チェキ!―CHECK IT !(15)

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チェキ!―CHECK IT !(15)



◇◇ 見くびるなよ!−樹サイド ◇◇


 ほおに触れる風が、春の空気をはらんでいる。この陽気だと、そろそろ桜の蕾がほころぶだろう。今宵は満月。神座(じんざ)のバイオリズムも、最高潮(クライマックス)になっているはずだ。
 オーガーの正体を突きとめてから、すでに二週間が経過した。その間、やつらに目立った動きはない。新たな被害報告もゼロだ。ハンターの片割れ――神座に面が割れているので、これまでのような大胆な行動に出られずにいるのかもしれない。

 苦労の末、オーガー捕獲の極秘ツールをゲットした僕は、満月を待って、仕事を手土産に神座の家を訪ねた。
 久しぶりに顔を見たあいつは、放っておかれたのが気に入らなかったのか、ものすごく不機嫌だった。おまけに、僕の持ちかけた仕事を拒否し、逆にとんでもない提案を返してきた。
 沖田さんと渡会(わたらい)の仲介役をしろという。おまけに、三人でオーガーをおびき寄せる餌になれと求められた。
 とんでもない!と断るのは簡単だ。だが、あの日の神座はこれまでになく頑固だった。さんざん言い合った挙句、作戦を呑む代わりにおまえも自分の考えに乗れ、と駆け引きめいた言葉で脅してきた。
 いつから取引などという狡猾な真似をするようになったんだ?出会った頃のバカ正直な神座が懐かしい。素直で単純なのが数少ない取り柄だったのに、惜しいことをした。僕の教育が悪かったのだろうか。
 まあ、それはこの際どうでもいい。以前にも思ったが、相棒を自分の使いやすいように指導するのもスレイヤーである僕の役目だ。このミッションが終わったら、ぜひともまとめて実践しよう。
 神座は完全に読み違えている。オーガー連中が若い女性を襲い続けていたのも、元を正せば渡会と個人的に話をしたかったからだというし、なら、望みはかなったわけだから、これまでのようなムチャはしないに決まっている。暴行事件が途絶えたのも同じ理由からだろう。ミエミエの餌に誰が好きこのんで食いつくものか。
 そしてもうひとつ、作戦の失敗を示唆するものがあった。
 あの渡会が、オーガー連中を煽る態度をわざわざ取るわけがない。僕に付き添いを、と条件を出した時点で、安全策に走ったのはあきらかだ。
 ならば、沖田さんの思惑は、残念ながら空振りに終わるだろう。渡会が拒絶モードを崩さない限り、他人から見たふたりは単なる友人同士にしか映らない。同じ男であっても神座がボコられたのは、女装などという飛び道具を使ったためだ。だから、オーガーは沖田さんを狙ってこない。ゆえに、やつらを釣れるわけがない。
 かような完璧な推理で反論したかったのは山々だった。だが……。
「これを呑んでもらえなきゃ、おまえの命令は受けらんない!絶対に嫌だ!」
「仕事を干されて、薫子(かおるこ)への借金を抱えこむことになってもか?」
「そん時には、別のバイトを探す!でもって、バルバラも辞める!」
 それは困る。せっかくここまで育て上げた僕の苦労はどうしてくれるんだ?
 あまりに頑なな態度に、神座の扱いに慣れているはずの僕も途方に暮れてしまった。

 そんな神座の場当たり的な思いつきに対し、僕の作戦はこうだ。
 神座には、居所の判明している高橋を単独で誘いだしてもらう。そして、僕の用意した極秘ツールを使い、前後不覚になったところを無傷のまま捕獲する。片割れの真里乃は、渡会が絡まない限り高橋と行動をともにしないだろう。デートの相手が神座と知れば放っておくはずだ。
 捕獲に成功したら、捕らえた高橋を囮に今度は真里乃を捕まえる。相棒がハンターの手中にあるとわかったら、いくらなんでも黙っていられなくなる。この作戦なら、居所をつかまなくても真里乃をおびき出せる。
 で、最終的には二匹とも始末。
 どっちか一匹だけじゃ片手落ちだ。残ったやつが、二度と人間を襲わないという保証はない。
 僕の作戦の方が断然確度が高い。そのためにも、神座には命令に従ってもらいたかった。苦心してゲットした極秘ツールもムダになってしまう。
「どーすんだよ?鬼堂。おまえの返事次第だぜ」
 仕方がない。今回ばかりは折れてやるか。要は高橋を捕獲できればいいだけなんだし。月まわりのいい今なら、神座ひとりでも足止めくらいはできるだろう。
 あとは、なるべく早いタイミングで自分が助っ人に出向けばいい。
 あきらめのせいでため息がこぼれた。それを聡く察した神座がニッコリと微笑む。
「だいじょーぶだって!この作戦には絶大なる自信があるんだ」
 大口を叩くな!それが思い上がりだと、いくら鈍ちんのおまえでもすぐにわかる。おまえのヘボ「釣り」じゃ、水揚げは確実にゼロだ。
「真里乃はおまえがきっちりやれよ。高橋は……本当は気が乗らねえけど……しゃーんめえ、これもお仕事と割りきるぜ」
 あまりの高飛車な態度に、思わず手が出かけるがなんとかこらえた。
 ――こうして僕は、無意味と知りつつ、神座の愚案を受け入れてしまった。

  * * *

 作戦決行当日、空は見事な冬晴れだった。この分だと月も翳らずにすむ。人外連中は絶好調に違いない。僕も気合いを入れてかからなくては。
 約束どおりの日時と場所、そろそろ日も暮れかけようとする公園で、待ち合わせた相手のひとりが、僕に向かって大仰に手を振った。沖田さんだ。
「おーい!タッキー!こっち、こっち!」
 どうでもいいが、外でその呼び方はやめてくれ。
 顔に縦じまが入るが、沖田さんの右隣で微笑む男の姿を見てブレーキがかかった。
 人外の渡会アキラ。オーガーかどうかはまだわからないものの、正体は神座と同じヴァンパイア。そして、僕を同族だと勘違いしている大バカ者だ。
「久しぶりだねー」
 沖田さんはずいぶんとご機嫌のようだ。この間、僕と女装の神座が一緒に歩いていたのを目撃し、落胆して帰って行った姿がウソのように明るい。
「どう?それで、例の彼女とは上手くいってるの?」
 誤解は継続中らしい。でも、訂正はしない。そう思われている限り、この人に迫られなくてすむ。
「おかげさまで。でも、びっくりしましたよー。あんな場所で沖田さんに会うなんて」
「そうだね。偶然の産物ってやつ?でも、ケガの功名っていうか、それで僕も吹っきれたわけだし」
 なるほど。神座の指摘どおり、これで相手をひとりに絞る決心がついたってわけか。まあ、そのー、渡会には気の毒だが、こいつは人間じゃないんだし、もしかしたら今でもオーガーかもしれないわけだし。これから当分の間、沖田さんの集中攻撃を受けたところで、それはこいつの自業自得だ。
 勝手に納得する僕だったが、渡会はこの状況がわかっているのかどうか、顔つきから判断できない。
 沖田さんと他愛のない言葉を交わしながら、堂にいったポーカーフェイスを横目で盗み見ていると、唐突に目が合い、そのままジッと見つめられた。
「……僕がどうかしましたか?」
 警戒心プラス沖田さんの手前もあって、かなり他人行儀な言い方をしてしまう。
「鬼堂(きどう)くん……君は……」
 唐突な話しかけが言葉途中で切れる。
 あくまでも外面を貫く態度に、僕の方にもあきらめが生じた。
 沖田さんが一緒じゃ、突っ込んだ話は無理か……。だったら、早々にここを立ち去り神座の加勢に出向きたい。神座の実力を信じていないわけじゃないが……なにしろあの極秘ツールは、人外に対しての効果がまだ実証できていないのだし。ならば、手助けが必要になるかもしれない。
「立会いのつもりで来たんですけど、どうやらそれもいらないみたいですね。おじゃまのようですから、僕はこれで失礼します」
「そうだねー。最初からふたりきりで平気だったのにー。本当にゆーくんったら、気を回しすぎっていうか、気がきかないっていうか……ねえ?」
 同意を求められ、一も二もなくうなずいた。一方、僕を盾にするつもりだった渡会は同意してこない。けど、そっちは当然無視だ。
 それでも、しばらくは遠巻きに沖田さんたちを監視するつもりだった。だがそれも、渡会の態度からして、長くは必要ないだろう。現に、顔つきがすでに困っていた。核心に迫らないうちに、公園だけで終わりになる可能性は高い。
 普通に男同士、世間話をしているくらいじゃ、きっと真里乃は動いてこない。この間の神座の時のように、いちゃつきながら歩くのなら話は別だが。
「それじゃあ、僕はこれで」
「わざわざすまなかったね!またお店の方にも来てよ。最近お見限りじゃない?サービスするからさ!」
 軽く会釈をし、決まりの別れ文句を背に歩きだそうとしたその時だった。
「鬼堂くんは人外じゃないのか?」
 渡会のひとことに足が止まる。
「……人外じゃないんだね」
「……」
 返事はしない。できるわけがない。
 だが、否定しないのを答えと判断した渡会は、なぜか肩を落とし俯いてしまっている。
「満月の今日、改めて会ってみてようやくはっきりしたよ。……同族だと思いこんだのは、どうやら僕の早とちりだったみたいだね。……でも、バルバラのハンターは人外と人間が組む決まりなんだろう?神座くんと君じゃ、同じ人間同士になってしまうのでは?」
 渡会ほどの者までもが、神座にだまされていたとは思わなかった。
 これは神座だけが持つ特殊能力だ。ヴァンパイアなのにそれを同族にすら気取られない。オーガーがあいつに対して油断を見せる最大の要因でもある。この才能を武器に、僕らのチームは数々の手柄を立ててきた。僕ひとりではここまで成し得なかったし、ほかの人外と組んだとしても無理だっただろう。
「君の正体は?」
「僕はスレイヤー。人間だ」
「なるほど……。けど、ボクはてっきり……」
「スレイヤーっていうのは、疑似『人外』だからな。訓練でソレに近い能力と存在感を身につけるわけだし」
「ウワサには聞いていたけど、これが真のスレイヤーか……。実物を目の前にしても案外見抜けないものだね。ちょっと見だけなら、とても人間とは思えない」
 褒め言葉ととらえていいのかもしれないが、胸の内は複雑だ。それは、僕が同族でないと知った渡会の落胆振りが大きかったせいなのかもしれない。本当はそうではないのに、存在に見合う価値を認められなかったような錯覚に陥る。
 蚊帳の外となってしまった沖田さんは、ひとことも口をはさめずにいる。というより、僕の素性を知っても動じない渡会が不思議に思えるのだろう。
「店長は君たちとは関係ないんだ?」
 横目で沖田さんを見やりながら渡会が尋ねる。
「ああ。でも、僕や神座が何者なのかは承知している。彼は以前、バルバラが担当したミッションの関係者だ。今は神座の一番の理解者でもあるし」
「ふーん。理解者……ね」
 上辺だけの反応をする渡会からは、真意がまったく伝わってこない。いったいなにを考えているんだろう?
 いずれにしても、沖田さんはこれ以上一緒にいない方がいい。
 予定変更だ。渡会を沖田さんから遠ざける。
「すみませんが、このまま渡会くんをお借りしてもいいですか?ふたりきりで少し話がしたいので」
「そ、それは構わないけど……」
 渡会に対する興味や執着は、今の僕らのただならぬやり取りを聞いているうちに消し飛んでしまったようだ。僕たちと別れたあとで、詳しい説明を神座に求めるつもりなのかもしれない。
 けど、それも今は無理だ。なぜなら、神座も仕事中だからだ。
「それじゃ、申し訳ありません」
「ごめんなさい、沖田さん」
 謝罪を述べ、ふたりそろって踵を返した。歩きながら渡会が僕に問いかける。
「君たちのターゲットはボクじゃない。それは納得してもらえているのかな?」
「……さあ、どうだろう」
「ボクは無節操に人間を襲う趣味はない。確かに昔は非道な真似もした。だがあれも、ちゃんと理由があってのものだ。言うならば、目には目。やられたからやりかえしたに過ぎないんだ。襲うべき相手がいなくなった今では、殺戮(さつりく)になど興味はないよ。オーガーというのは誤認だ。そうじゃなくて、仲間を捜しているんだよ。ちょうど君と同じ年頃のね」
「仲間?」
 仲間というからには、捜し人もヴァンパイア。それで、僕が同族かもと期待していたわけか。
「だから僕に近づきたかったのか」
 ようやく納得がいった。僕が人外なら、たとえ渡会の捜し人じゃなくても接近するだけの価値はある。スレイヤーは天敵ゆえ、うかつに触れたくはないだろうが、同じハンターでも人外であれば話は別だ。人外ハンターのそばにいれば、情報はグッと入手しやすくなる。バルバラのデータベースに記録があるあれこれは、なにもオーガーのものだけではないのだ。特にヴァンパイアに関するデータは、オーガー化しやすい種族だけに豊富だ。
 しかし、残念ながら僕はスレイヤー。ヴァンパイアは神座の方だ。
 ……え?それじゃ、こいつの目当てっていうのは、もしかして……。
「由典(ゆうすけ)くんは――」
「え?」
 虚を突かれ、およそ自分らしくもなく上ずった声で応じてしまった。たったこれだけの失敗が墓穴を掘る結果につながる。
「なるほど……人外は彼の方なんだね。それで……由典くんはどこ?」
「……あいつは今頃、君と対立しているオーガーのひとり、高橋さくらと一緒だ。……僕がそうしろと命じたから」
 打ち明けたとたん、渡会が真顔になった。
「マズいな。蛇はともかく、猫は人外に対して有利だ」
 蛇と猫。聞いただけではなにを指しているかわからない単語だが、高橋たちが人外なら該当するものはひとつだけ。
 あのふたりの正体は、蛇女と猫娘なのか。
 そして、渡会の不安にもちゃんと根拠がある。猫娘は人外の弱点を唯一攻撃できる種族。やつらの牙には、ハンターが使う楔(くさび)と同じ力がある。急所に食らえば、抵抗する間もなく体が散ってしまう。
 神座がただのスレイヤーだと考えているうちは、きっと牙までは使ってこない。あれは、猫娘にとっても最終手段なのだ。体力が相当削がれるものらしい。
 だが、人外と判明し、さらには自分たちをはめたとバレたが最後、高橋は手段を選ばないだろう。
 やはり悠長にはしていられない。急がねば。
「彼らの居場所を君は知っているんだろう?そこへボクを連れて行ってくれ」
 有無を言わせない迫力で言い募られ自然と足が動いた。いきなり走りだしたにもかかわらず、少しの遅れもなく渡会が追いついてくる。
「構わない。急ごう!」
 言われなくてもそうする。渡会が一緒の今、僕が沖田さんのそばにいる必要はない。
 かなりのスピードで、渡会と僕は神座がいると思われる廃ビルの一室へ向かった。



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