チェキ!―CHECK IT !(18)

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チェキ!―CHECK IT !(18)



 ……やけに視界が狭いけど、ひょっとしてお面でもかぶっていたっけ?んなわけねえよなー。どっかの忍者漫画じゃあるまいし……。
 あれ?この女…確か高橋の相方の真里乃じゃん。見たまんまのバタ臭い名前だったから覚えてる。けどさー、なんでオレを見て目ぇ丸くしてんだ?
 はれ?手が勝手に動いている?って、ちょ、ちょっと待て!オレってば、いったいなにしようとしてんだ?だって、これじゃまるで……!えええ!?
 原因不明の異常事態に、オレはパニック寸前だった。なぜか体のコントロールがまるできかない。必死に抗うオレの目に、真里乃のドアップが迫ってきた。
 ヤバイと思うが、すでに遅い。唇に未知の感触が生じる。よりにもよって女とキスなんて、信じられない、信じたくない。
「うっわあ!」
 過剰な刺激が呼び水になり、いっきに体の感覚が戻った。
 体の主導権を取り戻したオレは、腕の中の真里乃を力いっぱい突き飛ばした。さしたる抵抗も見せないまま、真里乃の体が崩れ落ちる。
 事の一部始終を見ていた鬼堂が、呆れ顔で呟いた。
「あーあ。……おまえ、ちゃんと責任取れよ」

 * * *

 目の前の地面には、ターゲットのオーガーがふたり、意識をなくして転がっている。拘束の意味もあり、鬼堂が後ろ手できっちり縛り上げた。人外専用の縄を使っているので、ちょっとやそっとじゃ逃げられないだろう。
 すっかり気が抜けたオレの横では、鬼堂が今日子さんと連絡を取っている。その隣に渡会。こっちは鬼堂とは対照的にしかめっ面だ。
 オレはというと、意にそぐわない初体験のせいで茫然自失状態だ。説明を求めたくても、誰になにを尋ねたらいいかわからない。機嫌の悪そうな渡会より鬼堂の方がふさわしいとは思うのだが、なかなか電話が終わってくれない。
 ふうー……。
 ため息をひとつ。なんか疲れた。絶好調の月まわりのはずなのに、この脱力感はなんだろう?
「由典くん」
 ふいに声をかけられた。渡会だ。
「大丈夫?真里乃のやつは毒蛇だから、それにあてられたんじゃないの?いくらあいつを捕まえたいからって、君がここまでする必要はなかったのに」
 なにげに慰められているらしいのだが、内容がチンプンカンプンだ。そんなオレを見て、渡会は聡く言い方を変えてきた。
「人外との交流は初めてだったのかい?」
「う、うん」
「それじゃ、ショックも大きいね。でも、君の妖力が勝っていてよかったよ。逆だったら、とてもこのくらいじゃすまなかった。蛇女の毒は強烈だからね。下手をすると命が危なかったところだ」
 真里乃の正体を教えられ、脱力感の意味がやっと理解できた。
「言ったはずだ。こいつを見くびるな、と」
 ようやく電話が終わった鬼堂が、近づき話に加わってくる。鬼堂の横槍に、渡会は仏頂面に戻ってしまった。機嫌を損ねた原因は、オレではなく鬼堂らしい。
「君はパートナーを大切にしなさすぎる!信用するのは勝手だが、わざわざ危険な目に会わさなくてもいいだろう!」
「大切にしているさ!けど、やることはやってもらいたい。それだけだ!」
 にらみ合うふたりにはさまれるかたちで、オレはなんともいえない居心地の悪さを味わっていた。けど、一点だけ、ここに至った経緯だけは、どうしても確認しておきたい。
「あの…さ。……気ぃ失ってる間に、オレ、なにしたの?……できれば、そのー、教えてくんないかな?」
「知りたいのか?」
「知らない方がいいんじゃないの?」
 申し合わせたかのように、間逆の答えが双方から戻った。どっちの言い分が正しいにしろ、そんな返答のされ方じゃ、ますます訊きたくなるのが人情ってもんだ。半端な隠され方は、よけい気になる。
「いいから教えろ!」
 下手から一転、すごんでふたりに詰め寄った。
 先に折れたのは鬼堂だ。言いだしたら引かないオレの性格をよく知るだけはある。いずれバレるなら今バラしてしまえ、と思ったのだろう。
「以前からわかってはいたんだが、神座、おまえ、興奮して意識が飛ぶと本能だけで動くだろう?特に今夜みたいな満月にはそうなりやすい。だから、真里乃にふいをつかれ逆上した。おまえは、ターゲットと判断した相手には容赦なくなるからな。まあ、そこでまさか吸血行動に出るとは思わなかったが」
「吸血行動?んなこと、あり得ねえよ!いくら相手が人外とはいえ、今までそんなもんに支配されたことがねえのは、おまえだってよく知ってるくせに!」
「吸血行動を……起こしたことがない?」
 オレの言いように、渡会が驚きの声を上げた。
「な、なんだよ?」
 暗にバカにされたみたいで面白くない。こいつが同族ならなおさらだ。
 ところが、
「由典くん。君は……その……神座由典というのは…本名なの?」
「え?」
「……ヒカル」
 誰の名だ?
「八神(やがみ)ヒカル…なのか?」
「違うぜ。それはオレじゃねえ」
 否定すると、渡会が失望を露にした。どうやらオレを誰かと取り間違えたらしい。――おそらくは、八神ヒカルという名のヴァンパイアと。

「う……うーん」
「どうしたの?……私」
 ふいに背後から呟きが聞こえた。高橋と真里乃が意識を取り戻したようだ。しばらく困惑顔を見せていたが、やがて状況を理解し、そろって肩を落とす。
「まいったわね。アキラとこの黒髪くんとを取り間違えていたなんて、さすがにお笑いだわ」
 高橋が自嘲の笑みをもらす。完全敗北宣言だ。
「そうね。おまけにこっちの金髪くんが人外だったとはね。見抜けなかったなんて情けない。仕方がないわね、さくら。……こうなったら覚悟を決めよっか」
 相方の真里乃も、反撃や抵抗は頭にないみたいだ。うつろな目を、ひとりだけ自由を奪われていないかつての仲間――渡会アキラに向けている。
「仲間から抜けておいたおかげで、命拾いしたじゃない?これで、あなたも心置きなく人捜しに専念できるわね」
「……そうだね」
 オーガーたちと渡会の間に、埋められない深い溝を感じた。互いは完全に決別している。そう感じたのは、たぶん鬼堂も同じだと思う。
 こいつらを始末すれば、今回のミッションは完了だ。
 ――のはずなのに、なぜかその気になれない。
「騒ぎを起こすだけなら、ほかにも方法はあっただろう?なぜ人間を襲ったりした?申し開きがあれば聞くが」
 突然、鬼堂が質問を投げかけた。
「それは……彼女たちがアキラと接点を持ったから」
 真里乃の言葉を受け、高橋があとを続けた。
「アキラがハンターをやっているのなら、騒ぎを起こせば私たちの存在に気づく。それに、犠牲者が自分に関わった人間ばかりと知れば、むやみに人捜しなんかできなくなると思ったの。アキラに接触した相手が、捜し人本人の可能性もあるし」
「でも、全部人違いだった。……私たちの狙いは、人間じゃなくて人外。ヴァンパイアなのよ。アキラのかつての仲間。そのヴァンパイアを、この世から消し去りたかったの」
 交互に説明するふたりだったが、申し合わせたかのように、ピタリと口をつぐむ。
「けど、普通ヴァンパイアなら独特の雰囲気を持っているだろう?それに匂いだって……」
 たまらず口をはさむが、的確と思った指摘は高橋に否定された。
「そいつは、ちょっと特別なヴァンパイアなのよ。吸血経験がまるでないって聞いている。だから人間と区別がつきにくい」
「特異体質なんだ。それがボクたちの」
 補うように渡会が言葉をつなげた。自分も吸血衝動がないと告白したようなものだ。
 なんだ。こいつもオレと同類なんじゃん。
 ホッとする一方で疑問を感じた。すべてのヴァンパイアは、他人に執着しない性質だと信じていたからだ。なのに渡会は違う。その理由を知りたい。
「真里乃とふたり、手当たり次第にやったけど、すべてはムダに終わったわ。知っているのが名前だけじゃ、最初からムリだったのよ」
 名前という単語で、さっきの渡会の言葉を思い出す。
「そいつの名前って、もしかして、八神…ヒカル?」
「ど、どうしてそれを!?」
「おまえたちにヒカルは殺させない。ボクが先に見つけて守る!」
 高橋に、渡会が鬼の形相で迫る。
「冗談じゃない!私たちはそいつを許すわけにはいかないのよ!」
 臆することなく怒鳴り返したのは真里乃だ。
「裏切り者なのに、あなたを捨てて一方的に姿を消したのに、どうしてアキラはそいつがそんなにもいいの?」
「ああ、いいさ!ヒカルはボクの大切な分身なんだ。いなくなったのだって、それなりの理由があるに決まっている!だから捜している。自分のためにもね!」
 キッパリ言い切る渡会からは、決心の固さがうかがえた。
 そのまましばらく、場に沈黙が流れる。
「……いいわ。あなたがそのつもりならもういい。私たちもそいつを追わないし追えない。……だってお別れだものね」
 肩を落とす真里乃に、鬼堂が無言で近づく。おそらく仕事を終わらす気だ。
 直視するのは辛いが、目を逸らしてはハンター失格だ。唇をかんで覚悟を決めたのだが……。
 その時、目の前で驚きの事態が起きた。真里乃の戒めを、なんと鬼堂が解き始めている。
「どうして?」
 真里乃を解放した鬼堂は、ついで高橋の縄に手をかけた。
「どうして逃がしてくれるの?」
 一番、面食らったのは、処分されかけた当人たちだろう。尋ねる声が震えている。
「神座が……神座が痛そうにしている。あいつに憎まれるのは僕の本意じゃない」
 ――はあ?なんだ、それ。
 どうしてここでオレの名前が出るんだ?
「いいから行け」
「でも……」
「上にはオーガーは始末したと伝えてある。だから……僕の気が変わらないうちに」
「ありがとう……!」
 感謝の言葉を残して走り去るふたりを、混乱した頭で見送る。
 そして、一拍置いて我に返った。
「き、鬼堂っ!」
「なんだ」
「てめー!ボケてんじゃねえのか!?」
「そうかな」
「犯人を逃がしちまったじゃねえか!せっかく捕まえたのに!」
「そうだな」
「今日子さんをだませるとでも思ってるのか?おまえ、上の連中をなめてねえ!?」
「そんなことはない」
「あー、もうっ!どーすんだよ!?偽の報告をしたとバレたら、ただじゃすまねえぞ!」
「おまえさえ協力してくれれば問題ない」
「どっから出るんだ!その自信は。ああ!?」
「確たる実績があるだろう?僕たちには」
「だ、だからって……!第一、なんでオレを逃がす理由にすんだよ?オレがいつ痛そうにしてたって?」
「違うとでもいうのか?」
「いやっ……!ち、違うとは……」
 鋭い指摘に言葉に詰まる。悔しいけど正解だ。殺したくないと思ったのは、紛れもない事実なのだから。
「やつらは、人を襲うのを目的としていたわけじゃなかった。反省もしていたし、ケガ人は出ても死人までは出なかった。それに、言っただろう?おまえに恨まれるとあとが大変だ。これからも一緒に仕事をしなくちゃならないんだからな」
 鬼堂にはかなわない、と思い知らされた瞬間だ。冷酷なハンターとの評価は、少し改めた方がいいのかもしれない。
 ともあれ、これで一件落着、と己に言い聞かせ天を仰ぐ。
 見上げる先には煌々と輝く月。見事なフルムーン。
 このタイミングで、オレが狩りを失敗した経験はゼロだ。ならば、今日子さんも鬼堂の報告に疑いを持たないだろう。
「さあ、これでお開きだ。神座、バルバラに報告に行くぞ」
「……いいけど、ウソをつき通す自信がねえ」
「そんなことはないだろう。さっき真里乃を口説いた演技はたいしたものだった。それとも、あれはまさか本心だったとでも?」
「ち、ちがーう!」
「キスまでしたんだものな。責任取れって言ったのに、あっさりとサヨナラしちゃってもよかったのか?」
「う、うっせー!だから!あれはオレの責任じゃねえんだって!」
「隅に置けないな、おまえも」
「これ以上、よけいなことを言うな!」
「ムキになるところが怪しい」
「ううう……」
 掛け合い漫才のようなやり取りをするオレたちを、渡会が呆れ顔で見ている。そして、ひとことの挨拶もないまま、どこへともなく姿を消してしまった。

 ――この日を境に、学校からもいなくなったと知った。きっと渡会は、かけがいのない自分の片割れ、八神ヒカルを捜すため旅立ったのだろう。

 * * *

 そして、ここからは後日談。

「神座ー!面会人が来てっぞ!」
 ……またか。くそー。休み時間のたびに来ないでほしいんだけど。
 クラスメイトに告げられて、しぶしぶと教室の出入り口まで出向く。
「今日は、これで何度目です?」
 不機嫌そのものの言い方にも、呼びだしの相手は動じる気配がない。
「いいじゃない。それより、写真部に入る決心はついた?」
「謹んでお断りします。もういいかげんにあきらめてくださいよ」
 目の前にいるのは、なんと高橋さくらだ。
「そんなこと言わないで!ねえ、助けると思って。いいでしょう?」
「ダメよ!神座くんはうちの部に入るんだから!」
 高橋の言葉を遮り、凛とした声が廊下に響き渡る。そこには、にこやかに微笑む真里乃がいた。
 あの事件の直後に知ったのだが、真里乃も私立緑川学園(つまりオレのガッコ)に籍を置いていたのだ。今まで気づかなかったのは、他人に興味を持てないオレだからだろう。
 けど、このことは鬼堂にはナイショだ。絶対に特大の雷が落ちる。
「ねーえ、神座くん」
 廊下の先に立つ真里乃は、胸を張った姿勢で近づくと、高橋とオレの間に割り入った。
「その運動神経を活かさない手はないわ。ぜひともわが空手部に来て!」
 言いながら、オレの腕を取り強引に体を寄せる。
「ちょっと!離れなさいよっ!図々しいわね!」
「いいじゃない!なんたって私たち、キスした仲だもんねえー!」
「でたらめにも程があるわ!神座くんが、あんたみたいなアバズレ女を相手にするわけがないでしょう!」
「なによ!言ったわね!」
「言ったわよ!」
 突然、廊下で諍いを始めた上級生ふたりに、クラスじゅうが大喜びだ。
「よっ、神座!もてる男は辛いねえ」
「いいなあ。俺も年上のおねーさまに可愛がってもらいてえ!」
 ……バカ言ってんじゃねえ。こっちの身にもなってみろ!
「ちょっと!そこの年増ふたり!ユースケは私と付き合ってるの!変なちょっかいを出さないでくれる?」
 騒ぎを聞きつけやってきた安住まで、誤解を招く発言をする。
 えーい!もう、やってらんねえ!
 逃げだしたいと心から願ったタイミングで、携帯の着信音が鳴った。このコール音は鬼堂だ。
「はい、どうした?」
『すぐに来い!新たなミッションだ』
「ええー!だってオレ、まだ授業中だぜ?……て、おまえも同じだろう?」
『そのくらい、ごまかせ。場所はメールに入れる。いいか、すぐにだぞ!』
 言いたいことだけ一方的にまくし立てると、返事も待たずに電話が切れた。
 くっそー、出席日数がギリだってーのに、また真っ昼間っから仕事かよー。
 弱り顔をしたとたん、オレを見つめる複数の視線を感じた。
「今からお仕事?なら、ちょっとお芝居してあげようか?」
 言うや否や、三人がてんでに大声を上げる。
「いやーん、神座くーん!だいじょーぶー?」
「本当!真っ青だよ!気持ち悪くない?眩暈は?」
「このままじゃ倒れちゃうー。早く保健室へ行こう!」
「そうよ、そうしましょう!」
 そのまま周りをがっちりガードされ、廊下に引っ張りだされた。
「先生には保健室で休んでるって言っておいてねー」
 あとのフォローもばっちりだ。安住の頼みに、「伝えておくよー」と応じる声が聞こえてくる。
 けど、この三人、演技はあまり上手くない。これじゃ、劇団結成は夢のまた夢だな。
「ほら、ユースケ!このまま屋上へ行っちゃいなさいよ。あとは上手くやっておくから」
 うんうん、とうなずく高橋と真里乃にも促され、屋上への階段を上り始める。
 そっかー。こんなふうに手助けしてもらえるのなら、友だちをつくるのも悪くないかも。
 思いこみで頑なに他人を拒んでいた心の扉が開く予感がした。
 おっと、その前に、まずは仕事、仕事!
 携帯に目をやると、場所を知らせるメールが届いていた。
 深呼吸をし顔を上げる。
 そこには、今の自分の心と同じ、抜けるような青空が広がっていた。
(了)



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