。さらには、女の子の正体にもまるで疑問を抱いていないようだ。まさか神座とは夢にも思っていないのだろう。
「ははは。結構お似合いだね!タッキーも隅にお、おけ、おけ……」
 レコード盤の傷に針がひっかかって無限リバースしているかのようなドモリようだ。僕が女の子(本当はそうじゃなくて神座のやつだが)と一緒にいるのが、かなりのショックを与えてしまったとみえる。
「じゃあ……またね」
 一方的にしゃべり終えると、しょげ返った顔をして、こっちの答えも待たずにあさっての方向へ歩きだしてしまう。どうでもいいが、そっちは来た道だ。どこへ行こうとしていたのか知らないが、用事はいいのだろうか?
「誤解されちまったな」
「いいんじゃないのか。これで余計なもめごとを背負いこまずにすむ」
「ああ、そっか。ゆーさんはおまえにフラれたわけだから、もうひとりのターゲットに狙いを定めればいいだけか」
 神座のこういう割り切り方が好きだ。世の中、神座のようなさばけた人間ばかりなら、もっと生きやすいのにとつくづく思う。
「じゃあ、そろそろ本格的に作戦に移るが、準備は?」
「もち、おっけー!ていうか、早いとこオーガーをおびき寄せて始末してぇよ。ああ!どうでもいいけど、すぐにでもコレ、脱ぎてぇ!」
 嘆く神座には悪いが、そんなに楽に事は進まないだろう。もしそうなら、こんなにも大勢の犠牲者が出るまで振り回されていないはずだ。
「携帯、つなぎっぱなしにしておけよ」
「了解!」
 明るく返事をすると、腕を解きフィッと僕から離れる。そのまま人ごみに姿が消えた。あとは、餌に狼(か猫か犬か……まあそんなもんだろう)が食いつくのを待つばかりだ。
 少しの距離と時間を置いてから、携帯のGPSを頼りに僕も神座を追いかけた。

 * * *

 携帯の画面に「餌」の位置が赤い点で示されている。僕の指示に従った神座は、繁華街を抜け、徐々に人通りの少ない方角へと進んでいた。折しも夕暮れ。犯人が行動を起こす頻度の一番高い時間帯だ。

 少し前から、僕はこの異変に気づいていた。視界の端に見覚えのある女がいる。顔を見たのは一度だけだが、記憶力には自信がある。
 そいつは、端的にいうと神座のストーカーだ。だが、今の神座は本来の姿じゃなく少女の扮装をしている。だから、わかって追いかけているわけではないと思うのだが……。
 じゃあ、なぜ女相手にこんな真似をしているのだろう?
 まさか、カワイイ系なら性別は選ばないとか?だから女でも構わないとでも?
 単純に、神座みたいな容姿が好みなだけかもしれないが、それくらいの理由じゃどうにも解せない。
 とにかく出方を見ようとふたりの尾行を続けたところ、とうとう市立公園まで来てしまった。ここは、いつか僕が渡会アキラと話をした場所だ。
 寒空も手伝って周囲に人影はまばらだ。見つからないよう手近な木に身を寄せたとたん、いきなり女が行動に出た。
「そこのあなた!」
 神座の背後から怒りをこめた口調で声をかける。どうやら神座も、すでに相手を特定できていたらしく、振り向いた顔に焦りの色はない。自分がつけられていたなどとっくに承知していたんだろう。あいつだって、だてにハンターをやっているわけじゃない。
「……」
 声を出したら男がばれるとの考えか、返事はあえてしないままだ。
「あなた……アキラとどういう関係?」
「……」
「知っているのよ、私。さっきまであなたアキラと話をしていたでしょう?帽子をかぶっていてもすぐに彼とわかったわ。ずいぶんと親しそうだったけど……どういうこと?」
 女のこの言い方で計画の成功が証明できた。そして、認めたくないが、僕と渡会が似ているというのも。
「……いつからなの?前からの知り合い?」
 問いかけに神座がブンブンと首を振る。
「じゃあ、アキラがこの街に来てからの付き合いなのね」
 今度の質問には、オーバーアクション気味にうなずく。神座の態度に満足したのか、女の表情に余裕が生まれた。
「だったら、もうこれまでにして。アキラにはちょっかいを出さないでちょうだい。今後いっさい近づかないで!でなければ、身の安全は保障しかねるわ」
 脅しはたぶん神座が最初じゃないだろう。それほど態度が堂に入っている。渡会に近づく女どもを、この方法で片っ端から追い払っていたに違いない。
 やはりこいつが連続暴行事件の犯人。そして渡会も関係者みたいなものか。
 確信を深めた僕の耳に、もうひとこと女が言いつなぐのが聞こえた。
「本当ならね、有無を言わさず殴っておしまいにするところなんだけど……あなたはちょっと特別なの。……どことなくだけど似ているのよ。私が気になっているある人に」
「なっ……!」
 ほとんど手拍子という感じだったが、瞬間、神座から地声がもれた。音として出た程度でも、性別を疑わせるには十分だ。
 バカ野郎!まったく詰めの甘いやつだ!
 パートナーの思わぬ失態に頭を抱えてしまいたくなる。
 そして、まずいことに、女も怪訝そうな表情になった。
 だが幸い、冷静に見えても実際はかなり頭に血が上っているようで、正しい判断を下せないらしい。
「……なんだか怪しい女ね。……まあいいわ。だけど、アキラにはもう関わらないで。忠告を無視したら、今度こそ本当に痛い目に会うわよ」
 言い終えるかどうかのタイミングで、鋭い光が女の手元から発せられた。一拍置いて、それがカメラのフラッシュだと気づく。
「念のための一枚よ。証拠として撮っておくわ。二度目はないと思いなさい」
 最後まで脅しの台詞を吐き続け、女装の神座になにをするでもなく女は立ち去ってしまった。

 姿が消えるのを確認してから、佇む神座に歩み寄る。
「どう思う?神座」
「間違いねえだろう。あいつが事件の真犯人だ。……けど」
「人外じゃなかったのが意外なのか?」
 それは僕も考えた。これまでの事件のすべてが、一般人の、しかも女の仕業ととらえるには、あまりに無理がありすぎる。
「いや……そうとも言いきれねえかもよ」
「どういうことだ?」
 ここら辺の微妙な感覚となると、こいつに頼る方が正しい。人間の僕に察知できないなにかでも、同じ人外のヴァンパイアなら見逃しはしない。こういった面でも、スレイヤーと人外が組んで仕事をするメリットは大きい。
「あの女……高橋さくらだけど、人外じゃないって判断するのはちょっと待ってくれ」
「高橋?なんだ、知り合いだったのか」
 一方的に追っかけられているとばかり思っていたのに、当たり前のように名前を出され拍子抜けしてしまう。
「うん。オレのガッコの上級生」
 だとすると、これまでも個人的な付き合いはあったのだろうか?そういば、前に見かけた時も、たまたま一緒だったにしては、やけに馴れ馴れしい感じに見えた。
「今まで、女を人外だと感じたことは?」
「まったくねえ。けど……」
 どうやら神座には、なにかが引っかかるらしい。
「今のやり取りで、ちょっとだけ違和感を覚えたんだ。勘違いかとも思ったんだけど、一瞬、獣の匂いがした。あいつが怒りだしてすぐくらいに」
 なるほど。我を忘れるほど激昂したからか。だとすると、人間の血が混じった人外という可能性もあるな。ならば、やつをオーガーと断定してもいいだろう。
 どうした?おまえ。今日は満月じゃないぞ。……いや、満月でもこんな冴えはめったに見せないが。
「……とはいえ、決定的な証拠としては弱いな。やはり現場を取り押さえたい」
 別に現行犯逮捕がバルバラのモットーではないが、それでもあえて泳がせたいと思ったのは、渡会アキラのせいだ。やつが無関係と決めるのは早い。スレイヤーの本能がそう訴えている。
「裏を取るつもりか?」
 念を押すように問いかけられる。
「そうだな……。もう少し監視してみたいが、どうだ?」
 告げると、やはりといった感じで肯定の返事が戻った。
「オレもその意見に賛成だ。それに、高橋の話を聞いていて思ったんだ。たとえ直接的じゃないにしても、やっぱり渡会はこの事件に関係しているって。だから、もう一度渡会を探る。高橋の方は……オレじゃ面が割れすぎてるからなあ。それに、ストーカーを逆に尾行すんのもなんだかヤだし」
「わかった。そっちは僕が引き受けよう」
 ようやくのろまな神座にもエンジンがかかったらしい。本当にこいつは手間がかかる。僕じゃなかったら、とてもじゃないが一緒に仕事などできないだろう。
 僕は神座を評価していないわけじゃない。ただ、なんというか、波長やら物事を進めるスピードがまったくかみ合わないのだ。
 「生きる」という時間の流れが、僕は一定のリズムで進むが神座は止まった状態が続いている。たぶん、そのあたりが影響するのだと思う。

 公園を抜け、繁華街へ戻ったところで神座と別れた。携帯のメモに、神座から聞いた高橋さくらの住所を記録する。ここからだと、僕の足でも二十分くらいかかるだろう。
「じゃあな、鬼堂」
「ああ。二時間後にいつもの場所で落ち合おう」
 時計を見ると、そろそろ八時になろうとしている。遅くはないが、この田舎町では、普通の高校生なら用もなく出歩く時間じゃない。行き先は互いのターゲットの自宅。家に帰っていればこれ以上の詮索はしない。問題なのは、いまだふたりが不在の場合だ。

 この時僕は、事件の核心のなんたるかを、もう少し真剣に考えるべきだったのかもしれない。向かった先に高橋はおらず、約束の時間に待ち合わせ場所に出向いたものの、とうとう神座は姿を現わさなかった。

 あいつに異変があったと知った時には、すでに白々と夜が明けようとしていた。



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