チェキ!―CHECK IT !(13)

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チェキ!―CHECK IT !(13)



◇◇ 少しは反省しろ!−樹サイド ◇◇


 窓の外がぼんやり明るい。――じき夜明けだ。とうとう一睡もできなかった。
 普段から極端に睡眠時間が短い僕だが、さすがに今回は事情が違う。誰かを心配して眠れないなど初体験かもしれない。
 理由はわかっている。徹夜してまで待っていた相手があの神座だからだ。
 ハンター神座由典は、柔なルックスに見合わぬ実力の持ち主だ。実戦では無敗を誇っている。狙った獲物を逃したことは、かつて一度もなかった。そんなあいつを知っているだけに、今の状況は完全に想定外だった。

 昨晩、高橋を捕まえそこなった僕は、指定時間に待ち合わせ場所へ出向いたものの、あろうことか神座のすっぽかしを食らってしまった。あいつの遅刻は日常茶飯事だが、ミッションの核心に迫るこのタイミングで、連絡もなしに約束を破られたのは初めてだ。
 まさか、出向いた先で渡会とお茶しているわけじゃないだろうな。いくらなんでも、そこまでダメダメとは思いたくないが……。
 蔑ろにされた憤りを収めきれないまま家へ戻り、さらに一時間が経過した。待ちの状態に慣れていない僕には、そこまでがガマンの限界だった。
 痺れを切らし、携帯を使い神座を呼びだそうと試みる。ターゲットを追いつめている最中にコレはご法度なのだが、背に腹はかえられない。
 ところが、携帯は電源が落とされていた。
 これは単なる遅刻じゃない。なにかあったんだ。いくらなんでもおかしい。
 憤慨は不安へ変化した。とてもジッとしていられなくなり、ほんの二時間前まで心当たりを捜しまわっていたくらいだ。

 高橋さくらは、日付が変わってから家に戻ったと、神座捜索ついでの調べで明らかになった。昨晩は新たな被害の報告がなかったので、別の場所で誰かを襲っていたわけじゃないようだ。でも、帰宅までの五時間をどうしていたかは、やはり気になる。
 だからこそ、もうひとりの人物――渡会アキラの行動が知りたかった。なのに、肝心の神座がこうでは確認もできない。渡会の家の住所は僕のデータにはない。

 ――それにしても。
 携帯までもが使えないとなると、自由を奪われているか意識がないか、そのどちらかである可能性が高い。
 でも、あの神座が?……いくら今が新月でも、あいつはヴァンパイアだ。争ったのが人間や並の人外なら、こうまでやられっぱなしにはならないだろう。
 だとすると、神座と一戦交えたのは間違いなくオーガーだ。それも、相当腕の立つやつ。
 出向いた先で渡会アキラにやられたというのが一番うなずける。実際会って話をしてみて、やつが一筋縄じゃいかないのは嫌というほど感じた。渡会なら、神座が太刀打ちできなくても仕方がない。

 考えこんでいる間にも、窓の外はどんどん明るくなっていく。
 もう一度時間を確認した僕は、とりあえず神座の家へ向かおうと心を決める。渡会の住所を記した名簿が、そこにあるかもしれない。
 晩冬の早朝に、用もなく外をうろつく酔狂者はいない。時折、新聞配達員のものと思えるバイクを見かけたくらいで、さしたるじゃまは入らずにすむ。
 神座家までの道のりを、わずか十分ほどで走りきる。ハイペースが過ぎたのか、さすがに息が上がり、あえぐように門扉に手をかけようとして気づいた。観音開きのそれが片方しかない。
 そういえばこの間、僕が門柱を叩き壊したんだった。
 ふいに思いだし、空いている隙間から中へ滑りこむと素早くチャイムを押した。
 応答なし。
 まさかと思うが、息子の無断外泊にもかかわらず、ここんちの親はグーグー寝てたりするのか?
 呆れもあって、今度はかなり乱暴にチャイムを押す。三回連続だ。
「はあーい……どなたぁ?」
 寝ぼけ声がインターフォン越しに聞こえた。たぶん薫子だ。
「鬼堂ですっ!」
「きどーくん?え……?どしたの?」
 本当になにも知らないといった口振りだ。暢気すぎる対応に、我慢の許容メーターがいっきに振り切れた。
「入りますよ!」
 暗にドアをぶち破ると宣言したようなものだ。これにはさすがに反応がよくなる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!今開けるからっ。だからムチャをしないで!」
 ほとんど懇願といった叫びのすぐあと、勢いよくドアが開かれる。
「この間の門柱といい、今度は玄関ドアを破壊するつもり?乱暴はやめようよー」
 目の前には、康介とどっこいといった軽さの女が立っている。こいつが神座の義理の母で、あいつをヴァンパイアにした張本人、薫子だ。
 声の主は、本当に今起きたばかりのようで、スウェットの上下に赤い半纏(はんてん)を羽織っている。自慢のボブカットは乱れているし、顔も半分以上寝た状態だ。
「寝起きに奇襲をかけるなんて、君の両親はいったいどういう躾(しつけ)をしているのよ。いくらなんでも、よそンちを訪ねる時間じゃないでしょう?」
 文句を言うが追い返したりしない。僕がスレイヤーだからだ。薫子だって人外には変わりないわけで、スレイヤーは天敵に相当する。機嫌を損ねてしまわないようにと、これでも気づかっているのだろう。
「ご安心を。僕は、無害で無抵抗な相手にまで実力行使はしませんから」
 一応、自分の心積もりを伝えたが、まだどことなく態度が硬い。早朝からわざわざここへ出向いてきた理由が本当にわからないようだ。
「……神座は?」
 リビングへ通され、開口一番あいつの所在を尋ねた。ここにいないとわかってはいたが、もしかしたら連絡くらい入っているかもしれない。
 ところが、戻った返事は拍子抜けするほど普通だった。あまりに普通すぎて、思わず聞き逃しそうになったくらいだ。
「いるわよ。でもまだ寝ているけど」
 ……え?
 いる……?
 しかも、寝ているだと?
 どうしてだ!?
「新月だもん。さすがの私たちも体がだるくて眠くなるのよ。これも一種のバイオリズム。仕方がないわー」
 責めているのはそっちじゃない。じゃなくて、どうしてやつが家にいるんだ?僕との約束を反故にしたままで!
「神座は…部屋ですね?」
 答えを待たずに、階段を目指し歩きだす。背後から、あくびをかみ殺す薫子の声。
「お茶でもどう?あとで持っていくわねー」
 話しかけには応じない。神経のすべては、神座の部屋のドアに向いていた。頭の中は煮えたぎる怒りで爆発寸前だ。
 バンッ!
 ノックもせずに、いきなりドアを蹴破った。玄関ドアは無事だったが、やはり今回もそれ相応の被害が出たことになる。
「な、なんだあ〜!?」
 音に驚いた神座が、布団をはねのけ飛び起きた。そのあご目がけて、僕の怒りの拳が唸りを上げる。
「いってえ!」
 盛大な悲鳴とともに、神座がベッドから転がり落ちた。間髪をいれず、隣の部屋から康介が飛びだし、そして僕が引き起こした惨状を目の前にかすれた小声で呟いた。
「おーい、鬼堂くん。……またかよー」

 * * *

「で、どうしてここにおまえがいる。ちゃんとわかるように説明しろ」
 ひと悶着あったものの、神座に一発入れたことで、僕もようやく落ち着いた。
 康介は、壁から外れたドアを見てため息をついている。
 騒動の原因の神座は、薫子から氷嚢を受け取り、腫れぼったくなったあごを冷やしていた。膨れ面だが、殴られるだけのことをしたとの自覚があるのか、文句はいっさい言ってこない。
「説明っていっても……ナニからすればいいのやら」
 不自由そうに口を開き、神座が嫌味をこぼした。その言い草に、ヒクッとほおが痙攣した。きっと目つきも最悪になっているだろう。頭に血が上っても冷静に見えるのは完全に上っ面だけだ。
「冗談だろ?」
 すごんで告げたひとことに、神座がにわかに顔色をなくす。
「……ハイ、冗談です。スミマセン」
 こういった引き際を覚えたのが、最近のこいつの唯一の救いだ。
 素直な謝罪で、フルスロットルになっていた感情のギアがシフトダウンする。コンビを組むようになって、僕の方にもがまんが根付いた。少し前の自分なら、有無を言わさずボコボコにしているところだが、今はそれをしないだけのこらえ性はあるつもりだ。
 スーハー、スーハー。
 意識して深く呼吸を繰り返す。努力の甲斐あって、ほどなく平常心を取り戻した。
「昨晩の経緯を説明しろ。こうやって丁寧に言えば、鈍なおまえでもわかるか?」
 高圧的な態度はやめられないが、それでも今度は論理的な言い方ができた。僕のこの様子を見て、神座の方も緊張が解けたみたいだ。
「それが、さ……わかってるところとそうじゃねえとこがあるんだよな。説明はするけど、オレも頭ン中の整理がつかねえままなんだ」
「いいだろう」
 許可をもらえた神座が、事の次第を一通り説明した。
 概要は理解できた。とはいえ、神座の主張どおり、肝心な点がかなり曖昧だ。
「犯人を特定したまでは褒めてやろう。だが、そいつらと渡会との関係は?」
「昔の仲間。今は利害が一致しない者同士」
「しかし、たとえ今回の事件に関与していなくても、渡会の疑惑が晴れたわけじゃない」
「そうなのかな?昔はどうあれ、オレにはやつがオーガーとは思えねえけど」
 助けてもらったのがそんなに嬉しかったのだろうか?やけに庇う言い方をするじゃないか。
 なんだかちょっと面白くない。不満を覚え、神座の言い分を真っ向から否定する。
「渡会は、犯人の勘違いを正さなかった。自分がハンターだと思われていた方が動きやすいから、それであえてそうしたとも考えられる。利害が一致しなくても、結託して人間を襲うことはできる」
「うーん……」
 僕の指摘に、神座が柄にもなく考えこんだ。
 この頃には、薫子と康介のふたりはとっくに席を外していた。というより、朝食をとりにダイニングへ向かったらしい。余計な問題に首を突っこむのが得策じゃないと判断したのだろう。
「なあ……」
「どうした」
「おまえ、腹減らねえ?」
 考えていたのはミッションではなく朝食か?呆れたやつだな。
「僕は頭を使っている時には食事をしない主義だ」
「おまえはそれでもいいかもしんねえが、オレ、腹ペコなんだよ」
 食欲第一主義の神座らしい言い分だ。確かにこのまま考えさせたところで、興味がほかにあるようじゃ、こいつの鈍い頭は働かないだろう。
「……仕方ない。一時休戦だ」
 ちぇー休戦ってなんだよー、とぼやく神座を従えて階段を下りる。
 ところが、食卓に並んだ皿を見たとたん、自分にも食欲が沸いたのには驚いた。神座といると、どうもペースが狂う。
 こんな態度はスレイヤーにあるまじき……だな。
 一応反省してはみるが、いったん生じた欲求は引っこんでくれない。
「鬼堂くんも、どう?腹が減っては戦ができんってねー」
 食に関心の薄い僕にしては異例だが、薫子の誘いに乗り、そのまま朝食をともにした。
 神座は朝からすごい食欲を見せている。ヴァンパイアは本来、食べ物からエネルギーを取らない。燃料にもならないというのに、どうしてこうまで食い意地が張っているんだろう?ナゾだ。
 人数以上の皿数の料理が、あっという間に神座の胃袋に収まった。満腹に満足したようで、かなりのタイミング外しだが、先ほどの質問の答えを僕に返してきた。
「おまえの意見、オレにもうなずけるものがあるぜ。最初からソレが狙いだったかはわからんけど、渡会は、あえてハンターという隠れ蓑を着ようとしているんだと思う」
「理由は?」
「ハンターなら誰にもじゃまされずにオーガーを狩れる。だったら、自分に不利益をもたらす高橋たちを合法的に抹殺できる」
 神座らしからぬ物騒な物言いにドキッとした。
「つまり、仲間割れ…か?」
 問い返す声がかすれた。だが、続けて出た神座の言葉は、僕の予想とは真逆のものだった。
「――と考えるのが普通なんだろうけど、高橋たちにそこまで恨みを持っているとは思えねえんだよなー」
 回りくどい言い方から、神座の動揺が伝わってきた。なにがこいつをこうまで迷わせているんだろう?
「おまえ……渡会となにかあったのか?」
 鎌をかけたつもりじゃない。でも、僕の質問に思い当たる節があるようで、とたんに神座が顔を赤らめる。その様子を、僕だけでなく康介たちも不思議そうに見ている。
「あいつ……いいやつなんだよ」
 なんだって?
 面を食らったのは康介たちも同じらしい。他人にこだわらないこいつが、特定の人物を指していいやつだと褒めている。それだけで驚くに十分だ。
「助けてもらったからそう思うんじゃねえんだぜ。いや、もちろんそれも、ちびっとは含まれてたりするけどさ……」
 そこまで言い終え、もう一度言葉を濁す。追求しようと思えばできたが、躊躇いを感じてやめた。それに、今ここで神座の渡会批評を聞いても意味がない。
 なので、意図して話の方向を変えた。
「じゃあ、高橋と真里乃の勘違いについてはどう思う?」
「おまえと渡会を取り違えているのに、渡会本人がそれを訂正しなかったことか?」
「そうだ」
 話題が変わったことで、どことなく神座もホッとしたようだ。顔つきが、いつものあいつに戻っている。
「僕の考えを言ってもいいか?」
「あ?……ああ」
「あいつが隠れ蓑にしたいのは、ハンターという立場だけでなく、僕自身もなんだろう。高橋たちの目をごまかしたいのなら、自分に似ている僕を最大限利用しようと考えるのが普通だ。僕が動き回ることで、やつらの注目が分散されるからな」
「なるほど。てことは、その考えが正しければ、今度高橋たちがちょっかいを出すとしたら、オレじゃなくておまえにだと思うぜ。それも、たぶん渡会と勘違いしたままでさ」
 珍しく意見が一致した。僕もちょうどそう予想していたところだ。
 そして、もうひとつの可能性も頭にあった。僕と会いたいのは、なにも高橋たちだけではないはず。あの渡会もきっと同じだ。
 おそらく渡会は、高橋たちに先んじて動いてくる。会ってどうしたいのかは正直わからないが、やつに同族と誤解されているのならチャンスだ。上手くいけば、油断させて狩れるかもしれない。
「そうとわかれば、接触しやすいように、こっちもひと芝居打つか」
「接触って…どっちとだよ?」
「渡会の方だ。オーガー連中とは、できるだけ直接顔を合わせたくない。面と向かえば、さすがに本人じゃないとバレるだろうし」
「なるほど。それも一理あるな」
「種明かしをするには、まだもったいないだろう?」
「……」
 賛同の言葉はなかった。代わりに、不安げな顔で問い返された。
「接触したあとはどうするんだよ?まさか、自分だけで渡会と対決するつもりじゃねえだろうな?」
 渡会相手に慎重になる気持ちもわかるが、それは僕の実力を見誤っている。
「もうすぐ新月だろう?やつがヴァンパイアなら、僕ひとりで十分だ」
「ダメだ!オレも仕事する!」
 今度は即座に返された。
 おお。こいつもようやくパートナーの身を案じれるようになったか。
 一瞬、神座を見直しかけたのだが……。
「おまえだけ、ずるい!きちんと仕事しねーと、このミッションの報酬の分け前に預かれねえじゃん!」
 ピキッ!
 こめかみに再びバッテンマークが現われ、条件反射で手が出てしまう。だが、神座には幸いなことに、今度のパンチはあごではなくダイニングテーブルへ命中した。
 バキッ!ガッシャン!
「うわっ!」
「あー!」
 神座家の眼前で、それがまっぷたつに割れた。上に乗っていた空の食器ごと、天板が床へ崩れ落ちる。
「きどーくーん……」
 康介は半泣き状態だ。一方の薫子はというと、ニッコリ笑って、あろうことか自分の息子に右手を差しだしこう言った。
「報酬をもらったら、そのまま全額こっちにちょうだい。壊れたものは買い換えなくちゃーねー!」
 少しは反省しろ!自分の仕事をなんだと思っている。それに、リスクを負うのはおまえじゃなく僕なんだぞ。金より先に気にかける問題はあるだろうが!
 いったん上がりかけた神座の評価が急降下した。
 そして同時に吹っ切れた。
 そうまで言うのなら、きちんと仕事をさせてやろうじゃないか。
 突飛さから実行をためらっていた作戦だが、これで遠慮の必要はなくなった。神座には思う存分働いてもらおう。
 心を決めた僕は、唖然とする神座の横顔を見やりながら、勝利を確信し密かにほくそ笑んだのだった。



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