チェキ!―CHECK IT !(16)

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チェキ!―CHECK IT !(16)



 携帯のGPSを頼りにたどり着いた先は、不自然なくらいに静まり返っていた。だがよく見ると、埃だらけの床のところどころが真新しい足跡で荒らされている。壁際にはコーヒーの空き缶がふたつ。僕が神座に渡したものだ。
「君は、彼になにをしろと命じたんだ?」
 憤りを含む声で、渡会が僕に詰め寄る。神座が人外だとわかったとたん態度が翻った。神座が渡会の捜し人と判明したわけじゃないというのに、この焦りよう。渡会にとって、よほど大切なやつなんだろう。
 とはいえ、こんな一方的な質問に答える義務はない。渡会にかかったオーガー嫌疑が晴れたわけじゃない。
「……いったいどこへ消えてしまったんだろう?」
 僕の返事など端から期待していないのか、渡会は神座の安否に、ひたすら心を奪われている。そんなせっぱ詰まり具合を訝しく思いながらも、いちおう周囲をチェックした。
 ――どうやら、薬入りコーヒーを飲ませるのには成功したようだな。それにしても、本当にどこへ行った?神座の携帯があるのは、この場所に間違いないというのに……。
 だが、犬並みとはいえ、あいつもハンターだ。行き先に通じるなにかを残しているに違いない。
 改めて、部屋の中をじっくり見返す。その時、視界の端に引っかかるものを感じた。注意を戻した先に、空き缶にはさまれるかたちで、神座の真新しい携帯が置いてある。
 拾い上げて確認すると、入力しかけのメール画面が表示されていた。そして、そこに記された三つの文字、「みなと」。
 変換もしていないままだったが、それが行き先だと即座に理解できた。どういう経緯があったかは知らないが、携帯を持っているのがマズいと判断したんだろう。たぶん、僕への手がかりとして残していったのだ。それも、高橋に悟られないように。
 携帯をたたみながら考えをまとめ、渡会に声をかけた。
「ひとつだけ訊いていいか?」
 問いかけへの反応は薄い。僕に興味がないのがバレバレだ。
「おまえは自分の仲間を捜して、それでどうするつもりだ」
 不躾なこの質問に渡会は眉をひそめてきた。他人に触れられたくないのだろうが、神座の行き先を教えるからには、確認すべき問題だ。
「答えてくれるのなら、神座のところに連れて行ってやってもいい。……どうだ?悪くない取引だろう?」
「君は、自分のパートナーを売るような真似をするのか?スレイヤーというのは、かなり見境のないものなんだな」
 それが事実でも第三者に言われたくない。僕とあいつは、そういう関係でつながっている。ハンター稼業は、きれい事だけじゃやってられないのだ。
「僕が神座をどうしようと、おまえに実害が及ぶわけでもないだろう?ギブアンドテイクだ。ここはビジネスライクにいこうぜ」
 仕事に私情ははさまない。それは僕のモットーだ。だから躊躇いはなかった。それより事情を知る重要性の方が高い。
「長考はなしにしてほしい。神座の安否にかかわるからな」
 脅しめいた台詞にしばらく迷った渡会だったが、結局、膠着状態をよしとしなかったようだ。
「……ボクの捜している相手は、ボクにとって唯一無二の存在なんだ。彼はボクと同様、ヴァンパイアとしては極めてイレギュラーな特徴を持っている。……年若い容姿というのもそうだし、特異体質なのもそうだ。ヴァンパイアとしての気配が薄いんだよ。だから人間と混同されやすい」
 年若い?……大人になりきらないうちに変身したということか?それに特異体質だって?……もしそれが、人間の血を受け付けないというのなら、確かに神座に通じる。
 そういえば、神座ともあろう者が、この男の正体を自身では察知できていなかった。僕も、時折こいつがのぞかせる人外特有の気配は感じ取れても、ヴァンパイアとまでは判断できなかった。そんなふうに見誤ったのは、渡会から血の匂いがしないからだとしたら……。
「――それゆえ、ムダに敵が多いんだ。人間だけでなく同族すら彼には味方じゃない。だからこそ捜しだしたい。一緒にいれば、危険回避の確率も高まる」
 子どものヴァンパイアが禁忌、というのは神座から聞いている。あいつの場合、リスクから逃れるため、あえてハンターになったという。
「さあ。ボクの情報は提供したぞ。今度は君の番だ」
 いつの間にか、渡会の瞳が真紅に変化している。神座の場合は頭髪だが、持てる能力が発現すると、身体の特定部分に著しい変化が見られるのは、ヴァンパイア最大の特徴だ。
 こいつもかなりテンパっているらしいな。となると、ここは素直に応じるの得策か。今、やり合うのは本意じゃないし。
 我を失くしたヴァンパイアがいかに危険か、神座と一緒にいて嫌というほど思い知らされている。稀にではあるが、あいつも意識がぶっ飛ぶことがある。最後にそうなったのは、確か四ヵ月前だっただろうか。あれは正直すさまじかった。ほんの数分で十匹近いオーガーから意識を奪った。だが、本人の記憶には残らないらしく、正気に戻った時、全部僕の仕業と信じたのだから、ある意味恐ろしい。
 思いだしたと同時に全身を緊張が走った。向こうの出方次第では、すぐにでも防御態勢に入れるよう身構えながら、渡会の望みどおりの回答を示す。
「神座には、薬物入りのコーヒーを高橋に飲ませ、隙を見て捕らえろと命令した」
「なんだって!?それが本当なら危険極まりない命令だぞ。……さくらの力を見くびりすぎている」
「見くびっているのは、渡会、おまえだ。神座には奥の手がある。ヴァンパイアに襲われると、それが何者でも意識が保てなくなるのは、おまえなら知っていると思うが」
「由典くんが……ヴァンパイア?」
 事実を知った渡会が、にわかに言葉を失った。それにしても、この食わせ者にすら正体がバレないとは、神座には恐れ入る。
「僕と神座がどれだけ一緒に仕事をしていると思う?実力ならあいつの方が上だぜ」
「……」
 渡会の杞憂は当たらない。そのための特別な薬だし、威嚇用にと楔(くさび)も渡してある。ただ、楔は人外の神座では僕が扱うような能力は出ない。あれはスレイヤー専用の武器だ。だけど護身くらいには役立つし、神座をスレイヤーと勘違いしているのなら十分牽制に使える。これだけ条件が整っていてやられるわけがない。
「それでも不安というなら、一緒に行くか」
「……ああ」
 そのまま、ともに廃ビルをあとにした。全力で走る僕に、遜色のないスピードで渡会も併走する。
 やはりな。ハンターに匹敵するだけのものをこいつも持っているってわけか。さっきの話だと、以前はれっきとしたオーガーだったようだし、やはり事が起きる前に始末しておいた方が……。
 頭の中で物騒な考えを抱きながら、僕と渡会アキラは、ひと気のないマリーナに到着した。
 あたりはすでに夕闇に包まれていた。



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