チェキ!―CHECK IT !(12)

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チェキ!―CHECK IT !(12)



◇◇ おせーんだよ!−由典サイド ◇◇


 ……頭がいってえよお……くっそぉー。
 誰だよ?オレのこといきなり殴りやがったのは?すんげー、バカ力。いったいなにをどうすれば、こんなふうに人をボコれるわけ?
 それにしても……この部屋の暗さってなんか変。だって、あまりに不自然だ。ヴァンパイアのオレがここまで暗く感じるなんて、ひょっとしたら人工的に作られた闇かもしんねえ。それとも、殴られた衝撃で視力低下を起こしかけてんのかも……。
 いくらヴァンパイアが不老不死だからって、ちったー加減しろよなっ、くそ!

 ハンターなどという仕事をしていれば、そこら辺の人外より確実に場数を踏んでいる。だが、さすがにここまでのダメージを受けたのは初めてだ。
 致命傷でないのが不幸中の幸い。下手をしたら、体が完全に散っていたところだ。

 自分のうめき声で聴覚の無事は確認できた。殴られた拍子に鼓膜が破れることもあるから、これはラッキーと言えるだろう。
 とはいえ、いいことばかりじゃないみたいだ。
 なぜか体の自由がきかない。
 ためしに身をよじってみたところ、後ろ手に縛られ、おまけに鉄柱につながれていると判明した。ここまでの念の入れようからして、相手はオレの正体を正しく把握しているらしい。

「やっと目が覚めたようね」
 唐突に、冷たい声が頭の上から降ってきた。え?と思う間もなく、周囲にバアッと光が満ちる。いきなりの明るさの変化に、さすがのオレも目が追いつかない。
 バシッ!
 次いでほおに衝撃が走った。あまりの仕打ちに、思わず大声で怒鳴りつけてしまう。
「んだよ!初対面のご挨拶がコレか!?」
「あら、お気に召さない?だけど、反則というなら、あなたの格好だって反則よ。それとも、まさか女装が趣味なの?」
 負けずに言い返した女は、乱暴にオレの胸倉をつかんできた。
 女物のワンピースは襟元が詰まったデザインだ。喉仏を隠すためだが、それが返って仇となった。
 苦しさからグウッと喉が鳴る。
 きしょー!なんつー怪力だ。間違いねえ。こいつがオレをボコりやがったんだ。でもって、安住(あずみ)を襲ったのも、たぶんこの女だぜ。
 導きだした答えに確信を持つが、この体勢じゃ抵抗もままならない。酸素不足で朦朧としかけていると、今度は別の女の声が耳に届いた。
「そこまでにしておいたら?」
 あれ?……この声には聞き覚えがあるぜ。でも……誰だ?
 疑問はすぐに解決した。
「神座(じんざ)くんは私のお気に入りなのよ。なのに、ひどいわ。ここまでボコボコにしちゃうなんて」
「だって……!さくらもこいつにだまされたんだよ。捕まえてみるまで、見抜けなかったじゃない。自分の落ち度を棚に上げて、どうしてそんな言い方をすんのよ。……それに、こいつもこいつよ。女装なんて変態のすることよ!」
 おいおい、言うに事欠いて、変態はねえだろ?
 こちとら、好きで女装しているんじゃねーぞ!鬼堂(きどう)の命令だから逆らえなかっただけだ。
 と、いくら頭の中で文句を並べてみても、口に出さなけりゃ伝わらない。
 オレの首を締め上げていた女は、憤りを息とともに吐きだすと、襟をつかむ手を乱暴に放した。
 ようやく普通の呼吸を取り戻し、目の前のふたりを改めて確認する。
 思ったとおり、拉致犯の片割れは高橋さくらだ。だが、もうひとりは、まるで見覚えがない。
 ルックスは、地味な高橋とは対照的でかなり今風。同じ長髪でも、栗色に染めたうえに金のメッシュが入っている。全体に派手で、ふたりが知り合いとは絶対に思えない。
 でも現実はそうじゃない。こいつらは共闘して、このオレを陥れやがったのだから。
 とはいえ――。
 鬼堂と別れた直後に襲われたなんて、情けなさもここに極まり、だ。穴があったら、どんな穴でも入りたい気分だぜ。
 仮にもオレはハンターだ。着慣れないワンピに気を取られていたからって、さらには気配を隠され近づかれたからといって、こんな失態をさらすなど許されることじゃない。
「少しでもおかしいと思ったのなら、さっさと引っさらってきて徹底的に洗ってみればすむ問題よ。それを、今まで見逃していたなんて信じらんない。私が捕まえなかったらどうするつもりだったのよ?」
「仕方がないでしょう。神座くんに女装癖があるとは思わなかったんだもの」
 ……はあ?女装癖?
 話が妙な方向に行きかけ、面食らったのはこのオレだ。
 変態だ女装癖だって、ずいぶん好き勝手言ってくれるじゃねーか!このコスプレは、趣味じゃなくお仕事だ!て……あれ?この格好でもコスプレって言えるものかな?
「それに、真里乃(まりの)だって、アキラの好みが男だとは思っていなかったはずよ。神座くんの女装は、そのあたりを狙ってのものかも。いわゆる目くらましってやつね」
 へえ、初耳だ。あの渡会(わたらい)が男好きねえ。……違う!ここで納得している場合かよ!
「え?ア…アキラが……?ウソでしょう?」
「本気にしないで。そういう仮定も成り立つって話よ」
「……なによ。人をおちょくっているわけ?」
「そうじゃないわよ。真里乃がアキラのすべてを理解しているんじゃないって言いたかっただけよ。それは私も同じ。だから、私が神座くんの特殊な趣向を知らなかったのを、一方的に責めないでちょうだい」
「うーん、そうね。悪かったわ……じゃなくって、話をはぐらかさないでよ、さくらっ!」
 なんだかボケツッコミ漫才を見ているようだ。思わず、自分の立場を忘れ、ふたりのやり取りに注目してしまった。
 よほどバカ面をしていたのだろう。真里乃と呼ばれた女が、オレの顔を見たとたんフフンと鼻で笑った。人を見下げた態度にバカにされたとわかり、とたんに頭に血が上るが、だからといってなにができるわけでもない。
「アキラがバルバラの関係者だっていうから、わざわざ騒動を起こしておびき寄せようとしたのに、フタを開けてみたら、ゲットできたのはこのオカマちゃんだけ。どうするつもり?さくら。私はこれ以上やってられないわよ」
 だが、真里乃の口から組織の名前が出たせいで、沸騰寸前の脳みそがいっきにクールダウンした。
 「アキラ」とは、あの渡会アキラに間違いない。でも、あいつがオレたちの組織に関わっている事実はない。ないばかりか、現実はまったく逆だ。オレと鬼堂は、渡会アキラをオーガーと想定し追っているのだから。
 ――まあそれは、安住の一件で完全な見こみ違いと判明してしまったんだけど。
「しばらく会わない間になにがあったのか知らないけど、仮にもオーガーとして名を馳せていた彼が、態度を翻した理由がわからない。しかも、こいつとパートナーを組んで、あろうことかハンターを生業(なりわい)にしているなんて……絶対に信じられない!」
「信じられなくても事実は事実よ。真里乃はアキラに甘いから。だから現実を受け入れられないだけでしょう?」
「なに言ってんの!そういうあんただって、相当アキラに入れこんでいたじゃない!」
「私が……?まさか!」
 高橋が応対に失敗した。笑い損なった表情が切なげに歪む。
「憎まれ口もほどほどにしておいたら?まったく、素直じゃないわね」
 話の流れからして、こいつらは鬼堂と渡会を取り違えているらしい。ならば、オレの思惑どおり、鬼堂の変装は大成功だったってことになる。
 いや、最初っから変装の必要などなかったんだろう。高橋たちは、おそらくずっと鬼堂と渡会を混同していた。だから、渡会がバルバラのハンターなんていう、トンデモ誤解が生じたんだと思う。

 推理に没頭したせいで、さっき以上にしつこく視線を向けていたみたいだ。それが、真里乃の逆鱗に触れてしまう。
「なによっ、その目!使えないスレイヤーのくせに!十六、七の小僧っ子が偉そうな態度を取るんじゃないわよ!」
 あ……れ?
 恫喝されたとたん、目がテンになった。
 だって……こいつら、もうひとつ大きな勘違いをしている。
 頭がトロいとさんざん鬼堂にこき下ろされるオレだが、さすがにこの誤りにはすぐ気づいた。
 あろうことか、オレを人間と思いこんでいるなんて……。
 でも、鬼堂と渡会を取り違えているより納得はいく。満月の夜に能力全開で変身一歩手前になっているならまだしも、普通にしている分には、オレと鬼堂、ふたりが並ぶと人外に見えるのは間違いなく鬼堂の方。オレと渡会がパートナー同士と誤解しているならなおさらだ。渡会は紛れもなく人外なんだし。
「スレイヤーの立場でオーガーに囚われた気分はどう?それにしても間抜けなやつね。スレイヤーっていうのは、もっと手強いものなのかと思っていたんだけど……。きっとアキラの才能におんぶに抱っこなんだ」
 悪かったな、マヌケで。当たっていないとは言わないが、だからといってそこまでひどくはねえぞ!
 拘束状態での反論など負け犬の遠吠え。やっても虚しいだけと思いとどまる。それより、なんとかして体の自由を取り戻さなければ。
 戒めの鎖はあんがい頑丈だ。人外専用のものなのだろう。新月というのも不利だ。能力が半減するこの日は、ヴァンパイアにとっての厄日に相当する。
 渡会アキラの行方を求めて、やつのマンションへ出向く途中で行方不明。この事実に誰がたどり着いてくれるだろう?
 唯一の可能性は待ち合わせている鬼堂だが、あいつはオレが時間にルーズなのに慣れている。
 いや、慣れすぎているかもしれん。
 こんなことになるなら、時間厳守をモットーにしていればよかった。
 後悔ばかりが頭に浮かぶが、それじゃ問題は解決しないし事態がよくなるとも思えない。
「で、このスレイヤーをどう使うつもり?」
 腕を組みした真里乃が、オレをあごで指し示した。
 こいつらの正体はわからないが、人外でも人間に近い種族に思える。
 異形の気配がやけに薄い。だとすると、人間の血が混じった種族――蛇女とか猫娘、あるいは人狼といったあたりかもしれない。
「そうねえ。できれば私に任せてもらえないかしら」
 真里乃に尋ねられた高橋は、なんだか嬉しそうだ。微笑みの奥に潜むよからぬ感情を察し、緊張が高まった。貞操の危機とまではいかないだろうが、ただですまされる雰囲気じゃない。
「……あんた、なに考えてんの?こいつを餌にアキラをおびき寄せるんじゃなかったの?」
「それはもう少しあとでね。……いいじゃない。その前に少しくらいの『お楽しみ』があったって。アキラの『探し人』への恨みを、別のなにかで晴らしたいだけよ。神座くんがアキラの好みならなおさら」
「ふーん。こいつをどうしようと、私は別に構わないけど」
 二つ返事をしたところをみると、真里乃の興味は渡会のみに向けられているらしい。オレは次点というより、むしろアウトオブ眼中(死語じゃ!)。渡会に近づかないのなら、どうこうするつもりはないようだ。
「だから真里乃は手出ししないでね」
 高橋の申し出に真里乃がうなずいたその時だ。
「こんなやり方は感心できないね。ボクに用事があるのなら直接言ってくればいいだろう」
 凛とした声があたりに響き渡る。
 うお!助っ人登場!?
 真っ先に浮かんだのは鬼堂の仏頂面だ。
 おせーぞ、おまえ!
 しかし、口をついて出そうになった文句に、すんでのところでブレーキがかかった。
 開け放ったドアから射す後光を(て、単に外を通った車のヘッドライトだ)背負って登場したのは、オレが待ち望んでいた鬼堂ではなく、渡会アキラだったからだ。
「同じ学校にいるんだから、声をかけるくらい簡単だろう。といっても、デートはさすがに遠慮したいな。けど、放課後の立ち話くらいなら、いつでもお誘いに応じるよ」
 ――鬼堂とこいつって声まで似ている。
 なんで渡会が?との疑問が出る前に、オレの抱いた感想はコレだ。
 そして、ヒーロー登場へのオーガーふたりの反応は、見事なほど対照的だった。
「アキラ!」
 ハートマークが乱舞しそうな弾む声は真里乃。一方の高橋はというと――。
「……ちっ」
 小さく舌打ちをし、ものすごい形相で渡会をにらみつけている。
 で、注目を集める当のご本人は落ち着いたものだ。シレッとした態度で高橋に話しかけている。
「どうした?さくら。ずいぶんとご機嫌斜めだね」
「不機嫌にもなるわよ!どういうこと?わかるように説明して!」
 問い詰められているというのに、渡会は薄ら笑いを浮かべていた。
 ……こえーやつ。
 鬼堂にも同じような印象を抱く時があるが、その比じゃない。もはや別次元の怖さだ。
 必要なら身内にも牙をむく、といった感じすらする。
「落ち着けよ。質問の意味がわからない」
 とぼけているのか、それとも端(はな)から相手にしていないのか、ポーカーフェイスが過ぎて考えが読めない。ガッコでは感情を表に出さない高橋の方が、よっぽど苛立ちを露(あらわ)にしている。こいつがこうまでなるなんて意外だ。
「わからないのならはっきり言ってあげるわよ。どうして私たちを裏切ったの?あなたがハンターの真似事をするなんて……。おまけに、相方のスレイヤーのこの格好はなに?彼の女装は、私たちをおびきだすため?私と真里乃をだまして狩るつもりだったとでも?」
 高橋の言いように、真里乃は目を見開いてしまっている。それでまた少し理解が進んだ。高橋と真里乃は仲間だが、渡会に関する情報量が微妙に違うのだと。
「そ、それってどういうこと?ねえ!さくらっ!」
「言葉どおりよ。真里乃には気の毒だけど、アキラはもう私たちの仲間じゃない」
 腕をつかみ必死に食い下がる真里乃に、高橋が無情な台詞を告げる。
 けど、オレが解せないのは、彼女らの思い違いを否定しない渡会の方だ。ハンターと断言され、おまけに裏切りを責められているというのに、冷静なのが不思議だ。
「人外もいろいろってことさ。ボクは君たちとは違う」
「この期に及んで人間の側につくとでも?」
「まあ、そんなところだね」
 たったひとことで簡単にすませた渡会の顔つきが一変した。涼しげなポーカーフェイスから鬼の形相へ。その変わりようは、たとえていうなら、鬼堂が猫かぶりをやめた時と同じくらいの落差がある。
「君たちにはボクのじゃまをしてほしくないだけだ。だから距離を置いたのに。わざわざ追いかけてくるなんて執念深いね。でも……命が惜しいのなら、これ以上の口出しはやめておいた方がいい」
「……それは……やっぱり、あいつのせいなの?」
「……」
 今度は一転して答えを返さない。ただ、高橋の指摘が地雷だったのか、眼光の鋭さが増した。
 おっかねえー。やっぱこいつ、鬼堂と同類だ。

「ところで……」
 しばらく言葉もなくにらみ合っていたふたりだが、背中を向けたままの渡会の声色がふいに変わった。コロコロ変化する態度に戸惑っているオレの目が、振り向く渡会とマトモに合った。
 本能から身構えようとし拍子抜けした。数秒前までの殺気は、きれいさっぱり消えている。
 さらに、王子様の顔でクスリと小さく笑いかけられた。
「今日はずいぶんと可愛らしい格好をしているんだね。とても由典(ゆうすけ)くんとは思えないよ。それだったら十分女の子で通るんじゃないの?」
 すっげー。百面相を見ているみたいだ。こいつには劇団の推薦状を書いてやろう。鬼堂とふたりで演技派俳優にでもなってくれ。
 本当にオレの周りにはロクなやつがいない。もしかしてオレってば、みんなに遊ばれているのかも。
「もうちょっと待っててね。こっちの片がついたら、ちゃんと家まで送ってあげるから」
「そんなん、必要ねえよっ!」
 たとえ渡会が味方でも、お姫さま扱いは許せない。救いの手を言葉で振り払うが、女装&縛られたままじゃ説得力に欠ける。
 悔しくて二の句が告げないでいた次の瞬間、ふいに渡会の注意がオレから逸れた。高橋が隙を狙い攻撃を仕掛けてきたからだ。
 低い体勢で突進する高橋の手が、渡会の腿のあたりを掠めた。勢いでズボンの布地が飛び散る。見ると、高橋の手の爪が異様に伸びていた。さらには虹彩が縦長に変化している。それでようやくわかった。こいつ、人外の中でも正体が気取られにくい猫娘だ。
 そして、図らずも事件解決の裏が取れた。高橋の見せた尋常でない動きと攻撃の的確さ、さらにはオレを殴った真里乃のバカ力。例の連続暴行事件は、このふたりの連携プレーに違いない。
「さくらっ!」
 ひとこと叫んだ真里乃が、体を張って高橋を止める。
「どうして!?昔は一緒にやっていた仲じゃない!」
「どいて!」
「嫌だ!どかない!」
「真里乃!」
「これ以上、アキラを攻撃しないで!お願い!」
 全身で渡会を庇う態度から、真里乃の本気が伝わってくる。
「あんた……やっぱりまだアキラのことを」
 すげえ……。他人のために、危険を省みず身を投げだすなんて、オレには絶対できない。
 他者への執着が薄いオレに、真里乃の取った行動は謎でしかない。それは、別の意味で高橋も同じみたいだ。しかし、これ以上の仲間割れは、今は避けたいらしい。
「仕方がないわ。真里乃に免じて見逃してあげる。真里乃に感謝するのね、アキラ。でも、覚悟しておいてよ。絶対にこのままにはしておかないから。ハンターの件については、ちゃんと落とし前をつけてもらうわ。それに、もうひとつの問題の方も……」
 意味深な台詞とともに高橋が踵を返した。
「ま、待って!」
 呼び止める真里乃は、渡会を振り返り視線でなにかを訴えようとしてきた。だが、無駄と判断したのか、あきらめて忠告の言葉だけを送ってくる。
「ごめん、アキラ。信じたいのは山々だけど、私もやっぱりあなたにかけた疑いを消せない。でも、もう同じ手は食わない。だから、あなたも観念して。できれば、お互いのためにも考えを改めてほしい」
 一方的に告げると、返事も待たずに、あわてて高橋のあとを追いかけていく。
 表情も変えずに見送った渡会は、ゆっくりとした足取りで歩み寄ってくる。そして、オレの両手を戒めていた鎖をいとも簡単に引きちぎった。
 優男の振りして、こいつも真里乃や鬼堂並みの怪力だ。
「大丈夫?どこか痛めなかった?」
「……平気だ」
「そう、よかった。じゃあ、家まで送るよ」
「い、いいよっ!女じゃあんめーし、ちゃんとひとりで帰れるって!」
 断固として断るが、曖昧な笑みを返されただけで取り合ってくれない。
「だってもう遅いよ。ひとり歩きなんかしちゃ危ない。さくらたちが、まだその辺で待ち伏せしているかもしれないし」
「女じゃねーんだから、へーきだって!」
「……見た目だけなら、女だろう?」
「へ?」
 オレだとわかって名前まで呼んでいるというのに、こいつはどこを見て女だと主張するんだ?
 訝しく思いながら改めて自分を見た。
 ――見える。女に。
 当たり前だ。だってオレは今、鬼堂の命令で女装をしているのだから。
「こんな可愛い子が夜中にひとりでフラフラしていたら、襲ってくれって言ってるようなものじゃないか」
「や……いや、でも」
「とっくに十二時を回っているんだよ。だから、送る」
 ええー!?もうそんな時間なのか!じゃ、じゃあ、鬼堂との約束は……!
 遅刻も遅刻、大遅刻だ。それも、前代未聞と言えるくらいの!
 鬼堂の激怒する顔が頭に浮かんだ。そして、できれば今日は会いたくないという逃げの気持ちになる。
「行こうか」
 促されて、鬼堂怖さに素直に従った。考えようによっては、拘束された以上に情けない。
 ――悪ぃ、鬼堂。でも、ちゃーんと追加情報、それも核心に迫るものをゲットしたから、それでチャラにしてくれ。
 自分に都合のいい理屈で、問題を頭の隅に押しやった。

 鬼堂樹の怒りのすさまじさを、じきに身をもって知ることになるとも知らずに。


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